国際

2013年3月26日 (火)

ベトナム経済 高まる日本の存在感

                     ( wikipedia 日越関係 より)
【両国の比較】

Vietnam

【日本軍の仏印進駐】

 1940年9月22日、日本は北部仏印に進駐し、東南アジアの連合国を攻撃するための軍事基地の建設を始めた。日本軍は連合国に降伏した1945年まで、ベトナムにとどまった。
 1944年には、凶作による飢饉に加え、米軍の空襲による南北間輸送途絶や、フランス・インドシナ植民地政府及び日本軍による食糧徴発などが重なり北部(トンキン)を中心に200万人以上(諸説あり)が餓死したとされる。
 1945年3月11日、 保大(バオ・ダイ)帝が日本の援助下でベトナム帝国の独立を宣言した。

【国交樹立】

<南ベトナムとの国交樹立と戦争賠償>

 1951年に日本政府はベトナム国(南ベトナム)と平和条約を締結し、1959年5月13日には岸信介政権(第2次岸内閣)がベトナム共和国政府と140億4000万円の戦争賠償支払いで合意した。

<ベトナム戦争から北ベトナムとの国交樹立>

 ベトナム戦争が勃発した1960年代から1970年代にかけて、日本は一貫して出来るだけ早い戦争の終結を促した。戦争が終息すると間もなく、ベトナム民主共和国(北ベトナム)政府との間で契約が交わされ、1973年9月、国交を樹立することで合意に至った。 しかしながら、北ベトナムが日本に要求し、「経済協力」という形がとられることになった2年間で4500万ドル相当の賠償金の支払いの履行は遅れた。ベトナムの要求に応え、日本は賠償金を支払い、南北ベトナムの統一によるベトナム社会主義共和国の誕生後の1975年10月11日、ハノイに大使館を設置した。1975年、ベトナムはカンボジアの共産主義者によるクメール・ルージュ政権を承認し、両国は1976年8月に国交を樹立した。

【現代】

 ODAは日本が最大の支援国であり、日本のODAによってタンソンニャット国際空港やカントー橋、ハイヴァントンネルなどベトナムの基幹インフラを建設・支援をしている。
 2002年にJICAプロジェクトとしてベトナム日本人材協力センター(VJCC)が開設され、2008年には国際交流基金のベトナム日本文化交流センターが開設された。

【日本の法整備支援】

 ソフト面でのインフラストラクチャーともいうべき法律分野でも、日本の法整備支援が大きな役割を果たしている。ベトナムは、1986年のドイモイ以後、市場経済システムへの移行のため、市場経済に適合した法制度の整備が重要な課題の1つとなったが、ここに1994年以来日本の法整備支援が関与している。その結果ベトナムは、改正民法、民事訴訟法、民事判決執行法といった法律を次々と成立させるなど、法制度の整備に大きな前進を見せてきた。この分野でのベトナムの日本に対する評価は高く、2007年3月28日には、ベトナムに約3年常駐したJICA長期専門家が、ベトナム司法大臣から、「司法事業記念賞」を授与されている。

【岐路に立つベトナム経済】
              (2013年3月24日 日本経済新聞 より)

 1月16日、安倍首相は就任後初の外遊先としてベトナムを訪問した。首相は、「戦略的なパートナーシップ」という言葉で日越関係強化の重要性を改めて強調した。
 しかし、パートナーたるベトナムの経済に、ポストBRICsともてはやされた一時期ほどの勢いがない。昨年の成長率は5.0%にまで落ち込んだ。リーマン・ショック以降続く不安定なマクロ経済状況から脱する兆しがようやく見え始めたが、銀行の不良債権比率が60%を超えているともいわれており、本格的な回復にはもう少し時間がかかりそうである。
 経済停滞の直接の原因は、欧米経済の停滞や政府の財政・金融政策の失敗に求められるが、毎年7~8%台の高成長を続けていた2000年代半ばに重要な経済制度の改革を後回しにしたことも、大きな要因である。

<制度改革に遅れ>

     (中略)
 このような問題を解決するために、日本は重要な役割を果たし得る。
 昨年、ベトナムへの外国直接投資が大幅に減少する中にあって、日本からの直接投資額は認可ベースで前年から倍増し、最大の投資国となった。中小企業の進出が増え、これまで制約の多かった不動産や小売業の進出も目立っている。また、間接投資の分野でも、日本の大手銀行によるベトナム四大国有商業銀行の株式取得が相次いでいる。
     (中略)
 文化交流や留学生受け入れなどを通した相互理解の進展を背景とした日本企業のプレゼンスの拡大は、技術や経営ノウハウの移転にとどまらず、経済制度改革を促進する作用ももたらすだろう。
 また、近年の日越経済関係は、援助者・被援助者の一方的な関係ではもはやなく、互恵的な色合いが強くなっている。日本企業の進出増加は、急速に進んだ円高や日本国内の市場の縮小により、多くの企業がベトナム進出で生き残りを図ろうとした結果でもある。同様に、原子力発電所や高速鉄道といった日本政府による「インフラ輸出」案件に対しては、ベトナム国民だけでなく、日本の経済界も大きな期待を寄せる。

【私の意見】Up63

 多くの日本人はベトナム人に親近感をいだいています。米国とベトナムの戦争については私を含めて当時の20~30代の若者はベトナムびいきでした。ジョーン・バエズの歌をうたいながら“We Shall Overcome!”と叫んだものです。今ベトナム人の多くは日本に親近感をもってくれています。しかしベトナムについても第2次世界大戦中に日本軍は多くのベトナム人を死に追いやっています。私たちは暗い歴史に目をつむるのではなく正面を見すえながら、新しいベトナムとの関係を築きたいものです。原子力発電所は日本国内で安全性に疑いがもたれているのに、外国に輸出することに大きな疑問があります。

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2007年11月24日 (土)

鬼塚家エチオピアに100万ドル支援

               (ユニセフ協会からのお知らせ より)

【アシックス創業者 鬼塚喜八郎氏ご家族
     エチオピアの子どもたちへ100万ドルのご支援】

 子どもからアスリートまで幅広く愛用されるシューズ、ウェアを有するアシックス。
創業者である鬼塚喜八郎氏のご逝去に際し、ユニセフは、ご家族より、エチオピアの子どもたちへ100万ドルのご寄付をいただくこととなりました。この寄付金は、エチオピアの子どもたちの命を守る栄養プロジェクトへ役立てられます。

鬼塚氏は、戦後の混乱した社会で、新しい日本を担う次世代の青少年のために何かできないかと考えていたとき、「健全な身体に健全な精神があれかし」との格言と出会い、自らの原点、信念、経営理念と定めました。

「スポーツは、肉体を作るだけではなく、精神も育てる。スポーツマンの精神は人生にも通ずる。」鬼塚氏は、スポーツを通じた青少年の育成こそ、自分の使命と考え、バスケットボールシューズをはじめ、様々なスポーツで必要とされる靴を作り始めました。そして現在、アシックスのシューズは、学校の授業や部活からオリンピックに至るまで、また、子どもから大人まで、多くの人を足元から支えるようになり、2007年9月29日、鬼塚氏は、天寿を全うされました。

鬼塚氏亡き後、ご家族は「青少年の育成」に一生をささげた鬼塚氏のお志を、何かかたちにできないものかとお考えになりました。世界の青少年の育成を考えるなか、世界には今なお幼くして命の危機にさらされ、短い生涯を終えていく子どもたちの存在に気づかれたと聞きます。

【鬼塚氏とアベベ・ビキラ選手】

 具体的に支援を検討にあたり、エチオピアのマラソンランナーアベベ・ビキラ選手と鬼塚氏の親交が思い出されました。はだしの王者として有名だったアベベ選手に、「日本の道はガラスの破片があって危険だから」と言ってシューズを提供し、シューズをはいたアベベ選手が1961年の毎日マラソンで優勝したことは、ご記憶におありの方も多くいらっしゃるかと思います。今から40年以上前の出来事となりますが、二人の親交を改めてふりかえり、ご家族は、エチオピアの子どもたちを支援するために、ユニセフへ100万ドル(約1億1000万円相当)を寄付することを決定されました。

【私の感想】Up63

<鬼塚氏とご家族とノブレス・オブリージュ>

 鬼塚氏は生前から個人としての蓄財に無関心な方で、自社の株式は苦楽をともにした社員に分け与え、成功した創業経営者として受け取ったいわゆる創業者利益はわずかなものであった。鬼塚氏は受け取ったそのわずかな創業者利益をこれからの青少年のスポーツ育成に役立てたいと考えておられた。ご家族は生きることさえままならないアフリカ(エチオピア)の子どもたちに鬼塚氏のご遺志を伝えたいと考えユニセフへの寄付を決定された。
 日本は世界で最も豊かな国であり、モノがあふれ、水に恵まれ、安全に恵まれている。にもかかわらず私たち日本人は他者のことを思いやるゆとりを失い、日々を目の色を変えて生きている。アフリカの子どもたちの悲惨な状況をわかっていながら、日本人とアフリカの子どもたちとのつながりはとても薄い。鬼塚氏のご遺志をご家族がエチオピアの子どもたちへの食糧支援という形で深化されたのは大変意義大きいことである。この寄付はノブレス・オブリージュの典型であろう。

<鬼塚喜八郎さんとのお別れの会>

 鬼塚喜八郎さんとのお別れの会が11月22日(木)午前11時から神戸のポートピアホテルでもたれ参列した。鬼塚さんの足跡にそった映像が流され鬼塚さんの明るくてかん高い声を久しぶりに耳にすることができた。マリナーズのイチロー選手、有森裕子、高橋尚子、野口みずきなどの日本のメダリストや海外のメダリストたちが献花に訪れ、鬼塚氏がつくったシューズが世界を代表する数多くのスポーツ選手を輩出したことを印象付けられた。
 私個人としての思いとしては鬼塚喜八郎さんという飛びぬけてすぐれた人生の大先輩が健在であるということはとても心強かったし、なんとなくのんびりできた。でもそのすぐれた大先輩がいなくなるとぽっかりと穴があいたようであり、また自分で直に人生と向きあわなければならないような思いになって少し心細くなった。
 私にとり、鬼塚さんはあくまで遠い雲の上の人であったのに、それでもそのような思いをいだかせるところに鬼塚さんの人間としての大きさ、やさしさがあるのであろう。
 しかし時は残酷である。すぐれた大先輩も日々刻々と風化していくのをひしひしと感じ、一層淋しくなった。
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鬼塚喜八郎さんとのお別れの会         鬼塚さんの直筆
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鬼塚家のエチオピアの子どもたちへの支援についてのユニセフからの紹介と感謝状

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2007年8月17日 (金)

アフリカ支援 日本停滞

                      (8月15日 朝日新聞 より)

【資源外交 存在感増す中国 欧米諸国は軒並み増額】

 「アフリカ開発会議」(TICAD)やアフリカ支援が主な議題になる主要国首脳会議(G8サミット)の日本開催を来年に控え,日本のアフリカ支援策が改めて問われている。世界ではアフリカの貧困解消に大きな関心を持つ欧米諸国が援助を増やし,資源を求める中国なども支援を拡大する。だが,緊縮財政から途上国援助を削る日本では,援助に手詰まり感が漂う。貧しさにあえぐ人々と,地球市民としてどうやって手をたずさえるか。新たな知恵が求められている。

【アフリカ開発会議】

 対アフリカの支援や協力を話し合う国際会議。日本政府主導で国連開発計画などと共催し,アフリカ諸国首脳も招いて93年から5年ごとに開いてきた。来年5月,横浜で第4回会議(TICADⅣ)がある。

【アフリカの外交官から厳しい注文】

 アフリカの外交官からは「新しいTICADが必要だ。話し合ったことを実現するメカニズムが求められている」「TICADはアフリカについて話すだけのトークショーではない」などと,厳しい注文が相次いだ。
 在京のアフリカ大使でつくる「アフリカ外交団」も,外務省あて要望書で「TICADが,アフリカの発展にどのような影響を与え,現場に何をもたらすのかについて,疑問符をつけざるをえない」と指摘した。
 アフリカ外交団がいらだつのは,日本の対アフリカ援助に元気がないためだ。
 「金の切れ目が縁の切れ目。対アフリカ外交は手詰まり状況だ」。アフリカ外交を担う外務省の中堅幹部は,そう嘆く。
 途上国援助(ODA)全体の減額を反映して,対アフリカ援助額は00年から4年連続で減少。その後,小泉首相(当時)が05年4月,3年間でアフリカ向けODAを倍増させる方針を表明し,配分実績は04年の約6億5000万ドルから05年は11億4000万ドルに激増した。だが,この大半は債務免除と円借款分で,無償援助はほぼ横ばいだ。
 世界銀行によると,地球上で70年からの30年間に極度の貧困が3分の2近くに減ったのに,サハラ砂漠以南のアフリカでは1.4倍増えた。1日1ドル未満で暮らす貧困層は3億人で世界平均の2倍。「アフリカ問題」は数年来,G8サミットの主要課題で,欧米諸国は軒並み援助を増額した。日本は水をあけられる一方だ。

【アフリカと世界の格差】

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【庶民に届く援助 模索】

 ODAの司令塔とされる海外経済協力会議(議長・安倍首相)は,「経済成長によるアフリカの貧困削減」をテーマに,円借款で道路や電力施設などの経済インフラを整備するよう提言する。ODAと民間投資によるアジアの経済成長をアフリカで再現するため,経済インフラ整備で日本やアジアの民間企業を呼び込む狙いもある。
 アフリカ援助に詳しい神戸大学大学院の高橋基樹教授は,投資や貿易の促進には理解を示しつつ,アフリカを借金漬けにした過去の失敗を検証しないままの円借款再開には意義を唱える。「アフリカの貧困は,経済成長だけでは解消されない。成長の持続には,広く人々の貧困を削減することと,成長を促す支援策の循環を生み出すことが大切だ」と話す。
 市民の立場からアフリカ政策を提言するNPO「TICAD市民社会フォーラム」(TCSF,代表=大林稔・龍谷大教授)も成長促進への偏重がアフリカの格差を助長し,貧しい庶民が置き去りにされると懸念する。

【アフリカの声を聞け】

 日本の「国益」を基準にした援助を批判してきたTCSFのキャッチフレーズは,「アフリカの声を聞け」。来年に向けて10日に発表した提言書では,2013年までにアフリカ向けODAを05年の4倍に増やすことを要請した。
 援助の実施主体の一つである国際協力機構(JICA)も「これまでは援助が国と国との回路の中で止まって,一般の人々に届いていなかった」(黒川恒男アフリカ部長)。政府と草の根の人々の双方に力を入れる新たなアプローチを模索する。

【私の意見】Up63

 世界一モノとカネにあふれているニッポン。でも日本政府はニッポンの目先の利益を考えてしかカネを出しません。飢えや病気で今この瞬間にも命をなくしているアフリカの子どもたちの立場に立っての本当の意味の人道援助を行うという理念が本質的に欠落していて,残念です。

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2007年8月 3日 (金)

韓国女性労組「非正規」支援へ複合体

                    (8月1日 朝日新聞夕刊 より)

【越境する女性労組 非正規支援へ複合体】

 「韓国女性労働者会(KWWA)」「韓国女性労働組合」「働く女性のアカデミー」・・・・。
 ソウル市西部。6階建ての細長いビルの入居者表示に,「女性」をかぶせた組織名がずらりと並ぶ。女性労働の「複合連合体」が,そこにある。
 複合体誕生のきっかけは,97年のアジア通貨危機だ。失業者の急増に対応するため派遣労働も解禁され,女性を中心に不安定な非正規雇用が一気に拡大した。
 悲鳴の受け皿となったのがKWWAだ。軍事政権下に労働運動で解雇された女性らが,女性の労働運動支援を目指して87年に発足。そのホットライン「平等の電話」に通貨危機後,解雇された女性の相談が殺到した。
 自殺や一家離散など,男性の悲劇は次々報道された。「でも,女性は夫がいるから,と問題にもされなかった」。KWWA副代表のチョン・ムンジャさん(46)は振り返る。「理解を得るにはまず事実から」。アジア女性労働者委員会(CAW)事務局から戻って代表になったイ・チョルスンさん(53)らが失業対策本部をつくり,調査を始めた。
 夫の病気や母子家庭などで一家を担う女性が2割もいた。6割の女性が零細企業に働くため失業手当がない。地域の人脈頼みで仕事を探すので失業率も実際より低く出る。こうした実態を公表し,深刻さを訴えた。

【韓国女性労働者会が運営する自立支援センター】

 韓国南部の馬山。10人近くの女性がリサイクル用空きびんの選別に忙しい。KWWAが運営する自立支援センターだ。
 女性の失業に目を向けさせたKWWAは,当事者の支援にもその翼を広げた。政府の失業対策事業の委託を受け,この地区では介護や弁当作りも含め7事業を始めた。肉体労働中心だった事業に,女性もできる福祉・家事労働を取り入れた。
 労働教育の拠点「働く女性のアカデミー」と連携し,自信を失いがちな失業者のカウンセリングや職業訓練も行う。
 「失業で孤立感を味わっていたが,ここで仲間ができた」と40代の女性。「公営住宅の手付金が出せなかったときは,仲間が持ち寄ってお金を貸してくれた」
 失業から抜け出せたとしても安心ではない。ワーキングプアを生む非正規雇用は,働く女性の7割に。多国籍企業が集まる馬山の輸出加工区の女性行員の間では,「必要なときに必要な人手を」の労務管理で1ヵ月契約の細切れ雇用が横行。更新されない不安から月末に体調が悪くなる「月末ストレス」も広がる。

【非正規職保護法の施行・有期労働者の無期雇用化の実現】

 99年に発足した「韓国女性労働組合」も,そんな働き手の支援が目的。失業者でもパートでも会社と交渉できる労組が女性には必要,との現実主義が「なぜ女性だけ?」とのスジ論に勝った。
 結成直後,「43歳定年制で解雇される」と駆け込んだのがゴルフ場のキャディーたちだった。「社員でなく自営業」と会社は交渉を拒否した。「ここで負けたら後はないと必死でした」と同労組の委員長パク・ナムヒさん(44)。キャディー労組をつくり,議員やマスコミに働きかけて「実態は労働者」とキャンペーン。正社員と同じ定年に引き上げさせた。
 7月1日,活動に押される形で非正規職保護法が施行された。2年以上続けて働く有期労働者の無期雇用化や,正社員と同等の仕事をする有期労働者の差別禁止が盛り込まれた。政府も6月末,公務部門の非常勤職員のうち約7万人の無期雇用への転換を発表した。
 非正規化,サービス業化が進む韓国。「女性の問題に向き合っていたら,男性も含む新しい働き手の運動モデルができてしまった」。ナムヒさんは笑う。           (編集委員・竹信三恵子)

【私の意見】Up63

 日本の労働組合は企業別労働組合で,大企業の経営幹部の中には労組幹部を経験した人が少なくありません。経営者だけでなく労働組合も“わが社が他社に負けず勝ち残ることこそが第一優先”であり,会社がつぶれると元も子もないという共通認識のもとに労使協調の労働組合がほとんどです。ストライキという言葉は日本では今や死語に等しくなりました。これら労働組合の組合員は大企業の正規社員が中心で,労働者の組織率はとっくに20%を割っています。非正規の労働者の男性も女性もカヤの外で,日本の労働組合は会社と一体となって恵まれた労働者の既得権を守っているだけだという批判が生まれるゆえんです。
 衛星放送で韓国の労働者がデモやストライキを強行し,機動隊と激しくぶつかっている映像をよく見ます。闘わない日本の労働組合に対し韓国の労働組合は警察による逮捕をモノともせず闘っていると,その違いに驚きます。韓国女性労組についてのこの記事を見て韓国は女性たちも底辺に埋没しそうな女性労働者を支えながら複合運動体を築いていることを知りました。
 日本の場合は,女性はまだまだ男性の影に押しこまれ“家計を助けるために働く”という補助型にはめられています。日本ではゴルフ場のキャディの女性がストライキをしたり,団結して権利要求をするなどおよそ考えられません。そんなことが起ころうものならゴルフ場の会員である「紳士」たちが“わが名門ゴルフ場の名をけがすもの”とマユをひそめて,結果的には支配人とキャディーたちが職を失うのがおちでしょう。
 私は,でも,いつかある日,日本の女性労働者たちが一斉にゼネストをしてくれる日を夢見ています。男性たちは経営者に首根っこをつかまれていて,元気がなく多くを期待できませんが,今の閉そくした労働環境を打ち壊すのは女性労働者しかないのではないかと期待せざるを得ないからです。

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2007年7月26日 (木)

スペイン「金曜半ドン」政府が音頭

【ところ変われば・・・  スペインから】
                    (7月14日 日本経済新聞 より)

 快適な地中海性気候で「欧州で最も住みやすい都市」に連続10年以上選ばれているスペイン第2の都市バルセロナ。100メートルおきに「バール」と呼ばれる小さな居酒屋が並び,夜8時を過ぎると一杯ひっかける市民でいっぱいになる。だが,金曜日はちょっと違う。午後3時には,大勢の市民が明らかに仕事帰りのいでたちでワインやビールを飲んでいるのだ。
 これは昨年11月からスペイン政府などの音頭取りで始まった金曜日の半日出勤制度で,“週休2日半”を楽しんでいるため。カタルーニャ州政府に勤めるラファエル・ムレロさんは「普段会わない友人と話したり,趣味や遊びに時間をたっぷり費やすんだよ」と笑顔を見せる。サマータイムで日の入りが午後9時半近くのこの時期は,午後を目いっぱい余暇にあてられる。
 スペインはもともと長い昼休みが有名。昼食後の昼寝を意味する「シエスタ」とも呼ばれ,昼食は午後2時ごろからゆったりととる習わし。通常の勤務時間は,朝から午後1時すぎと,午後4時から7時ごろまで。南部アンダルシアなど夏に日中の気温が40度を超える地域では昼休みはさらに長い。
 ところが欧州域内の経済統合で,英国やドイツなど「働きバチの国々」との日中のやり取りが欠かせなくなり,3時間あった昼休みはどんどん短くなっていった。
 始業・終業時間は変わらなかったため,必然的に労働時間は増加。そこで編み出されたのが金曜日の“半ドン”制だ。月曜日から木曜日までの増えた労働時間をまとめると,金曜日の午後が丸々休める計算という。
 導入から1年もたっていないが,今では官公庁や大企業だけでなく,芸術家の工房などにも広がっているという。
 長時間労働が目立つ日本人から見るとうらやましい限り。日本政府も見習ったらどうだろうか。

【出生1人当たり42万円支給】
                    (7月7日 日本経済新聞 より)

 スペインは子供が生まれるたびに,1人あたり2500ユーロ(約42万円)を親に支給する制度を設けた。2006年の合計特殊出生率が推定で1.37人と,欧州で最低水準にあるスペインでは少子傾向に歯止めをかけることが急務。ただ,野党などからは,来春の総選挙目当ての人気取りだとの批判が出ている。
 新たな給付金の創設はサパテロ首相が3日の議会演説で明らかにした。
 「スペインの発展にはもっと子供が要る」と述べ,長期的に経済成長を保つには育児支援を広げて少子化を脱することが必要との考えを強調。合法的な居住者であれば外国人も支給対象とする。
 スペイン経済は年4%ペースでの高い成長を続けている。だが労働力は海外からの移民流入に頼る面が大きく,国内の出生率は低くとどまっている。

【私の意見】Up63

 Hola!(オラ!)お金がたっぷりあるんだから,もっとのんびりゆかいに生きたらどうかね!というスペイン国民の日本国民に対する声が聞こえてきそうです。
 スペインは大航海時代を経て一時期世界で最も強力な国家となりましたが,1588年にスペインの無敵艦隊がイギリス艦隊に敗れたのを機にイギリスが力をつけ,17世紀後半には大英帝国へと発展していきました。20世紀になってスペインは内戦を経て1939年にフランコ独裁政権が成立し,独裁政権がフランコが死亡する1975年まで続きました。フランコ死亡後立憲君主制に移行し,ゴンザレスを首相とする社会労働党政権,アスナールを首相とする保守党政権を経て,2004年のマドリードのテロ発生事件を機に再びサパテロ首相の率いる社会労働党政権になりました。サパテロ首相はスペイン軍を直ちにイラクから撤兵させるとともに,内政的には社会民主的な政策を次々と行ってきました。対イラク政策においてサパテロスペイン政府と小泉・安倍日本政府とは対照的で,このために,両国間の関係は必ずしも良好とはいえません。サパテロ政府は国民の立場に立った新しい政策をどんどん行っています。この点においても権力優位の安倍政府とは大きく違っています。国民にとっては,サパテロ政府の方が安倍政府よりものどかな夢を届けてくれます。

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2007年7月 7日 (土)

米決議 日本は価値観を共有できる国か

【冷泉彰彦  慰安婦決議 深い認識差に気づこう】
                 (7月2日 朝日新聞 私の視点 より)

  [冷泉彰彦(れいぜい あきひこ):
作家。 59年生まれ。米国在住。著書に「『関係の空気』『場の空気』」「911セプテンバーイ  レブンス」など。]

 6月26日に米下院外交委員会は,いわゆる「従軍慰安婦問題に関する謝罪要求決議」を可決した。7月にも本会議で採択される可能性が強く,日本では戸惑いと反発が広がっている。
 
 決議に先立ち,6月14日付の米紙ワシントン・ポストには,日本の言論人や国会議員が「強制的に従軍慰安婦にされたことを示す文書は見つかっていない」などとする意見広告を掲載した。この広告が逆の効果をもたらしたという解説も聞かれるが,それはわずかな要素に過ぎない。少なくとも,訪米直前の安倍首相による「狭義の強制はなかった」という発言のインパクトとは比べ物にならない。
 
 慰安婦への謝罪要求が簡単に合意され,39対2という大差で可決されたという事実は深刻だ。なぜこうしたことになったのか,背景を十分に理解しておく必要があるだろう。
 まずアメリカの世論は,日本政府が「戦前の名誉回復」に熱心になる心理がまったく理解できないのである。
 近所に住む親日家のアメリカ人は,安倍首相の発言を引用しながら「自分の知っている日本は立派な国だが,戦前の名誉にこだわるのを見ると,昔の欠点を今でも持っているのかと心配になる」と言っていたし,別のユダヤ系アメリカ人は「日本が大好きだが,戦時中の不名誉を認めない日本を見るとナチスとの関係を今でも反省していないのかと思って複雑な気持ちにさせられる」と言っていた。
 アメリカの世論は,すしに代表される食文化や,アニメやゲームといったポップカルチャー,自動車やハイテク機器などの現代の日本文化は大好きだ。だが,その日本とは,戦後に民主国家として再出発した日本であって,第2次大戦を戦った敵国日本とはキチンと区別をしているのである。自分たちが区別してつきあっているのに,相手の方が過去からの連続性にこだわっているというのは感覚として全く理解されないのだ。
 安倍首相の発言にある「狭義の強制ではなく,広義の強制」という弁明が受け入れられないのも同様だ。仮に当初の徴用が民間ベースの任意のものであっても,戦地へ送られて逃亡の自由がなければ現在の価値観からすれば奴隷なのであり,それに対する「狭義の強制はなかった」という説明は賛成反対以前に,全くピンとこないのだ。
 意見広告に見られたような,「歴史的事実を問う」というスタイルも有効ではない。「歴史的事実」より戦後処理と和解という「政治的判断」がすべてだった,というのが米国の歴史認識だからだ。
 内政干渉だという批判もあたらない。米国の人にとって中国系や韓国系アメリカ人は,日系アメリカ人と同様に「同胞」であり,現に痛みを感じて名誉回復を求める同胞がいる以上は,彼らを救うことは米国の国内問題であるからだ。

 現時点において,決議そのものが日米関係に与える影響は軽微だろう。だが今回の問題では,両国の間に多くの深刻な「コミュニケーション・ギャップ」が存在することを示した。このような行き違いが繰り返され,「民法300日問題」に代表される女性の名誉の軽視や,子育て中の女性が正規雇用を得にくい現状,アニメやマンガの性描写への反発と重ねられていくと,「価値観を共有できない国」だとして,日米関係を軽視する口実に発展する可能性は十分にある。
 そうした意味では,決議は本質的で深刻な問題もはらんでいる。テロ対策を通じて蜜月だったブッシュ政権はまもなく終わる。08年秋の大統領選で,仮に民主党のヒラリー・クリントン政権が誕生すれば,環境問題や地域間格差の解消など,先進国が共有できる「共通の価値観」が,いま以上に重視されるようになっていくだろう。日本だけが過去の名誉にこだわり,独善的でその場しのぎと受け取られるような対応を繰り返していては,そうした動きに取り残されていく恐れがあるのだ。

【早野透 問われる「改憲の品格」 安倍政権の空気】
          (5月14日 朝日新聞 ポリティカにっぽん より)

早野透(朝日新聞コラムニスト)
 
 私がこれぞ「安倍政権の空気」のルーツと思ったのは,97年に「従軍慰安婦」が中学教科書に載ることに反対した自民党議員たちの「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」である。代表は中川昭一氏,幹事長は衛藤晟一氏,事務局長は安部氏。例えば,かつての従軍慰安婦におわびと反省を述べた「官房長官談話」の河野洋平氏を呼んでこんなやりとりをした。
 K議員 「この程度のことを外国に向けてそんなに謝らなきゃいかんのか。兵隊にも何も楽しみがなくて死ねとはいえない。楽しみもある代わりに死んでくれと言っているわけでしょう」
 河野氏 「この程度というが,女性一人一人の人生には決定的なものではなかったか。戦争だから,女性が1人や2人,ひどい目にあってもしようがないんだとは思わない」
 衛藤氏 「軍が直接,女性を引っ張った事実はあったのか。料金は内地よりも3倍だとか」
 安部氏 「慰安婦の証言の裏付けをとっていないではないか」
 従軍慰安婦がこの程度!  当時は公娼制度があったんだ,韓国にだってキーセンハウスがある,慰安婦にはカネを払っていた,軍が強制した証拠はどこにあるのかといった発言がとびかっている。そこには,女性の尊厳も,軍への戒めも,戦争そのものへの反省も,国家が個人を苦しめる強制装置になるという洞察もうかがえない。その「若手議員の会」から安倍政権の閣僚など多数の要職を出している。
 安部氏は中国,韓国の目をかいくぐって靖国神社に5万円の「真榊」を供えたり,従軍慰安婦の「強制性」に疑問をはさんではブッシュ大統領に釈明してみたり,どうも「若手議員の会」の発想を抜け出ていない。「新憲法」もまたこんな姑息な「空気」の延長上でつくられるのでは困る。
 いまの憲法は「戦争の反省」からつくられた。その「憲法改正」でなく,あえて「新憲法」と言うのは,もはや「戦争」は博物館に入れ,国家運営から「戦争の記憶」を消し去るということではないか。
 「戦後レジームからの脱却」がそういう意味であれば,国民投票法の成立は確かに,米国と肩を並べて「戦争のできる国」になるべく,その第一歩ということになる。

【私の意見】Up63_41

 安倍首相や「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」は正に語るに落ちる人たちです。私もできの悪い後輩たちを語るたびに,心にむなしさを感じています。しかし,語らないとこれら品格のない指導者者たちによって私たち日本人は自らの過ちを認めない反人権主義民族として,世界の嫌われ者になり孤立してしまいます。不本意ではありますが,たとえ小さな声でもあげ続けていく必要があります。

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2007年6月29日 (金)

米 慰安婦決議 首相らの言動は世界の恥

【米下院 慰安婦決議案を可決 39対2で 表現の一部修正】
                    (6月27日 日本経済新聞 より)

 米下院外交委員会は26日午後(日本時間27日未明),旧日本軍によるいわゆる従軍慰安婦問題で日本政府に責任を認めて謝罪するよう求める決議案を,一部修正し39対2の賛成多数で可決した。決議案は7月中に本会議に上程される見通しが強まっており,採決すれば可決の可能性が大きい。決議に法的拘束力はないが,日米関係に微妙な影響を与えそうだ。
 決議案は旧日本軍が「若い女性を『従軍慰安婦』として知られる性的奴隷」にしたと非難し,謝罪を求めている。民主党のマイク・ホンダ議員が1月末に提出した際の共同提案者は6人だったが,最終的には下院定数435の3分の1にあたる145人に上った。
 決議案は民主党のラントス外交委員長,共和党のロスリーティネン筆頭理事が共同で修正案を提示。「日本の首相は謝罪すべきだ」との原案の表現を「謝罪を公式の声明として出せば,これまでの声明の誠意について再三,繰り返されている疑問の解決に役立つ」に変えた。

【慰安婦問題に関する決議案の全文】
                    (6月27日YONHAP NEWSより)

 日本政府は1930年代から第2次世界大戦期間に、「慰安婦」と呼ばれる若い女性を日本軍に性的サービスを提供する目的で動員することを公式に委任した。日本政府による強制の軍隊売春制度「慰安婦」は、集団の性的暴行や強制流産、辱め、身体の切断や死亡、究極的に自殺を招いた性的暴行など、残虐性と規模で前例のない20世紀最大規模の人身売買のひとつだ。

 日本の学校で使われている新しい教科書は、慰安婦の悲劇や太平洋戦争中の日本の戦争犯罪を縮小しようとしている。

 日本の公共、民間の関係者は、慰安婦の苦しみに対する政府の真剣な謝罪を盛り込んだ1993年の河野洋平官房長官の慰安婦関連談話を希釈したり撤回しようとする意図を示している。

 日本政府は、1921年に女性と児童の人身売買を禁止する条約に署名し、2000年には武力紛争が女性に及ぼす影響に関する国連安全保障理事会決議1325号も支持している。

 下院は、人間の安全と人権、民主的価値、法律の統治や安保理決議1325号への支持など、日本の努力を称賛する。

 日米同盟はアジア太平洋地域での米国の安保利益の礎で、地域安定と繁栄の根本だ。

 冷戦以降、戦略的な環境の変化にかかわらず、日米同盟はアジア太平洋地域で政治・経済的な自由と人権、民主的制度に対する支持、両国国民と国際社会の繁栄確保などを含む共同の核心利益と価値に基盤を置いている。

 下院は、日本の官僚や民間人の努力で1995年に民間レベルのアジア女性基金が設立されたことを称賛する。アジア女性基金には570万ドルが集まり、日本人の贖罪(しょくざい)を慰安婦らに伝えた後、2007年3月31日付で活動を終了した。

 以下は米下院の共同意見。

1.日本政府は1930年代から第2次世界大戦終戦に至るまでアジア諸国と太平洋諸島を植民地化したり戦時占領する過程で、日本軍が強制的に若い女性を「慰安婦」と呼ばれる性の奴隷にした事実を、明確な態度で公式に認めて謝罪し、歴史的な責任を負わなければならない。

2.日本の首相が公式声明を通じ謝罪すれば、これまで発表した声明の真実性と水準に対し繰り返されている疑惑を解消するのに役立つだろう。

3.日本政府は、日本軍が慰安婦を性の奴隷として人身売買を行った事実は決してないとする主張を、明確に、公開的に反論しなければならない。

4.日本政府は、国際社会が提示した慰安婦に関する勧告に従い、現世代と未来世代を対象に残酷な犯罪について教育を行わなければならない。

【慰安婦決議 首相は深刻さを認識せよ】
                    (6月28日 朝日新聞社説 より)

 「日本政府は・・・・・歴史的な責任を公式に認め,謝罪し,受け入れるべきだ」
 米下院の外交委員会が,旧日本軍の慰安婦問題についての決議案を可決した。39対2の圧倒的多数だった。7月にも本会議で採択される見通しだ。
 日本が過去の過ちを反省していないと,米議会が国際社会の面前で糾弾している。その意味は重い。
 私たちは,首相の靖国神社参拝や慰安婦など歴史認識がからむ問題に,政治家が正面から取り組むべきだと主張してきた。戦前の行動や価値観を正当化するかのような言動は,日本の国際的な信用にもかかわることだからだ。
 それがこんな事態に立ち至ったことに,やりきれない思いである。日本がそんな国とみられているのかと思うと残念であり,恥ずかしい。
 決議案に疑問がないわけではない。歴代首相が元慰安婦におわびの手紙を出してきたことが触れられていないし,軍の関与を認めて政府として謝罪した河野談話の位置づけも不十分だ。
 しかし,決議案にあるように,河野談話を批判したり,教科書の記述を改めたりする動きがあったのは事実だ。慰安婦の残酷さを非難する決議案のメッセージは,真摯に受け止める必要がある。
 今回,決議案が採択の方向になったことについて,戦術的な失敗が指摘されている。今月,ワシントン・ポスト紙に決議案に反論する意見広告が掲載された。それが,沈静化していた問題に再び火をつけたという批判だ。
 確かに,40人あまりの与野党の国会議員とともに,安倍首相のブレーンの外交評論家まで名を連ね,決議案を「現実の意図的な歪曲」などと批判した全面広告は異様だった。4月の初訪米でおわびを述べた首相の言葉は台無しになったと言えるだろう。
 だが,問題の本質は,自らの歴史の過ちにきちんと向き合えない日本の政治自体にある。
 安倍首相は「米議会ではたくさんの決議がされている。そういう中の一つ」「コメントするつもりはない」と述べた。とんでもないことだ。日本に重大な疑念と非難が向けられているのである。河野談話やアジア女性基金などの取り組みを説明し,改めて認識を語るべきだ。
 首相は日米同盟の土台として「共通の価値観」を強調する。だが,決議案はその価値観にかかわる問題であることを,首相は分かっていないのではないか。
 日本は戦後,自由と人権を重んじる民主主義国として再生し,侵略と植民地支配などの過去を深く反省した。「過去の反省」が揺らいでいる印象を与えれば,価値観への疑念を招く。
 小泉前首相の靖国神社参拝以来,日本の歴史への取り組みに対する国際社会の目は厳しい。日本の民主主義は大丈夫なのか。今回の決議案はその警告として受け止めるべきである。

【「負の連鎖」招く恐れも】
                       (6月27日 朝日新聞 より)

 米国の知日派の間では,事態がこじれると「北朝鮮に対し,より柔軟な路線を取ろうとする人々に,日本の拉致問題をめぐる主張は道徳的信頼性に欠けると主張する口実を与える」(米戦略国際問題研究所のグリーン日本部長)という懸念が聞かれる。
 「中国との関係緊密化を狙う人々にも,日本は過去を反省しないので孤立する,あまり近づくべきでないと主張する根拠を与えかねない」という。米国の対アジア外交の中で日本がわき筋に追いやられてしまうかもしれないという見方だ。
 グリーン氏は「決議への反発は,日米関係だけでなく日本の戦略的立場をも傷つけることになる」と警鐘を鳴らす。
 米国で関心を集める日本の歴史問題は「慰安婦」にとどまらない。今年12月に70周年を迎える南京事件に対する関心もすでに高まっている。
 言われるような大虐殺はなかったという立場から,日本国内で国会議員の勉強会や映画を作る動きのあることに,米議会関係者は神経をとがらせている。今回の決議案可決の背景にはこの問題もあるという。
 米国内では一連の歴史問題は,あくまで日本と,中国,韓国との問題という見方がある一方で,「もう日米問題になっている」(ニクシュ氏)という声も出ている。

【私の意見】Up63_38

 2世,3世のボクちゃん議員たちの政治家としての資質の悪さには朝日新聞の上記社説同様とてもやりきれない気持ちです。安倍首相発言や意見広告を出した政治家たちの言動は日本の平和主義も基本的人権の尊重も少しも根付いていないことを世界に晒す結果となりました。米下院の共同意見は「日本政府は,国際社会が提示した慰安婦に関する勧告に従い,現世代と未来世代を対象に残酷な犯罪について教育を行わなければならない。」としていますが,まさに首相らの祖父母(1世議員)や父母(2世議員)がこの教育を怠ったことのつけが,このような形で日本国民の恥を世界に晒す結果を招きました。
 首相は従軍慰安婦に関する発言について4月に訪米した際ブッシュ大統領に謝罪していますが,謝罪する相手を間違っているとともに,ブッシュ大統領に謝罪しさえすれば許されるとする態度に,米国民を甘く見ており,この軽々しさにもやりきれなさを感じます。

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2007年6月15日 (金)

小さな教育大国フィンランド 学力世界トップ

                    (1月14日 日本経済新聞 より)

【小さな教育大国 受験競争無縁】

 国際的な学力調査で、日本を上回る世界トップ水準を誇るフィンランド。人口わずか520万人、国土の4分の1は北極圏にある国が、学力で世界のトップに位置する原動力はどこにあるのか。少人数のクラスや集中的な補習でやる気を引き出す、受験競争とは正反対の「落ちこぼれ」を徹底的になくす取り組みが、小さな教育大国を支えている。
 「テレビゲームなどの自由な時間があるから勉強する気になる」
 「それを文章でどう表現するか考えてみなさい」
 10人足らずの生徒たちと、担任教師のリュミンさん(36)が、ゲームの影響で子どもの勉強時間が減っているという新聞記事を片手に議論している。ヘルシンキ市の市立アルピラ中学校での授業風景。この日の課題は、自分の意見をどう表現するかだ。
 基本的なカリキュラムは全国共通だが、問題の解き方を教えるのではなく、議論しながら自分の頭で問題を解く方法を考えることを重視する同国では、1クラスの生徒数は10~26人と少ない。典型的な公立校の同校は、372人の生徒に40人の教師がいる。

【苦手克服へ集中補習】

 15歳の子どもの読解力や数学的応用力などを調べた経済協力開発機構(OECD)の「学習到達度調査(PISA)」で2000年、03年と2回連続、主要分野のトップを占めた同国だが、塾や受験競争とは無縁で、学力格差を極力なくす手厚い制度が特徴だ。
 授業についていけない子どもに対する集中的な補習授業はその柱の1つ。通常のクラスの中で特に読解力が劣ったり数学が苦手な生徒は、10人ぐらいずつのクラスで補習を受ける。
 「家庭の事情などで読解力が劣る子がいるのは当たり前」とカララハティ校長(62)が言うように、同国では補習は特別なことではない。全小中学生の2割が何らかの補習を受けており、幼稚園にも補習クラスがある。補習を受ける子も「私は勉強が遅れているのでこのクラスに入った」と恥ずかしがらずに話す。
 「重要なのは生徒のやる気をいかに引き出すか」ど同中学校で補習クラスを担当する教師、イハライネンさん(47)。補習での学習指導のみならず、生徒の集中力を高めるためのコンサルティングを行ったり、「生徒とのコミュニケーションが大切」と、インターネットなども使い家庭と連絡を取り合うことも。
 こうした教育は保護者にも大方、好評のよう。「子どもたちが伸び伸びし過ぎて規律が少し足りない」と苦笑する母親(37)も「教師は熱心で、いかに子どもの興味を高めるかに努力している」と評価。別の母親(53)も「どこの学校も教育水準が高いので、競争も必要ないのでは」と話す。
 教育省のピルフォネン部長は「資源のない小国なので人材を無駄にできない。問題を抱えた子どもを放っておかないことが最も重要だ」と強調する。
 ただフィンランドも迷いがないわけではない。現在の水準を維持するためにと、試験をより重視する改革案が同省内で浮上。「金のたまごを産むガチョウを脅かす介入だ」(英紙)と、教育大国の動向は海外からも注目されている。

【国際学習到達度(PISA)ランキング】

[OECD調査。03年の「読解力」]

① フィンランド
② 韓国
③ カナダ
④ オーストラリア
⑤ リヒテンシュタイン
⑥ ニュージーランド
⑦ アイルランド
⑧ スウェーデン
⑨ オランダ
⑩ 香港
⑪ ベルギー
⑫ ノルウェー
⑬ スイス
⑭ 日本
⑮ マカオ

【私の意見】Up63_34

 日本の中学生が数学でも理科でも世界一になったのは遠い昔となりました。日本人の心の中に大国意識が芽ばえ、それが次第次第に大きくなっていくとともに足元はどんどん崩れ落ちていっています。

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2007年5月15日 (火)

イラク参戦 ブレアと英国民が失ったもの

                    (5月11日 日本経済新聞より)

【ブレア首相 来月退陣】

 ブレア首相が10日、退陣を表明した。労働党政権にもかかわらず市場重視に基づくサッチャー改革を継承、15年にわたる経済成長を実現した。そのモデルは欧州だけでなく世界にも広がった。外交では米英関係をテコにした「米欧の懸け橋」を目指したが、イラク戦争で生じた亀裂を埋めきれなかった。43歳の若さで登場してから10年、ブレア首相は世界に大きな影響を与えて表舞台から姿を消す。

【英復活、市場重視で導く 福祉改革と両立「第三の道」】

 1997年の就任当時。英国民はサッチャー時代からの改革に疲れ、高インフレを招いた保守党政権からの転換を期待していた。しかし、ブレア首相は労働党でありながらサッチャー元首相がまいた改革の「種」を引き継ぎ、改革の基本路線は変えなかった。
 政権発足直後に中央銀行の行政からの独立を断行、市場改革の強い意志を内外に示した。労働党政権に懐疑的だった金融街シティーも「ニューレーバー(新しい労働党)」を信頼した。市場重視と福祉を両立する「第三の道」は、米国とも欧州大陸とも異なる経済戦略だった。
 通貨ユーロの導入も見送り独自の道を歩んだが、ロンドンにはカネもヒトも集まった。英経済は格差拡大というひずみを抱えつつも、ハイテクバブル崩壊を乗り越え、景気拡大を続けた。

【米追従外交 イラク戦争で暗転】

 「イラク戦争後、世界で活発になったテロによって、多くの人が高い代償を払っている」。戦後、英国のイーデン首相がスエズ動乱でつまづいたように、ブレア首相はイラク戦争で国民の支持を失った。
 「米国を動かさなければ世界は変わらない」。信念の政治家だったブレア首相はイラク戦争でブッシュ米大統領と行動をともにしたが、仏独と対立し、欧州内や米欧間の分裂に歯止めをかけられなかった。
 フセイン政権を倒し、イラクを民主化するという目的にぶれはなかったが、大量破壊兵器は見つからず、「ブッシュのプードル犬」とたたかれた。

【私の意見】Up63_25

<民族が共生していた25年前のロンドン>
 私は25年前に初めてヨーロッパを旅しました。最初に訪れたのがロンドンでした。ロンドン・ヒースロー空港に着いたときさまざまな民族の人々が乗り降りしているのを見てびっくりしました。当時羽田でも成田でも見るのがほとんどが日本人でしたが、ロンドンに降りただけで“あー、これが国際都市か”という思いを焼き付けられました。ロンドンの町に2日間滞在しましたが高級店やレストランでもアフリカ出身の人やインド出身の人が自信を持って働いていました。エリザベス女王を共通の元首とする英連邦の精神がこの都市にまちがいなく生きていると私の目には映りました。パリにも2日間滞在しましたが、当時のパリでは、アフリカ出身の人々がモンマルトルの広場などであちこち敷物をならべて指輪などの小物を売っていましたが、パリの警察官が来るとあわてて敷物をたたんで逃げるように去っていました。当時私は、ロンドンとパリではこんなにも違うんだという印象をもった記憶があります

<ブレア首相と日本の首相>
 トニー・ブレアは10年前43歳で颯爽と登場し、イギリス国民が選んだ若くて清新なリーダーは私にもまぶしくうつりました。この間日本の首相は小渕、森、小泉、安倍の4人です。小渕元首相は自ら世界の借金王を名乗っていましたが比較的穏やかな人で短期間のうちに病気で倒れ外交的にはほとんど記憶がありません。その後、神の国発言の森元首相、靖国神社参拝の小泉前首相、祖父岸信介元首相を神さまのように崇めて(祖父信仰)、憲法9条をしゃにむに改正しようとする安倍現首相と続きました。言葉だけは威勢がいいけれど頭が空っぽな日本の首相たちと賢いトニー・ブレアと見比べて、政治家としての格が違うという思いをもったのは私だけではないでしょう。

<ブレアの挫折>
 そのトニー・ブレアの人生最大の失敗はイラク参戦であったことは明らかです。ブレアは心の底では”もしも歴史の歯車を元に戻すことができれば~”と思っているように思います。イラク参戦後トニー・ブレアの清新な表情もうせてしまい、あっという間に険しい老いた顔に変わりました。圧倒的に国民に支持されていたのに国民の信頼も急速になくなってしまいました。

<イギリス社会が失ったもの>
 地下鉄テロ事件を起こしたのはイギリス社会で普通に生活していたパキスタン系イギリス人2世、ジャマイカ系イギリス人2世などでした。このことがイギリス人にとっては大変なショックでした。多民族が溶けあって共生社会を築く努力を重ねていたイギリスにおいて民族間の不信が生まれてきたことはイギリス社会にとり大きな痛手でした。多数のイギリスの若い兵士が尊い命をなくしたこととともに、民族間の信頼社会をめざしたイギリスが不信社会になったことの損失ははかりしれないものがあります。

<鎖国国家日本>
 マドリッドやロンドンのテロは日本人にとっては所詮他人事なのです。イラクに自衛隊を派遣したと言ってもイギリスやオランダの軍隊に守られて水道工事をしただけです。誰一人死んでいません。日本の入国管理局は世界一こわい役所です。イスラム系外国人が入国するなど至難の業です。人の出入という面では日本は世界一の鎖国国家です。日本国内でのテロが発生する確率は他の国と比べてきわめて低いでしょう。イギリスで起きたことは他人事であり、日本人は高見の見物をしているにすぎません。

<とんでもない未来が待っている>
 5月14日国民投票法がついに成立しました。憲法9条を改正するということは、日本が明日はイギリスと同様にアメリカの同盟国として若い兵士の血を賭けて参戦するということです。若い兵士が血を流すだけでなく一般市民もテロや爆撃で命を失うことにつながるのです。それがほんとうに国民に幸福をもたらすのかイギリスやスペインで起きたことを自国に置き換えて真剣に考えなければいけない状況に安倍首相は日本国民を追い込んできました。戦争の悲惨さを知らない愚かなリーダーの威勢のいい発言にのかっていると、とんでもない未来がまちかまえています。
 

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2007年5月12日 (土)

癒着サルコジ氏と完全無欠の小泉前首相

                   (5月11日 朝日新聞 夕刊より)

【「癒着」サルコジ氏に批判の声】
【ヨット提供の実業家、公共事業受注】

 フランス大統領選で当選したとたん地中海へバカンスに出かけたサルコジ前内相に対してヨットを提供していた仏実業家が、仏政府から公共事業を受注していたことが10日明らかになった。癒着ではないかと批判の声が上がっている。
 仏メディアによると、この実業家はメディア関連企業などを手がけるバンサン・ボレロ氏(55)。マルタに来たサルコジ氏に3日間、超豪華ヨットを差し出した。サルコジ氏は「税金は使っていない」と弁明。ボレロ氏も「我がグループは仏国家との取引が一切ない」と明言していた。
 ところが、ボレロ氏のグループが昨年、サルコジ氏が内相当時の内務省から仏東部の警察施設の設置を34万ユーロ余り(5千万円以上)で請け負っていたことを、官報を調べたメディアが発見。05年に国防省から3600万ユーロの事業、06年に外務省から数百万ユーロの事業を受注したこともわかった。
 批判を受けたサルコジ氏は9日夜パリに戻り、真っ黒に日焼けした顔で10日の奴隷制度廃止記念式典に参列。しかし批判は収まらず、選挙で同氏を支持した哲学者アラン・フィンケルクロート氏は同日のルモンド紙への投稿で「共和国大統領に選ばれたばかりなのを忘れたのか。恥さらしだ」と怒りをぶちまけた。

【私の意見】Up63_24

 小泉前首相は贈答品をもらっても、同額のものを返すという記事を読んだことがあります。女性関係も離婚しましたが恋人がいるなどの浮いた報道に接したことはありませんので特別つきあっている女性もいないのではないでしょうか(これは推測です)。カネも女も小泉前首相は完全無欠の人ということになります。一方人望の高いフランス大統領であった故ミッテラン氏は奥さんとは別に愛人がいて、愛人との間に娘さんがいました。そのことを記者が質問すると故ミッテラン氏は「それがどうしたの?」と言い返したとのことです。大人の国フランスならではのことです。サルコジ氏の癒着は故ミッテラン氏とは異質であり、事実を曲げた説明で言い逃れを図ることなど国のリーダーとしては明らかに失格です。それに私の思いをつけ加えさせていただくと、私は完全無欠の小泉氏よりも、また不誠実なサルコジ氏よりも、故ミッテラン氏にはるかに人間としてのぬくもりを感じます。ただし、愛人との間に娘がいるからではありません。

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