裁判

2013年8月29日 (木)

マンション法2 老朽長屋の取毀しは自由か?

【長屋分断で「耐震低下」…大阪の住人、賠償提訴】
                 (2013年5月19日  読売新聞 より)

 大阪市鶴見区の木造長屋に住む男性(56)が、隣家の解体で自宅の耐震性が著しく低下したとして、解体工事を受注した建築設計会社(大阪市)などに耐震改修工事費など約250万円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴していたことがわかった。大阪市などによると、「長屋の切り離し」と呼ばれる一部住宅の取り壊しは耐震性の低下につながり、トラブルが相次いでいるという。一方で、木造長屋の建物全体の耐震強化も進んでいないのが現状だ。
 訴状などによると、この長屋は1978年建築で、南北に6軒連なる。男性は約20年前に南から2軒目を購入。昨年8月、壁を共有する北隣2軒分の解体工事が始まり、間もなく更地になった。男性が1級建築士に調査を依頼したところ、男性宅の耐震性は解体前より4割低下したことがわかり、耐震工事を余儀なくされた。
   (中略)
 男性は「何の説明もないまま解体が突然始まり、地震による倒壊の危険性が高まった」と主張している。
 今月1日の第1回口頭弁論で被告側は全面的に争う姿勢を示し、建築設計会社は「男性は解体を了解していた」などと反論した。
 「切り離し」は、主に老朽化による取り壊しが目的。近隣の同意の必要性などについて法的な定めがないためトラブルが頻発し、大阪市立住まい情報センターには、耐震性の不安などを訴える相談が年間約200件寄せられている。

Mansion2
(注)図面は新聞記事の図面を略図化しています

長屋: 総務省は「二つ以上の住宅を1棟に建て連ね、各住宅が壁を共通にして、別々に外部への出入り口を持っている」と定義。同省が2008年に実施した住宅・土地統計調査によると、耐震基準が大幅に強化された1981年より前に建てられた木造長屋は全国に約48万3300戸あり、住宅総数の1%にあたる。

【古い長屋と建物区分所有法】


「 建物の区分所有については,明治29年公布にかかる民法典前三編中において既に規程が存在した。次の2ヶ条である。  第208条 数人ニテ一棟の建物ヲ区分シ各其一部ヲ所有スルトキハ建物及其附属物ノ共用部分ハ其共有ニ属スルモノト推定ス  ② 共用部分ノ修繕費其他ノ負担ハ各自ノ所有部分ノ価格ニ応シテ之ヲ分ツ  第257条 前条ノ規定(共有物の分割請求に関する規定-編注)ハ(は)第208条及ヒ第229条ニ掲ケタル共有物ニハ之ヲ適用セス

(中略)

 すなわち民法典においては,一棟の建物を区分してその各部分を独立の所有権の対象とすることができるということを当然の前提として,その場合における共用部分等の共有関係と費用負担についての極めて概括的な規定のみを用意したのである。
 これらの規定は,その立法当初から,西洋式の横割りの区分所有についても適用されるものと解されていたものの,実際は,往時ににおけるわが国の区分所有建物といえば,ほとんどが単純な縦割式のいわゆる棟割長屋に限られており,それも,区分所有関係になっているものは極くわずかであったから,このような簡単な規定だけで対応することが可能である(濱崎恭生著「建物区分所有法の改正」1989年8月発行。1~2頁)。」

 大阪の事例は,建物区分所有法施行後に建てられた連棟式建物ですが,同法にもとづく区分所有建物として登記されているのか否かわかりません。昭和38年4月3日以前に建った建物の場合はどのように登記されてきたのか事例を集めてみたいと思います。事例によっては脱法的に独立した6つの建物として登記されたものもあるかもしれません。一棟の建物としての登記であれ,6つの建物であれ,この場合に建物が老朽化したという理由で,連棟式建物の一所有者が自分名義の土地・建物を勝手に毀すということは可能でしょうか。

【壁はどこまでが共有で,どこからが専有か】

 法務省民事曲参事官室編「新しいマンション法」(1980年11月)71頁は,区分所有建物の壁,床,天井部分については次のように述べています。

 専有部分相互間の境界部分を構成する際,床,天井等は,どれだけが専有部分であり,又は共用部分であるかについては,次の3つの考え方があります。
 第一説は,境界部分はすべて共用部分であり,境界部分によって取り囲まれた空間部分のみが専有部分であるとする考え方(共用部分説又は内壁説)であり,第二説は,逆にこれらの境界部分は共用部分ではなく,その厚さの中央までが専有部分の範囲に含まれるとする考え方(専有部分説又は壁真説)であり,第三説は,これらの境界部分の骨格を成す中央の部分は共用部分であるが,その上塗りの部分は専有部分の範囲に含まれるとする考え方(折衷説又は上塗り説)です。
 また,内部関係(区分所有者相互間で建物を維持管理する関係)においては,第三説が相当であるが,外部関係(保険,固定資産税等第三者に対する関係)においては,一般の慣行に従って第二説をとるのが相当だという考え方もあります。
 この点については,学説上も,また区分所有者の一般の理解も,第三説が次第に定着しつつあるように思われます。第一説によると,専有部分は空間だけということになって,専有部分についての所有権を認めることと矛盾しますし,区分所有者は,内装工事もできないことにになって実情に合致しません。第二説によれば,壁の中心まで各区分所有者が自由に変更を加えることができることになって,建物の維持管理の観点から適当でありません。したがって,第三説によるのが適当でしょう。

第三説によると壁の上塗り部分を除く壁の骨格をなす部分は共用部分となります。

【共用部分(壁)を合法的に取毀すための要件】

 1.この連棟式建物(長屋)が建物区分所有法の適用のある場合,同法17条1項にもとづき集会の決議を要します。決議は議決権の4分の3以上の賛成が必要です。決議要件は規約で過半数まで下げることが可能です。この場合いくら隣人同志が取り毀しに賛成しても集会の決議がなければ取り毀しはできません。

 2.この連棟式建物(長屋)が建物区分所有法の適用がないものであったらどうでしょうか。この場合は登記上どのようになっているかわかりませんが,実質上はA・B・C・D・E・Fの6人が土地・建物を併立して持ち,壁だけがAとB,BとC,CとD,DとE,EとFが共通して使っている(それぞれ共有している)ということになります。この場合,CとDの二人が相談して,CとDが使っている建物の部分を取り毀すことは可能でしょうか。  CとDだけで勝手に取毀すことはできないと思います。仮に脱法的に6つの建物として登記していた場合でもBとCの壁の骨格部分については実質上Bが共有持分権を有しており,DとEの壁の骨格部分は実質上Eが共有持分権をもっていますから,その承諾なしに取毀すことはできません。共有登記の場合は当然共有者全員の同意が必要です(民法251条)。なお取毀しの承諾があったとしても隣接建物に損害を与えた場合は損害賠償義務が生じます。  将来の紛争を防ぐためには,毀す前に十分話しあっておく必要があります。必要な場合隣接家屋に毀損がないように保全・補修工事をする必要があります。老朽化が著しいが,隣人が何を言っても賛同してくれないときはどうすればよいでしょうか。私は民法258条に基づき裁判所に共有物分割請求をしてみるのが一つだと思います。民法257条・229条によれば,境界線上に設けた障壁の分割請求はできないとしていますが,老朽化が著しい場合には裁判所はそれなりの解決案を考えて指導した上,話し合いがつかないときは判決を出してくれると思います。

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2013年8月26日 (月)

マンション法1 集合住宅と敷地利用権

【新判断を示した 東京地裁8月22日判決とNHKニュース】

 銀座通り法律事務所が原告代理人となった事件で、東京地方裁判所民事44部合議係(中村 愼 裁判長)は、集合住宅と敷地利用権に関し注目すべき新判断を示しました。
 この事件はNHKテレビのニュースで放映されるとともに、NHKのインターネットニュースでも配信されました
 インターネットニュースは次のとおり報じています。

 「集合住宅切り離し戸建てに 撤去命じる判決」

 「タウンハウス」と呼ばれる棟続きの集合住宅の一部を切り離し、一戸建ての建物を造ったことを巡って争われた裁判で、東京地方裁判所は「ほかの住民に損害を与えた」などと判断し一戸建て部分の撤去を命じる判決を言い渡しました。

 東京・大田区にある12世帯が棟続きになった「タウンハウス」と呼ばれる集合住宅で、いちばん北側の所有者が自分の建物部分を切り離して新しく一戸建ての建物を造ったため、ほかの住民が「そんなことは許されない」と裁判を起こしていました。
判決で東京地方裁判所の中村愼裁判長は「タウンハウスは屋根や壁などが共用部分で、切り離したため、ほかの住民に損害を与えた」などと判断しました。
そのうえで、「新しい建物が出来たため、このままではほかの住民が以前のような建物に建て替えることができない」などとして新しく一戸建てを造った所有者に建物を撤去することなどを命じました。

Mansion1
被告1の土地が敷地として分離されると、原告1建物は第二種高度斜線制限によって黒塗り部分が違反建築物となる。

 この判決(以下「本判決」と略します)は多くの論点で注目すべき判断を示しており、今後何回かにわたって判決をベースに区分所有建物をめぐる法律関係を考えていきたいと思います。なお、本判決は一審判決であり、控訴が予想されますので確定しておらず、法律上の論点の題材として議論するものであることをご了承ください。

【建物の区分所有等に関する法律とマンション法】

 実はマンション法という名前の法律はなく「建物の区分所有等に関する法律」(略して建物区分所有法)のことを世間ではマンション法と称しています。ところでマンション法という用語は正確とはいえません。建物区分所有法は「一棟の建物に構造上区分された数個の部分で独立して住居、店舗、事務所又は倉庫その他建物としての用途に供することができるものがあるときは、その各部分は、この法律の定めるところにより、 それぞれ所有権の目的とすることができる。 」と定めています(1条)。このような構造上の建物でも、一つには賃貸マンションのように一棟全体を一人の所有者が一個の建物として所有し、多数の人に賃貸するケースもあります。この場合の法律関係は間貸しと同じことになります。二つに、区分所有建物とは、中高層の共同住宅に限られるわけではなく、商業ビルか事務所ビルとしての区分所有建物もありますし、いわゆる棟割長屋やタウンハウス、あるいは親子で一階、二階を区分して所有するといった小規模な区分所有建物もあります。建物区分所有法は、このようなあらゆる区分所有関係に適用されます(法務省民事局参事官室編「新しいマンション法」3頁 1983年1月発行)。

【連棟式建物・タウンハウス・テラスハウス】

 本判決の対象となった建物は、一棟の建物が12の区分所有建物が縦に連なっている状態で、本判決はこれを連棟式建物Aと称し、被告が自己の所有の区分建物を切り離した残りの11棟を連棟式建物A'と称しています。連棟式建物は昔風でいえば棟割(縦割り)長屋と言われますが、長屋と言えば大家と八っつぁん、クマさんの世界でイメージが良くないので、今ではタウンハウスとかテラスハウスとか呼ばれています。大家と八っつぁん、クマさんは賃貸人と賃借人で、八っつぁん、クマさんが独立して区分建物をもっていなかった(法律もなかった)から、賃貸マンションと同じケースで、本件とは権利義務関係が全く異なります。話は横道にそれましたが、本件では12の独立した区分所有建物が連棟式でつながって一棟の建物となっていたもので、正に建物区分所有法が適用される建物です。

【連棟式建物と敷地利用権】

 連棟式建物においては、連棟式建物の敷地は多くの場合、分筆され各専有建物の所有者がその真下の土地を所有しているケースが多いと思います。そのため自己名義の土地は自分で自由に処分できると思いがちです。しかし、建物を建てることができたのは、一棟の建物として土地全部を敷地として使用できるからで、個々バラバラになるとそれぞれが建築基準法令や条例の制限を受けて従来と同じ建物を建てることは不可能になります。それぞれがお互いに自己所有の土地を出し合っているからこそ、大きな一棟の建物を建てることができます。言い換えれば、相互に敷地利用権を設定しており、本判決ではその敷地利用権は地上権か賃借権であると判断しました。これは画期的な判断で従来は区分所有法の昭和58年改正の際の立法担当官の誤った解釈が無批判に承継され、所有権と独立した権利としての賃借権や地上権はなく、所有権に包含されるとしていました。しかし被告土地に原告らが持つ敷地利用権は被告の所有権と対立する権利であり、被告土地に包含することはできない筈です。本判決は従来から続いたあいまいで、まちがった解釈にピリオドを打つものとして、意義の大きいものだと思います。(以下は、【マンション法2】以下で述べます)

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2012年10月 8日 (月)

ゲレンデ滑降中のスキー事故で損害賠償

【二十数年前のスキー衝突事故】

 当事務所(当時は清水建夫法律事務所)で扱った二十数年前のスキー衝突事故です。もうすぐスキーシーズンが訪れます。事故が起きないよう参考までに当時の判決を紹介します。ひとたび事故が発生すると負傷した方は勿論のこと、負傷させた側も経済的のみならず精神的にも大きな負担となります。スキーヤーの皆さんどうか最善の注意でスキーを楽しんでください。

【事案の概要】

1 本件事故は、栃木県所在のスキー場ゲレンデの中・上級者向けコースで起きた。同コースのスキーヤーは特に多かったわけではなく、その数は「そこそこ」であった。

2 X(原告)は、当時スキーコーチを受けるため、10人位の中級者グループの一員としてコーチの指示にしたがって下方の練習によい場所に行くため順次連らなり緩やかに滑降し始めて間もなく、突然Y(被告)がかなりの勢いで衝突してきた。

3 一方、Yは、当時Xの滑降ルートの右側をパラレルターンをしながら滑降していた。Yの右側をYと同方向に滑降する男性スキーヤーが徐々に近づいてきたのでYは、このままの滑降進路では危ないと考え、早めにその進路を変更すべく左側にターンしたところ折柄滑降中のXに衝突し、Xをその場に転倒させたものである。Yは、Xと衝突するまでXを認めていないし、Xとともに順次連らなり滑降していたXのグループさえ目にしていない。

4 Xの請求額は352万7550円と事故日から支払いずみまで年5%の割合による遅延損害金。

【Yの過失に関する裁判所の判断】

1 XがYの後方から滑降してきたとするYの供述、更には滑降に際し周囲の安全確認を十分に尽くしたとするその供述はいずれも信用するに疑わしく、むしろこれを否定すべきものと認めるのが相当である。

2 本件事故は、Yが周囲、とりわけ左方に対する注意を怠って滑降したことからXらスキーヤーの存在を見落し、しかも、ターンにあたって周囲に対する十分な安全を確認することなく急角度でターンをした結果、本件事故となったものであり、本件事故はYの一方的な過失によるものである。
Yが、左側に対する注意をより尽くしていたらXを含めた一団の滑降スキーヤーを確認でき、それとの対応において本件事故は十分回避できたものであって、本件事故はYがその右側を滑降する男性スキーヤーに気をとられたことに起因するものといって妨げない。

3 Yは、本件事故はスポーツ事故として一般的にその発生が予想された事故の範囲に属し、社会的にも容認された違法性を欠くものであると主張するが、これまで検討してきたYの過失内容を考えると、本件事故をもってスポーツ事故として社会的に容認された性質のものと解すべきものではない。上記主張は採用するにたりない。

【Xの損害額に関する裁判所の判断】

1 ア 治療関係費
   ① 治療費     金5100円
   ② 入院雑費   金1万5600円(13日分)
   ③ 交通費     金4800円
  イ その他雑費   金1万2050円
  ウ 入通院慰謝料 金70万円
    Xの受傷による入通院は、入院期間13日、
   通院期間4日であるが、受傷の部位、程度
   は、顔面頬部、上顎部、前頭骨骨折という
   かなりの重症で手術も全身麻酔により3時間
   の長きににわたっている。術後の経過は順調
   であり、現在では手術痕もほとんど外から見て
   判別しがたいまでになり、また知覚障害も消失
   しているけれども、その間23歳の独身女性であ
   るXが被った精神的不安と苦痛は筆舌に尽くし
   がたいものであったことは推認するにかたくな
   い。
    その慰謝料は金70万円をもって相当とする。
  エ 慰謝料     金50万円
    現在のXは受傷による知覚障害もなく、手術
   痕もほとんど識別困難なまでに安定し、その他
   眼球等の運動障害もない。したがって、女性で
   あるXに醜状痕があることを前提とする慰謝料
   は認められない。
    しかし、Xに対しては、本件事故による手術に
   際し、骨折部位を固定するための4枚の金属プ
   レートが顔面に挿入され、その残存による感覚
   的な違和感は現になおXにあるうえ、異物が顔
   面に挿入、固定されていることに対する将来的
   なXの不安も無視できない。
    また、事故当時のXは、研修期間中であった
   ことから、本件事故による研修の遅れに対する
   不安、関係者に対する影響などの点について
   精神的な動揺があったとし、手術痕も独身女性
   として特に神経を使い気になっていること、本件
   事故に対するYの誠意も余り認められないこと
   など慰謝料算定にあたって考慮すべき事実が
   ある。
    よって、上の諸点を考え金50万円をもって相
   当とする。
  オ 弁護士費用   金13万円

2 裁判所が認容した総額 136万7550円と事故日から支払いずみまで年5%の割合による遅延損害金 

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2012年4月10日 (火)

警察官の猿ぐつわと心肺停止と国賠責任

【判例紹介】
  銀座通り法律事務所 代表弁護士 清水建夫

<異常な挙動をした者を保護した警察官が猿ぐつわをして心肺停止をしたことに過失があったとして、国家賠償請求が認容された事例>
     (国家賠償請求事件 仙台高裁H23.11.8判決
                 判例時報 2139号23頁コメント より)

1 訴外Aは、体調不良及び情緒不安定により会社を休んでいたが、異常な行動をとったことから家族が救急車を要請したところ、救急隊員は自傷他害のおそれがあるとみて警察に臨場を要請した。警察官が、Aを取り押さえ、咬舌防止の措置として風呂敷で猿ぐつわをしたところ、Aの心肺が停止した。
 Aは、心肺停止による無酸素性脳症により四肢全廃の状態となったため、警察官らには必要がないにもかかわらず誤った方法により猿ぐつわをした過失があるなどと主張して、Y(県)等に対し、約2億4400万円の損害賠償を請求した。
 一審は、警察官らには過失が認められないとして、請求を棄却した。そこでAが一審判決を不服として控訴したが、Aは、控訴審係属中に発生した東日本大震災による津波に巻き込まれて死亡したため、Aの遺族であるXらが本件訴訟を承継するとともに、請求を約1億5000万円に一部減額した。
2 本判決は、警察官は、Aの口にタオルを入れ、その上から風呂敷で猿ぐつわをしたと認定した上、右の態様の猿ぐつわは明らかに過剰で危険な措置であり、保護措置の方法につき必要な最小限度を逸脱した過失があると判断し、かつ、右認定の猿ぐつわとAの障害との間に因果関係があると判断し、一審判決を変更した上、Yに対して、約1億2000万円の支払いを求める限度で、本件訴訟を認容した。
3 警察官は、異常な挙動等により自傷他害の危害を及ぼすおそれがある者を発見したときは保護する必要があるが(警察官職務執行法3条)、本件では、猿ぐつわをした警察官の行為の適否、猿ぐつわをしたことと被害者の心肺停止との因果関係が争点になった。
 一審は、警察官の行為に過失がないとしたが、本判決は、猿ぐつわの方法が窒息を招く可能性の高い極めて危険な態様であったとして、その過失を認めたものである。
 本判決は、口の中にタオルが入れられた状態で猿ぐつわをした警察官らの行為の危険性についても厳しく非難したものであり、もっぱら事実認定の問題といえるが、状況証拠を詳細に分析しタオルを口に入れたのは警察官であると結論付けた点において(なお、仮にタオルを入れたのが警察官でないとしても、口の中にタオルが入っていることを認識したものというべきであるし、認識していなかったとしたらそのこと自体が過失であるとも付言している)、実務の参考になるものとして紹介する。

【私の意見】Up63

 Aは差し歯を抜きとって飲み込むなどの異常行動があり、舌をかみ切る危険があるとの報告を受け、警察官は咬舌防止のための措置をとるべく、Aの母が用意した風呂敷を用いて猿ぐつわをしたとのことです。警察官はAが舌をかみ切るなどの自傷行為を防ぐ目的で行ったのですが、心肺停止による四肢全廃という重篤な結果となり、県に対する国家賠償責任が認められました。Aの挙動や猿ぐつわ後のAの状況につき慎重な配慮が欠けていたため、県に国家賠償責任が認められたものと思われます。そのAが東日本大震災による津波に巻き込まれて死亡したというのも私にとり衝撃的でした。

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2012年4月 1日 (日)

自律神経失調症患者に産業医が賠償責任

【判例紹介】

 自律神経失調症で休職中の患者に対する産業医の言動が注意義務に反するとして、その不法行為責任が認められた事例  [ 損害賠償請求事件  大阪地裁平23.10.25判決 ]

<判例時報2138号81頁コメント>

1 X(原告患者)は,昭和62年から財団法人に勤務しているが,自律神経失調症により,平成20年6月30日から平成21年4月26日まで休職していた。
 Xは、休職中の平成20年11月26日、前記財団法人の産業医を務めていた医者であるY(被告産業医)と面談したが、YはXに対し、「それは病気やない、それは甘えなんや」「薬を飲まずに頑張れ」などと言い、前向きな生活をするよう励ました。
 しかし、Xは、Yとの面談後、病状が悪化し、精神的苦痛を被ったとし、Yに対して、530万円の損害賠償を請求した。
 これに対し、Yは、Xとの面談は、Xの復職判断のために行ったものではなく、相談的なものに過ぎず、Yの言動は、産業医としての注意義務に反するものではない、などと主張した。
2 本判決は、Yは、Xが自律神経失調症で休職中であることを知りながら、その病状を悪化させる危険性が高い言動を行ったのであるから、産業医としての注意義務に違反すると判断して、Yの不法行為責任を肯定し、Yに対して、慰謝料30万円等合計60万円の支払いを求める限度で、本請求を認容した。
3 産業医とは、事業者の委託により事業場で働く労働者の安全と健康の確保、災害の防止などを行う医師である(伊藤正男ほか編・医学大辞典962参照)。
 医師は、患者に対する情報提供と患者との対話を尽くして、患者が納得のできる治療方法を共同して決定できるように努力すべきであるとされているが、精神障害患者にあっては、意思決定能力が十分に備わっていない患者もあるため、病状の説明、治療の要否、その方法などの説明に当たっては、特段の配慮が必要であろう(中村哲「医師の説明義務とその範囲」新・裁判実務体系(1)69以下参照)。
 本判決は、自律神経失調症により休職中の者と面談した産業医の言動が注意義務に違反するとして、その責任を認めた珍しい裁判例であり、実務上参考になろう。

<注意義務違反についての判決の判示>

 これに関する判決文をそのまま以下に引用します。

2 本件面談における被告の言動が注意義務に反するものであったか
 (1) 前記1(3)、(4)、で認定した事実によれば、被告は、原告が自律神経失調症であり、休職中であるという情報を与えられた上で、原告との面談に臨んでいたにもかかわらず、原告に対し、薬に頼らず頑張るよう力を込めて励ましたり、原告の現在の生活を直接的な表現で否定的に評価し、その克服に向けた努力を求めたりしていたことが認められる。
 (2) ところで、被告は、産業医として勤務している勤務先から、自律神経失調症により休職中の職員との面談を依頼されたのであるから、面談に際し、主治医と同等の注意義務までは負わないものの、産業医として合理的に期待される一般的知見を踏まえて、面談相手である原告の病状の概略を把握し、面談においてその病状を悪化させるような言動を差し控えるべき注意義務を負っていたものと言える。
 そして、産業医は、大局的な見地から労働衛生管理を行う統括管理に尽きるものではなく、メンタルヘルスケア、職場復帰の支援、健康相談などを通じて、個別の労働者の健康管理を行うことをも職務としており、産業医になるための学科研修・実習にも、独立の科目としてメンタルヘルスが掲げられていることに照らせば、産業医には、メンタルヘルスにつき一通りの医学的知識を有することが合理的に期待されるものというべきである。
 してみると、たしかに自律神経失調症という診断名自体、交感神経と副交感神経のバランスが崩れたことによる心身の不調を総称するものであって、特定の疾患を指すものではないが、一般に、うつ病や、ストレスによる適応障害などとの関連性は容易に想起できるのであるから、自律神経失調症の患者に面談する産業医としては、安易な激励や、圧迫的な言動、患者を突き放して自助努力を促すような言動により、患者の病状が悪化する危険性が高いことを知り、そのような言動を避けることが合理的に期待されるものと認められる。
 してみると、原告との面談における被告の前記(1)の言動は、被告があらかじめ原告の病状について詳細な情報を与えられていなかったことを考慮してもなお、上記の注意義務に反するものということができる。

【私の意見】Up63

1.自律神経失調症は「神経症やうつ病に付随する各種症状を総称したものであり、疾患名ではなく、器質的病変もない]とされています。Yは自律神経失調症を軽んじておりこれが前記言動となったと思われます。

2.しかし好き好んで会社を休む人はいません。従業員の側にストレスが重なり休職せざるを得ない事情がどこかにあるはずです。その原因につき医師の立場から考慮の上、原因が企業の側にあるときは企業に職場環境の改善を要求し、本人の側にも原因がある場合は本人の生活改善を求めるのが産業医の役割と言えます。YはXの話を聞くことなく「それは病気やない。それは甘えなんや」と決めつけており、医師としての注意義務違反を問われてもやむを得ないと思われます。

3.産業医はかつては事業主目線で従業員を管理するという視点の人が少なくありませんでした。メンタルヘルスケアが重視されるようになり、従業員の立場を理解するすぐれた産業医が増えてきました。しかし、主治医と比べると、今なお産業医は管理者の目線で従業員を見ている傾向は否定できません。

4.当事務所に自律神経失調症で休職中の労働者から職場復帰の相談を受けることは少なくありません。その場合、まず主治医に“なぜ、うつ病ではなく自律神経失調症と診断したのが”“自律神経失調症の原因は何か”“職場復帰のため何をどう改善する必要があるのか”を尋ねます。本人が自分で会社と話し合うことが可能であれば、弁護士は職場復帰に向け本人にアドバイスする立場に徹します。本人がこの問題にかかわることが更にストレスを増すようであれば弁護士が代理人として交渉することになります。

5.以下には「自律神経失調症」についての医学辞典の記載と、産業医についての厚生労働省のパンフレットを参考までに紹介します。

【自律神経失調症】

<南山堂「医学大辞典」より>

 一般に種々の身体的自律神経性愁訴をもち、しかもこれに見合うだけの器質的変化がなく、原因も不明であり、自律神経機能失調に基づく一連の病像をいう。
 思春期から40歳代の間に好発し、男性より女性に多い。症状としては、自覚的なものが多く、頭痛、めまい、疲労感、不眠、ふるえ、四肢冷感、発汗異常、動悸、息切れ、胸部圧迫感、胸痛、食欲不振、胃部膨満感、便秘、下痢など多彩である。臓器選択制をもつ場合もあり、心臓神経症、胃腸神経症、呼吸神経症などの名称がある。診断は、まず器質的疾患がないことを確かめなければならない。つぎに心因の有無を知るため面接や心理検査を行い、さらに自律神経系の検査を施行する。治療の基本は精神療法であり、補助的に精神安定薬および自律神経遮断薬などを併用する。

<「ウィキペディアより」>

[概念]
日本心身医学会では「種々の自律神経系の不定愁訴を有し、しかも臨床検査では器質的病変が認められず、かつ顕著な精神障害のないもの」と暫定的に定義されている。
 この病気は昭和36年ごろに東邦大学の阿部達夫が定義したものであるが、現在も医学界では独立した病気として認めていない医師も多い。疾患名ではなく「神経症やうつ病に付随する各種症状を総称したもの」というのが一般的な国際的理解である。
 この病気は実際にはうつ病やパニック障害、過敏性腸症候群や身体表現性障害などが原疾患として認められる場合が多く、原疾患が特定できない場合でもストレスが要因になっている可能性が高いため、適応障害と診断されることもある。また、癌などであっても似たような症状が表れることがある。

また、原疾患を特定できない内科医が不定愁訴などの患者に対し納得させる目的でつける、と言う否定的な見解もあり、内科で自律神経失調症と診断された場合は心療内科・精神科などでカウンセリング・投薬治療を受けることを勧められている。

[治療]
 多くの患者は内科ではなく心療内科や神経科に通院する。治療には抗不安薬やホルモン剤を用いた薬物療法や、睡眠の周期を整える行動療法などが行われている。最近では体内時計を正すために強い光を体に当てる、見るなどの療法もある。
 西洋医学での改善が認められない場合は、鍼灸・マッサージ・カウンセリングなどが有効な場合もある。
 
成長時の一時的な症状の場合、薬剤投入をしないで自然治癒させる場合もある。また、自ら自律訓練法を用いて心因的ストレスを軽減させ、症状を改善させる方法もある。

【産業医について~その役割を知ってもらうために~】
      (厚生労働省 安全衛生関係リーフレット等一覧
                        「産業医について」より)

<産業医の選任>

 事業者は、事業場の規模に応じて、以下の人数の産業医を選任し、労働者の健康管理等を行わせなければなりません。
(1)労働者数50人以上3,000人以下の規模の事業場 ・・・ 1名以上選任
(2)労働者数3,001人以上の規模の事業場 ・・・ 2名以上選任
 また、常時1,000人以上の労働者を使用する事業場と、特定の業務に常時500人以上の労働者を従事させる事業場では、その事業場に専属の産業医を選任しなければなりません。

<産業医の職務>

 産業医は、以下のような職務を行うこととされています。
(1)健康診断、面接指導等の実施及びその結果に基づく労働者の健康を保持するための措置、作業環境の維持管理、作業の管理等労働者の健康管理に関すること。
(2)健康教育、健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るための措置に関すること。
(3)労働衛生教育に関すること。
(4)労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置に関すること。
 産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができます。また、産業医は、少なくとも毎月1回作業場等を巡視し、作業方法又は衛生状態に有害のおそれがあるときは、直ちに、労働者の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならないこととなっています。

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2011年10月19日 (水)

カルテがないC型肝炎患者・家族の皆さま

【おわび】

 2010年8月31日付私のブログ記事に患者の方や家族の方々が投稿を頂き、切々と訴えておられるのを不覚にも気づかずに過ごしてしまいました。ご無礼をお許しください。

【あきらめることはありません】

 前回のブログ記事の一部を再録させていただきます。

<病院は廃院、医師は死亡など>

 カルテのないC型肝炎の患者や遺族の方の聴き取りを進めていますが、カルテがない、当時の担当医が亡くなった、当時の担当医がやっと見つかったと思ったら覚えていない、病院は廃院で今はない等々、立証準備は困難を極めています。カルテのない患者の方はむしろ病状が進行し重く、すでに亡くなった方も少なくありません。カルテがあるかないかで差別されるのは法の下の平等(憲法14条)に反するというのが私たち弁護団の基本的な視点です。C型肝炎特措法制定にあたり衆議院は次のとおり付帯決議をしています。

 「一 「投与の事実」、「因果関係」及び「症状」の認否に当たっては、カルテのみを根拠とすることなく、手術記録、投薬指示書等の書面又は医師、看護師、薬剤師等による投与事実の証明又は本人、家族等による記録、証言等も考慮すること。」 
(衆議院厚生労働委員会付帯決議 参照:[ PDFファイル ])

私たち弁護団は今、患者の方や家族の方の聴き取り調査を重ねているところです。

【裁判で請求する額】

 C型肝炎特措法は患者に必ず裁判で請求するよう義務づけています。請求する額も症状に応じて決まっています。
 ① 慢性C型肝炎の進行による肝硬変・肝がん・死亡の場合 4,000万円
 ② 慢性C型肝炎の場合 2,000万円
 ③ ①、②以外(無症候性キャリア)の場合 1,200万円

【弁護団事務局に直接ご連絡下さい】

 私が事務局長を引き受けさせていただいており、私の事務所である銀座通り法律事務所が事務局を担当しています。
お問い合わせはメール、FAX、手紙、TELで直接事務局までご連絡ください。事前調査票(PDF)にご記入いただいたうえお送りいただき、具体的なご相談を受け付けます。なお、相談の段階で費用をご心配いただく必要はありません。相談料は無料です。

■お問い合わせ先:
 事務局(銀座通り法実事務所)
 TEL:03-5568-7601 FAX:03-5568-7607
 E-mail:画像で表示しています 

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2010年8月31日 (火)

カルテがないC型肝炎訴訟原告弁護団結成

【本年6月結成】

 本年6月カルテがないC型肝炎訴訟原告弁護団を結成しました。原告団は新潟県の患者の方や遺族の方が中心となって全国に呼びかけて拡大したもので、現在108名が会員となっています。弁護団は鉄建公団訴訟の中心的役割を担った加藤晋介弁護士や萱野一樹弁護士や私など鉄建訴訟弁護団グループの弁護士7名と、労働事件や消費者事件に精通している東京共同法律事務所の弁護士4名が参加しています。弁護団は今後増える予定です。弁護団長は東京共同法律事務所の山口広弁護士、主任弁護士は加藤晋介弁護士で銀座通り法律事務所が事務局を引き受けました。そんなことでこのところ新潟、高崎、静岡等に出向くことが多くなっています。ブログが1カ月余りお休みをしていて、どうしたのだろうと心配いただいた方も少なくないと思いますが、何とか生きていますのでご安心下さい。

【原告団のホームページ】

 原告団のホームページにあいかわらず鼻めがねの私の写真が写っていますのでよかったらのぞいてみて下さい。弁護団会議のもたれる私の事務所の会議室も写っています。

【多くの患者が未解決】

 C型肝炎訴訟はカルテにフィブリノゲン製剤または第IX因子複合体製剤の投与を受けたことが記載されている約1500名は解決しました。これら血液製剤によってC型肝炎になった方は1万人を超えると言われています。議員立法で平成20年1月16日「特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第IX因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法」(以下「C型肝炎特措法」と略します)が制定、施行されました。給付金の支給を受けるためには平成25年1月15日までに訴訟を起こさなければならないことになっています(厚生労働省ホームページ:「C型肝炎訴訟の原告の方々との和解の仕組みとお知らせ」参照)

【病院は廃院、医師は死亡など】

 カルテのないC型肝炎の患者や遺族の方の聴き取りを進めていますが、カルテがない、当時の担当医が亡くなった、当時の担当医がやっと見つかったと思ったら覚えていない、病院は廃院で今はない等々、立証準備は困難を極めています。カルテのない患者の方はむしろ病状が進行し重く、すでに亡くなった方も少なくありません。カルテがあるかないかで差別されるのは法の下の平等(憲法14条)に反するというのが私たち弁護団の基本的な視点です。C型肝炎特措法制定にあたり衆議院は次のとおり付帯決議をしています。

 「一 「投与の事実」、「因果関係」及び「症状」の認否に当たっては、カルテのみを根拠とすることなく、手術記録、投薬指示書等の書面又は医師、看護師、薬剤師等による投与事実の証明又は本人、家族等による記録、証言等も考慮すること。」 
(衆議院厚生労働委員会付帯決議 参照:[ PDFファイル ])

私たち弁護団は今、患者の方や家族の方の聴き取り調査を重ねているところです。

【ブログを長い間お休みしてすみませんでした】

 ブログを長い間お休みしてすみませんでした。4年前、小泉政権の時代に変えよう日本!という意気込みのもとにスタートしたこのブログでしたが、昨年8月の衆議院選挙で民主党が圧勝し、10月26日の鳩山由紀夫首相の所信表明演説「友愛」を聞き、あー日本も変わると思った方は少なくないと思います。私も日本人があたたかくしなやかな国民に転身できるかもしれないと思って心ひそかに鳩山首相にエールを送っていました。ところがあっという間に政権を放り出し、あげくの果てに「私は小沢氏に首相まで導いていただいた、ご恩返しをすべきだ」と小沢氏支持の考えを示しています。国の大局において「ご恩返し」を公言するなんて、あきれてあいた口もふさがりません。銀のスプーンをくわえて生まれても、スタンフォード大学大学院を修了しても、国民の立場に立つことを忘れた政治家は有害です。ブログを長らくお休みしたのは、仕事が忙しかったのもありますが、国の政治も変わり、このブログの立ち位置をどこにおけばよいのかを迷っているのも確かです。法律実務家としてもっと事務所のホームページをにぎやかにしたいなという思いもあります。それはそれとして、やはりブログでこれまでのようにひとり言をつぶやかさせていただこうと思っています。聞き苦しいところもあるかと思いますが、今後ともこのブログを訪問して下さるようあらためてお願い致します。

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2009年12月26日 (土)

判例紹介 学習塾の校長は名ばかり管理職

【横浜地裁平成21.7.23判決】

 以下引用は判例時報2056号(平21.12.21号)によっています。

<主文>

 主文というのは判決の結論の部分です。

[主文] 一 被告は、原告Aに対し、252万6203円及びこれに対する平成19年6月1日から支払済みに至るまで年14.6%の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告Aに対し、252万6203円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払い済みに至るまで年5%の割合による金員を支払え。
三 被告は原告Bに対し、240万3590円及びこれに対する平成19年4月1日から支払済みに至るまで年14.6%の割合による金員を支払え。
四 被告は、原告Bに対し、240万3590円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払い済みに至るまで年5%の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は全部被告の負担とする。
六 この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

<事案の概要>

 本件は、被告会社が経営する学習塾の校長でマネージャー(KM)の地位にあった原告A及び同学習塾の校長代理でマネージャー(M)の地位にあった原告Bが、被告会社を退職後、被告会社に対し、時間外労働の割増賃金と附加金の支払を求めたのに対し、被告会社は、原告A及び原告Bが労働基準法41条2号に規定する管理監督者に当たると主張して、労働時間に関する規定の適用除外を主張して争った事案です。
 被告会社の組織は、本部のほか、各校舎として15校舎あり、本部に勤務する課長5名、各校舎の校長のうちブロック長3名、その他の校長10名がマネージャー(M)、校長代理及び副校長がマネージャー(M)またはサブマネージャー(SM)、雇用期間の定めのない正社員でです。一般職員がワーカー(W)に分類され、被告会社は、雇用期間の定めのない正社員48名のうち、サブマネージャー以上の地位にある社員38名に対して、時間外労働の割増賃金を支払っていませんでした。

【管理監督者についての条文及び通達】
   (厚生労働省ホームページ:H20.9.9発表 管理監督者についての条文及び通達

<労働基準法(昭和22年法律第49号)(抄)>

(労働時間等に関する規定の適用除外)
第41条 この章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
一 (略)
二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
三 (略)

<管理監督者の範囲についての解釈例規>

監督又は管理の地位にある者の範囲
(昭和22年9月13日付け発基17号、昭和63年3月14日付け基発150号)
 法第41条第2号に定める「監督若しくは管理の地位にある者」とは、一般的には、部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきものである。具体的な判断にあたつては、下記の考え方によられたい。
  (以下 略)

【マクドナルド店長 名ばかり管理職 東京地裁判決】

 一般の社員と変わらないのに名前だけ管理職として労基法41条2号を悪用して残業代を支払わない口実にしている悪質な企業がまん延しています。これに歯止めをかけようとしたのが日本マクドナルドの直営店の店長が残業代など約1,350万円の支払いを求めた裁判です。東京地裁は平成20年1月28日日本マクドナルドに埼玉県内の男性店長(46歳)に対し755万円を支払うよう命じる判決を言い渡し(判例時報1998号149頁)、マスコミでも大きくとりあげられました。これを受け同年9月9日厚生労働省労働基準局長は平成20年9月9日付け基発第0909001号により「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」の通達を出しました。
 参照ページ: ・厚生労働省ホームページ:H20.9.9発表 管理監督者についての条文及び通達
         ・厚生労働省ホームページ:「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について(平成20年9月9日付け基発第0909001号)」に関するQ&A
 本件においては横浜地裁は学習塾の校長ならびに校長代理が労基法41条2号の管理監督者に当たらないとして残業代の支払を命じたのです。

【横浜地裁判決の判断基準】

 本件において横浜地裁は管理監督者に該当するか否かの判断基準を次のように判示しています。

 「労働基準法41条2号が管理監督者に対して労働時間、休憩及び休日に関する規定を適用しないと定めているのは、管理監督者がその職務の性質上、雇用主と一体となり、あるいはその意を体して、その権限の一部を行使するため、自らの労働時間を含めた労働条件の決定等について相当程度の裁量権を与えられ、報酬等その地位に見合った相当の待遇を受けている者であるからであると解される。したがって、同号にいう管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理につき、雇用主と一体的な立場にあるものをいい、同号にいう管理監督者に該当するか否かは、①雇用主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を有するか、②自己の出退勤について自ら決定し得る権限を有するか、③管理職手当等の特別手当が支給され、待遇において、時間外手当及び休日手当が支給されないことを十分に補っているかなどを、実態に即して判断すべきである。そこで、以下検討する。」

【本件の実態】

 本件における実態について横浜地裁は要旨で次のように認定し、時間外労働の割増賃金及びこれに加えて同額の附加金の支払を命じました(以下要旨は判例時報より)。

 「原告Aについては、校長として校長会議及び責任職会議への出席、時間割作成、配属された職員に対する第一次的査定等を行っていたものの、校長会議及び責任職会議は、ブロック長以上の者が出席する会議等で決定された経営方針、活動計画を伝達されるだけであり、校長が被告会社代表者の決裁なしに校舎の方針を決めたり、費用を出捐したり、職員の人事を決定することはできないことから、また、原告Bについては、校長代理として責任職会議に出席していたのみであり、特別な事情がない限り校長業務を代理することはなく、直接他の職員に指示することもないことから、いずれも被告会社の経営に参画したり、労務管理に関する指揮監督権限を有していたとは認められないとした。そして、原告A、Bについては、出退勤時間が定められ、勤務記録表により出退勤を管理されていたことから、出退勤にについて自ら自由に決定し得る権限があったとはいえず、さらに、役職手当が支給されていたものの、年収が400万円台半ばまでにとどまっていることから、待遇において、時間外労働の割増賃金が支給されないことを十分に補っているとはいえない。原告A、Bはいずれも労働条件の決定その他労務管理につき、雇用主と一体的な立場にあるものとはいえず、管理監督者に該当するとは認められない」

【残業代を支払わない使用者への制裁】

 主文(判決が命じた内容)をご覧ください。被告会社は原告Aには未払残業代252万6203円(主文1項)と同額の附加金(主文2項)の支払を命じられています。原告Bについても未払残業代240万3590円(主文3項)と同額の附加金(主文4項)の支払を命じられています。つまり残業代を支払わない制裁として倍額の支払を命じられています。
 未払による遅延損害金も主文1項・3項によると14.6%とたいへん厳しいものです。労働者がからだをすり減らして残業をしていることを思うと制裁としてはまだ軽すぎる位でしょう。正社員48名しかいないのに38名を名ばかり管理職にして残業代を支払わない企業は故意犯であり厳しい刑事罰をもってのぞんでもおかしくないと思われます。労働基準法119条1号は割増賃金を支払わない者に対して6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処すると定めています。

【今後の判例紹介について】

 判例が法律雑誌に掲載されるのは半年ぐらいあとですので判決直後のマスコミの報道からすると鮮度は高くありませんが、法律雑誌に掲載されたものを今後もご紹介していきたいと思います。専門的で興味がない方もおられると思いますが、がまんをしておつきあいいただければうれしいです。

 

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2009年3月30日 (月)

鉄建公団訴訟高裁判決 組合差別を認定

【一審判決とほぼ同じ】

 3月25日鉄建公団訴訟の控訴審判決がありました。鉄建公団訴訟の控訴審の審理については2008年2月18日付ブログで「高裁、中曽根元総理の労組壊滅政策にメス」という記事で紹介しました。中曽根元総理の考えに忠実に国鉄当局は徹底した組合差別(不当労働行為)を行いましたが、東京高裁第17民事部(裁判長南敏文)はこれにメスを入れるべく、当時の国鉄における労働組合対策の指揮官葛西敬之氏(現JR東海会長)と国労副委員長の嶋田俊男氏の証人尋問を行いました。南裁判長は電通事件(若い電通社員が長時間勤務でうつ病になり自殺した事件)で電通の責任を全面的に認めた裁判官です。原告団も私たち弁護団も今回の判決に期待していました。不当労働行為(組合差別)はきめ細かく認定してくれましたが、結論としては残念ながら控訴審判決は2005年9月15日に言渡された一審判決(東京地裁民事36部)と同様の内容でした。私たちが訴えていた解雇無効は一審判決同様認めず、JRに採用されるとの期待権が侵害されたとして500万円の慰謝料と弁護士費用50万円のみを認めました。一部の原告については請求が全部又は一部棄却されました。弁護士費用は控訴審になって追加請求したため全体として4億1000万円増え一審判決によって回収した25億円余りとあわせ29億円余りが原告団に入金したことになります。
 なお、20年余りにわたり国労側のエース証人であった嶋田敏男さんがつい先日亡くなりました。私は証人尋問を担当し、嶋田さんのお住まいの敦賀市に3度打ち合わせに行きましたが論理的ですばらしい人を失い、さびしい限りです。

【中西判決】

 ところで東京地裁民事19部(裁判長中西茂)は2008年3月13日原告らの請求権は21年の時間の経過のうちに消滅時効が完成し消滅したとして原告の請求をすべて棄却するという判決(以下「中西判決」という)を言渡しました。これについては2008年3月16日付ブログ記事「JRにも旧国鉄にも労働者敗訴の裁判」で触れました。中西判決の後の高裁判決であっただけに原告団の中には「最悪の事態は避けることができた」とほっとした面もありました。東京高裁の南裁判長は最後に「判決を機に1047名問題が早期に解決できることを望みます」と付言しました。
 22年に及んで排除され続けた国鉄労働者と家族の辛苦は大変なものです。解雇無効を認めず500万円の慰謝料のみを認めるというのは被告に甘い判決です。組合差別はとりもなおさず憲法28条違反であり、そのことに踏み込まず、解雇の有効を認めた一連の判決(今回の判決を含む)は原告弁護団としては不当な判決と言わざるを得ません。

【次は最高裁】

 次は最高裁です。2003年12月22日JRの責任を否定した最高裁は旧国鉄とこれを承継した清算事業団(現在は本件被告の独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備機構)の責任について次のように明確に述べています。

 「承継法人の職員に採用されず国鉄の職員から事業団の職員の地位に移行した者は、承継法人の職員に採用された者と比較して不利益な立場に置かれることは明らかである。そうすると、仮に国鉄が採用候補者の選定及び採用候補者名簿の作成に当たり組合差別をした場合には、国鉄は、その職員に対し、労働組合法7条1号が禁止する労働組合の組合員であることのゆえをもって不利益な取扱いをしたことになるというべきであり、国鉄、次いで事業団は、その雇用主として同条にいう『使用者』としての責任を免れないものというべきである。」

原告らは今度こそ最高裁に旧国鉄の憲法28条違反行為について正面から向き合うよう求め、旧国鉄の現在の承継人独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備機構に「使用者」としての全責任を負わせる判決を求めていきます。

【マスコミ報道】

マスコミの論調は総じて組合差別を受けた国労組合員に同情的でした。

<3月25日朝日新聞夕刊>

 JR不採用訴訟 二審も組合差別認定 “解雇は有効”一部慰謝料を増額

<3月25日日経新聞夕刊>

 JR不採用訴訟 二審も組合差別認める 地位確認は退ける 慰謝料を増額

<3月25日NHK>

 正午のニュースで同様の内容で報道されました。

<3月26日朝日新聞>

 JR不採用訴訟 国労組合員解雇19年続く闘い 老後見通せぬ暮らし 

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2008年9月20日 (土)

自閉症児転落事件判決 社会保障雑誌に掲載

【賃金と社会保障】

 Chingintohosyou_3 「賃金と社会保障」は社会保障に関する歴史ある雑誌で、社会保障を研究する研究者、弁護士、労働組合等を主な読者としています。
月2回発行で9月下旬号に私が原告代理人として携わった自閉症児A君の転落負傷事件の判決が全文掲載されました(同号32~67頁)。
 判決直後ある校長会から、教育のあり方を反省するために判決文が欲しいとの要請があるなど、教育界でも関心をもってこの判決を見ています。
 判決紹介記事上ではブログ上のA君がX1、父AがX2、母CがX3、担任DがY1、校長EがY2、小金井市がY3と表示されています。

【判決の評価】

 判決の評価については、私のコメント記事が23~29頁と編集者のコメントが30~31頁に記載されています。
 判決についての私の全体評価は25~29頁です。この部分を以下引用します。
 なお、判決全文が欲しい方は私の方にお申し出ください。

<第四.判決の評価>
 1.自閉症の障害特性及びX1の障害特性に基づく判断
 (1) 自閉症児の障害特性を踏まえ、学校教育現場における自閉症児童の指導について留意すべき点を明らかにした上、X1の障害特性とY1の経験、認識をもとに、Y1の注意義務違反、予見可能性について明確に認定した。
 (2) 自閉症児童の障害特性に具体的に踏み込み、それらをもとに注意義務を具体的に指摘し、予見可能性を明確に判断した判決として、本件は特筆すべきものがある。
 
 2.高度の注意義務
 知的障害を有する児童の安全を確保すべき注意義務について安全配慮義務と学校建物の設置、管理による安全性の確保の双方の面から一般の児童以上に高度の義務を求めた点も本判決の評価すべき点である。
 
 3.Y1の虚偽説明について
 Y1の虚偽説明に関する判決の判示部分は教師としてのY1の立場を擁護しすぎており、相当性を欠く。ガシャンと音がしたのに聞こえなかったとか、一輪車が倒れていたのに見ていなかったとか、ということは時にあり得ることである。ところが、本件では、Y1は「ガシャンと音がした。」「一輪車や一輪車用スタンドが倒れていた」という積極的事実を説明し、かつ一輪車と一輪車用スタンドを自ら倒し、上履きを倉庫3内に持ち帰っている。Y1が地面から拾ってきたX1の上履きが倉庫3にあることについて、警察の実況見分の際もY1は「記憶にない」としらを切っている。記憶が「ない」ことが突如よみがえることはきわめて不自然である。当初の説明は自己の責任免れのためY1が作出した虚偽であると見るのが素直な見方であり、この点については判決はY1を擁護しすぎと思われる。
 
 4.損害額について
 地上5.21mのところからの落下であり、X1は死に至る危険もあった。幸いにも顎や歯の部分の負傷のみで頭部等への影響は今のところみられていない。
 実費以外に裁判所が認めたのは慰謝料300万円であり、原告弁護団の中では認容額はまずまずとの意見もあるが、X1の負傷の内容、将来に影響を与える可能性、Y1の虚偽説明によってX2、X3が翻弄され、今なおX1の将来についての不安を抱いていることを考えると、私としてはもう少し認容額が高くてもよかったのではないかという思いがある。
 
 5.本判決は確定
 上記3、4のような不満はあるが、弁護団とX2、X3が協議の結果、以下の事由から控訴しないことを決め、小金井市も控訴しなかったため、本判決は確定した。
 ①X1とX2が訴訟を提起した第1の目的は、事実関係を曖昧にしようとす
る被告らの対応に対し、X1の将来のために法的判断により事実関係を明確にする必要を感じたが、その点は明確になった。
 ② 検察庁が疑問をもったY1の予見可能性について明確に肯定した。
 ③ 本判決のもつ上記1、2の積極的判示部分は自閉症児の教育にあたり、学校関係者に対して警鐘を鳴らすものであり、自閉症児の安全を守る上で判例史上意義あるものと評価できる。」

       「賃金と社会保障」1474号 
      :〔自閉症児の転落事故について、
          市の安全配慮義務違反と国家賠償責任を認めた判決〕より

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