法律

2013年10月 1日 (火)

遺言書作成のお勧め。特に子のないご夫婦

【子どもがいる夫婦の相続関係】

1. 子どもが2人いるときの夫死亡時の夫の財産の法定相続分は次のとおりです。
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 妻が先に死亡したときも同じです。
 妻の法定相続分は常に2分の1で、子どもの人数が増えても減っても変わりがありません。
 子どもは全員で2分の1です。
 この場合は自分の子どもとの関係ですから、遺言書を作成しなくともトラブルはないかもしれません。

2. 子どもが先妻との子どもの場合も法定相続分は同じです。 
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 この時は、先妻の子どもと争いになることがありますので予め遺言書を作成してもらうことを考えてよいかもしれません。たとえば住居だけはもらえるように作成してもらうとか・・・。

【遺留分減殺請求(いりゅうぶんげんさいせいきゅう)のこと】

(1) 夫が財産を第三者の女性(愛人)に全部遺贈する(死亡の時に贈与する)という内容の遺言を残していたとするとどうでしょうか。その場合でも妻や子は法定相続分の2分の1までは取り戻すことができます。2分の1のことを遺留分と言い、遺言のことを知って1年以内に届くように内容証明郵便で遺留分減殺請求を行うと取り戻すことができます。知って1年がたつと時効で請求できなくなります。

(2) 遺留分減殺請求は第三者に遺贈する場合だけでなく、特定の相続人に相続させたため、ご自分の取り分が法定相続分の2分の1未満となるときは2分の1まで取り戻すため請求できます。

(3) ご自分に不利な遺言書が見つかったときは、弁護士などの専門家にご相談することをお勧めします。

【子どものいない夫婦の相続関係】

3. 夫に子どもはいるけれど先妻の子 
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 この時は、先妻の子との係争が 2 の時以上に予想されます。

4. 夫にも妻にも子どもがいない。夫に兄妹がいる
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 このケースのご相談を受けることが最近は非常に多くなりました。
 子どものいないご夫婦は意外と多いのです。夫婦が力をあわせて購入した自宅(土地、建物)があるとします。これが夫名義であったとしても日本人の多くは、それは当然残った配偶者(この場合は妻)のものと思っています。ところが法律はそんなに配偶者を保護していません。妻がもらえるのは夫の財産の4分の3だけで、4分の1は夫の兄妹の側の権利です。夫の親が生存しているときは妻が3分の2で親が3分の1です。「そんな非情な!」と思っても法律がそのように決めているのですから仕方がありません。最近このようなご相談が増えています。このような場合、銀座通り法律事務所ではご本人(妻)と一緒に兄妹の方々にお願いをして最終的には了解していただいていますが、頭を下げお願いしなければなりません。その場合でも多少のお礼と費用がかかります。遺言書さえあれば頭を下げる必要もなく、費用もかかりません。

【ご自分が亡くなったあとの妻のことを心配するなら必ず遺言書を作ってあげて下さい】

 遺言書の作成は、公証役場に行かなくとも自筆でもかまいません。
①自筆で遺言書と書いて本文も全文自筆で書き、②書いた日付、③名前、④押印(認印でもかまいません)がそろっていれば十分です。
 一番簡単な遺言書は次のとおりです。

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(1) 封筒に入れる、入れないは自由です。封筒に入れるときも、封をしてもしなくてもかまいません。

(2) ボールペンで書いてもかまいません。鉛筆のような消せるものは避けて下さい。

(3) 書きまちがった時は全文あらためて書きなおして下さい。訂正文のやり方もありますが、面倒な決まりがありますので書きなおした方が無難です。

(4) この遺言書を妻に預けておけば、妻がこの遺言書を夫が亡くなったとき家庭裁判所に持っていき、遺言書検認の申立をすれば遺言書は有効に使えます。土地、建物の相続登記もできます。

(5) 遺言書を作成するにあたっては弁護士等専門家の相談を受けることをお勧めします。弁護士等からは長年の経験からご本人では気づかないアドバイスを得られることがあります。

(6) 折角遺言書を作るのですから、遺言書が争いや恨みの種にならないよう工夫した方が賢明です。

(7) 銀座通り法律事務所では、子のないごには夫にも妻にも遺言書の作成をお勧めしています。

【公正証書遺言】

 以上は自筆証書遺言ですが、公正証書遺言については 2010年4月16日付ブログ「病室での緊急な遺言書作成と弁護士の役割」 でご説明しました。

【遺言書作成費用】

 弁護士の相談料は30分5000円です。公正証書遺言作成の弁護士費用は30万~50万円(消費税別)です。公証人手数料は財産の多さによりますが通例8~10万円程度です。

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2013年8月 5日 (月)

お墓の権利 散骨や夫と別の墓に埋葬は可?

【お墓をめぐるトラブル】

 銀座通り法律事務所にお墓の権利をめぐる争いが時々相談としてもちこまれます。家庭裁判所で審判事件として争われる案件もあります。それだけ社会全体が豊かになったことの反映であるとも言えます。食うや食わずの時はお墓はどちらかというと負の財産で、墓の手入れをしたり祭祀を司ることは敬遠されていて、戦前の民法(旧民法)の時代の慣習に則り、戦後であれ家督相続人となった本家の長男が不承不承執り行っていました。
 相談の中には、「私は死んでまで夫と一緒の墓に入りたくない」、「実家で実父母と同じ墓に入れてほしい」という方も少なくありません。

【民法の規定】

 民法は相続の効力「総則」として次のとおり規定しています。

(相続の一般的効力)
第896条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。

(祭祀に関する権利の承継)
第897条 ① 系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。
 ② 前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める。

(共同相続の効力)
第898条 相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。

第899条 各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。

 相続財産は相続人が共同相続します。相続人は、夫が死亡したときは妻と子です。民法899条で、系譜、祭具及び墳墓の所有権は、一般の相続財産から分離して、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継するとしています。戦前の旧民法の時代は家督相続人たる家長が祖先の祭祀を主宰していましたが、憲法24条2項が「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と規定しており、民法897条の慣習も旧民法時代の慣習ではなく、個人の尊厳と両性の平等を基本として定まるものとされています。慣習も戦前の家長制度による慣習ではなく、日本国憲法下での個人の尊厳と両性の平等を基本とすることを前提としていると思います。家庭裁判所の審判例でも内縁の妻が祭祀の承継者に決定された例があります。

【被相続人の指定】

 民法897条1項ただし書きで、慣習よりも被相続人の指定が優先されます。したがって妻が自分のお墓を夫もしくは夫の実家のお墓とは別にしたいと考えているのであれば、妻の祭祀の承継者を指定し、指定を受けたものが妻の遺志にもとづき夫とは別の墓に埋葬することは可能です。妻の意思は遺言によって明確にすることもできます。実家の墓は実家の墓を主宰している人(兄、弟など)が居ますから、その了承が必要だとは思いますが・・・。

【散骨(自然葬)について】

 海や山に焼骨(遺灰)を撒く、いわゆる「散骨」について、国は、「墓地、埋葬等に関する法律においてこれを禁止する規定はない。この問題については、国民の意識、宗教的感情の動向等を注意深く見守っていく必要がある。」との見解を示しています。
    (中 略)
 散骨は「墓地、埋葬等に関する法律」に規定されていない行為であるため、法による手続きはありませんが、念のため、地元の自治体に確認することをお勧めします。
    ( 東京都福祉保健局ホームページ より)

 これまでに散骨(自然葬)を選んだ著名人に次の人たちがいます。

沢村貞子、周恩来、鄧小平、石原裕次郎、立川談志、エドウィン・ライシャワー、マリア・カラス、フリードリヒ・エンゲルス  ( wikipedia より)

 

 

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2012年5月14日 (月)

弁護士提言2 株主総会法的瑕疵ゼロ作戦

【法的瑕疵ゼロ作戦の成功はそんなに難しくない】

 法的瑕疵ゼロ作戦というと大変ハードな作戦(目標)のように聞こえますが、実際はごくやさしい作戦(目標)です。その理由は“法的”な瑕疵をゼロにするということについて注意を払えば良く、あらゆる不備やミスをゼロにするということではないからです。
 不特定多数の株主を相手に招集する株主総会に一定の不備やミスは時に起こります。その不備があったからと言って頭をかかえて考え込んでしまっては先に進めません。その不備が決議取消事由となるような重大な瑕疵(不備)であるかどうかで割り切ればよいのです。決議取消事由にもならない不備は余り気にする必要はありません。その意味では“法的”瑕疵とはどのような不備をいうのかをまず頭においてゼロ作戦を練った方が楽です。一人で法的不備がゼロの株主総会を準備しようとすると体がもちません。

【決議取消の訴え、決議不存在確認の訴え、決議無効確認の訴え】

 株主総会の決議に瑕疵があるときは、株主はその決議を否定することができます。会社法は決議の効力を否定するための訴えとして、①決議取消の訴え、②決議不存在確認の訴え、③決議無効確認の訴え の3つを規定しています(830条、831条、834条16号 17号)。
招集手続きが法令又は定款に違反する場合は取消事由になります。招集通知は中14日間置いて発送しなければなりません。株主総会を木曜日に開くときは遅くても2週間前の水曜日には発送しなければなりません。たった1日の不足でも決議取消事由となります。決議事項については会社法や会社法施行規則の定める内容が記載されているかどうかをチェックする必要があります。この点の参考書として前回紹介した三菱UFJ信託銀行 証券代行部編の「平成24年度株主総会実務なるほどQ&A」が便利です。また三種類の訴えについては会社法の代表的解説書 前田庸著「会社法入門」(第12版2009年)の392頁~402頁にわかりやすく説明がありますのでご覧ください。
 招集通知状は今では招集通知状を印刷する株式会社プロネクサスや宝印刷株式会社がディスクロージャー専門会社として力をつけ、法的チェックもしてくれますが、会社担当者や顧問弁護士としては、自らも法的チェックをしておかないと総会当日質問にも立往生することにもなりかねません。

【株主総会当日における取締役の説明義務違反と決議の取消】

 「株主総会、役員報酬、資料の閲覧謄写請求等をめぐる判例」については、河村 貢著「株主総会想定問答集」(別冊商事法務平成24年版)125頁~151頁に詳しく記載されていますのでご覧ください。株主総会当日において取締役の説明義務が不十分であるとして決議取消が認められた事案は役員の退職慰労金を贈呈する件ばかりで、次の2件です。

[ブリヂストン事件]
 一審 東京地判昭和63年1月28日(商事法務1135号41頁、判例時報1263号3頁)---決議取消し---会社側敗訴
 二審 東京高判昭和63年12月14日(商事法務1168号54頁、判例時報1297号126頁)---訴え却下(訴えの利益消滅)---株主敗訴
 上告審 最判平成4年10月29日(資料版商事法務104号114頁、商事法務1303号48頁、判例時報1441号137頁)---上告棄却

[南都銀行事件]
 奈良地判平成12年3月29日(資料版商事法務193号200頁)。「金額を明確に公表せよ」という株主の要求を拒絶した結果、奈良地裁は判決で取消した。会社は翌年金額を開示して再決議をし控訴審で和解で終了した。

 最近では会社役員の報酬は開示する方向にありますので、総会当日株主があくまでも納得しない場合には、退職者に贈呈する予定額を開示するように私は指導しています。決議取消訴訟で争われることによる時間と費用のロスを考えると係争はできるだけ残さない方が賢明です。

【説明義務に関する判例の考え方】

(1) 説明義務に関する判例の考え方は次の一連の電力会社決議取消請求事件の判決で示されています。
 このうち九州電力決議取消請求事件を紹介します。

  福岡地判平成3年5月14日(資料版商事法務87号69頁、判例時報1392号126頁)---会社側勝訴

(2) 九州電力決議取消請求事件
 以下は、河村 貢著「平成24年版株主総会想定問答集」の原文のまま引用させていただきます。ただしアンダーラインは説明義務の範囲に関するものとして私が加筆したものです。

(この判決は株主の入場チェック、ゼッケン着用や写真撮影の禁止、質問状や説明義務の意義、一括回答の適法性、説明義務の限界、質疑打切りの適法性、議長の裁量権、動議の提出方法、決議の成立等株主総会において起こり得るさまざまな問題につき、従前からの実務上の取扱いを是認し、適切な判断を下している判決例である)
 (判決要旨)
1 非株主が本件総会に入場しようとする相当な蓋然性があり、なおかつ、現実にも多数の非株主を含む原告らグループが一かたまりになって入場しようとした状況の下では、被告(会社)が入場資格を確認する必要は是認される。
2 その方法として、議決権行使書用紙の提示を求め、なお、その提示者と議決権行使書用紙名義人との同一性に疑義が生じたときに、提示者に氏名、住所、持株数等を質問して株主本人か否か確認したことは、相当なものといえる。
3 (会社側がゼッケンの取外しを要求したことについて)ゼッケン着用それ自体一方的で継続的な発言ととらえられかねず、また、ゼッケン着用者が集団的行動をとれば他の株主に対する示威行為にもなりかねず、議事運営に混乱を来すおそれのあることを否定することはできない。
4 ・・・・・・・かかる状況において、秩序ある株主総会の議事を運営すべき立場にある被告がバッグを一時的に預けるよう要請し、これに応じない者については、バッグの中にこれらのものが入っていないことを確認しようとすることは、不当なものとはいえない。
5 会場内において不特定の株主が不規則に写真撮影を行うことは、プライバシーの問題から株主相互の不快感や軋轢の原因となりかねず、議場の平穏を乱すおそれがあるほか、自由な質疑討論の妨げにもなりかねない。したがって、被告が会場へのカメラ持込みを禁止することとしたことは・・・・・・被告の有する議事運営権の裁量範囲内にとどまるものであって、不当なものとはいえない。
6 事前の質問状の提出のみによっては、当該事前質問状記載の質問事項につき取締役等に説明義務は生じないものといわざるを得ない。
7 仮に報告事項について取締役等の説明義務違反があっても・・・・・説明義務違反という瑕疵がない別の目的事項の決議についてまで、これを理由に決議を取り消すことはできない。
8 取締役等の説明義務は、株主総会における決議事項につき、株主が賛否を決するための合理的判断をなすために必要な資料を提供することにある・・・・合理的な平均的株主が、株主総会の目的事項を理解し決議事項について賛否を決して議決権を行使するに当たり、合理的判断をするのに必要な範囲において認められる。

9 株主総会の円滑な運営の観点から、あらかじめ質問状の提出のあったものにつき、改めて・・・・・・質問を待つことなく説明することは、総会の運営の方法の問題として会社に委ねられている・・・・・説明すべき質問事項を取捨選択し一括してする説明が、直ちに違法となるものではない。
10 議長は・・・・・・合理的な時間内に会議を終結できるよう、各株主の質問時間や質問数を制限できると解されるし、相当な時間をかけてすでに報告事項の合理的な理解のために必要な質疑応答がされたと判断したときは、次の目的事項に移行すべく質疑を打ち切ることができるものと解される。
11 議長は・・・・・株主総会のいかなる段階で株主の発言を許し、また、発言を禁止するかを決定する権限を有している。・・・・・その裁量が議長としての善良なる管理者の注意義務の範囲内にとどまる限りは、議事運営が不公平なものとなることはないと解すべきである。
12 株主が動議を提出するに当たっては、議長が明認することのできる方法により、適式に、その提出を求めなければならない。
13 会計監査人の総会出席を求める動議は・・・・・監査役の監査報告後・・・・・求めれば足りるのであって・・・・・総会の冒頭において右動議の提出を受理しなかったことをもって・・・・・不公正があったとはいえない。
14 株主総会においては、議案に対する賛成の議決権数が決議に必要な数に達したときに評決が成立するのであって、出席株主の明認し得る方法により評決がされれば、必ずしも挙手、起立、投票などの採決方法をとることまでを要しない。

【説明義務違反についての判例の考え方のまとめ】

(1) 仮に報告事項について取締役の説明義務違反が多少あっても、決議事項についてまでこれを理由に取り消すことはできない。
(2) 取締役等の説明義務は、株主総会における決議事項につき合理的な平均的株主が賛否を決するにあたり、合理的判断をするのに客観的に必要な範囲において行えば足りる。

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2012年5月 2日 (水)

弁護士提言1 株主総会は企業刷新の好機

【株主総会シーズン】

 日本の上場企業の多くは3月決算ですので、定時株主総会は6月下旬に集中しています。そのため6月は株主総会シーズンと言われます。総会日を6月28日に想定したケースの大会社の株主総会モデルはこちら(pdf)です(三菱UFJ信託銀行証券代行部編「平成24年度株主総会実務なるほどQ&A」232頁~237頁)。

 したがって、会社の経理部・法務部は3月下旬から総会に向けた準備に入っています。総会に出席する顧問弁護士に会社から相談があるのは大体4月下旬頃で、事業報告の概要と提案予定の議案の素案について相談を受けます。

【株主総会は正々堂々と王道を歩もう】

 上場企業から株主総会の運営指導の依頼を受けたときは、私は王道を極め正々堂々と正面突破をすることを基本理念として会社にアドバイスをしています。株主総会は会社をブラッシュアップ(刷新)するチャンス(好機)であり、このチャンスを大切にしてこの機会に会社の抱えている問題点を総ざらいするようアドバイスしています。
 長い間総会屋さんが企業の株主総会に顔を出していたため、総会屋対策イコール株主総会対策というイメージがありました。しかし今は株主総会に出席する株主はほとんど一般株主です。一般株主からの質問は招集通知をもとにしたやさしい質問がほとんどです。大きな社会問題を起こした企業は質問も多く内容も厳しいですが、それでもほとんどが最後は会社提案が通って終わっています。2011年の6月総会は2,000社近く開催されていますが、否決されたのは1社の1議案のみです。
 企業の経営権をめぐって役員側と大株主の側で熾烈な委任状合戦が行われている例外的な場合を除き、ほとんどの場合会社提案が通っています。どうせ勝つならこそこそした勝ち方をせず、会社についての株主の批判を真正面から受け止め正々堂々と王道を歩むべきだというのが私が常に基本と考えている点です。

【総会準備こそ自社をブラッシュアップ(刷新)するチャンス(好機)に生かそう!】

 株主総会当日の株主(一般株主)の質問はやさしい軟球がほとんどです。社長(議長)や他の役員にとりこれを打ち返すのはそんなに難しいことではありません。
 私は当日もさることながら、リハーサルを含む総会当日までの準備を重視しています。
 リハーサルにおける社長(議長)や取締役への質問は私は剛速球を役員がのけぞるような胸元すれすれのところに投げるように心がけています。会社側が作成した想定質問を参考にしますが、それにこだわらず独自に想定した質問を作成します。そのための基礎資料は過去3年間の決算の内容、3年分の招集通知書、この1年間の4半期決算報告と決算短信、競業他社との業績比較、経済界の動きなどです。これをもとに中長期計画と現状を分析し、目標としたものと結果を比較します。過去に発生した不適切な会計処理や違法行為や行政指導の内容と現在の状況も再点検します。
 そのうえでリハーサルではまずその会社の最高意思決定者(多くは議長である社長)に剛連球を胸元すれすれに投げます。弁護士からの剛連球を受けた後ですから、総会当日に一般株主の軟球を打ち返すのはたやすいことです。ただしリハーサルで役員を追いつめ、困惑させることが私の本来の目的ではありませんので、質問事項は事前に役員に送ってその回答の準備をお願いしています。それでも各役員の方々は胸元すれすれの剛連球から身をよけるのに苦戦しています。

【公正な企業ほど伸びる】

 不公正がまかり通る企業はいずれボロが出て衰退の道を歩むことになります。株主総会を企業が抱えている問題点を洗いなおす絶好のチャンスととらえて役員も株主も従業員も臨むべきであると思います。チャンスを活かすためには総会当日よりも準備段階こそ大切です。公正な企業ほど伸びるということは、成熟社会では当然のことです。企業コンプライアンスについて、私は当初どうせ上辺だけで終わると軽く見ていましたが、どうしてどうして企業コンプライアンスは企業経営の最優先事項となりつつあります。他国と比べて社長も一般社員も身分格差も経済格差も少ない日本社会の企業ならではこそと思います。なお株主総会の準備の仕方についての私の提言を6月下旬までに何回かに分けて掲載させていただきます。

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2010年6月19日 (土)

株主総会の想定質問と弁護士の役割

【株主総会準備・運営と弁護士の役割その3】

【18日(金曜日)から定時株主総会が始まった】

 私の事務所(銀座通り法律事務所)がアドバイザーとして関わっている上場企業の株主総会が18日(金)から始まりました。18日(金)は6月総会としては早い方で、多くは23日(水)から26日(金)に開催されます。株主総会が同じ日に集中することについて、かつては特殊株主排除対策という面がありましたが、一般株主主体の株主総会となった今では、開催日の分散化の傾向があります。しかしながら、当該事業年度決算後株主総会招集通知を発送するまでに、取締役会は計算書類、事業報告書とその各附属明細書を作成し、作成後会計監査人と監査役に提出しなければならず、それに関し会計監査人から会計監査報告書、監査役会から監査報告書を受領しなければならず、その上で取締役会で招集通知を決めます。そのため招集通知の発送日は6月上旬となり、発送日から開催日まで中14日を空ける必要があるため、どうしても6月下旬に集中してしまいます。集中する結果、一人の弁護士が直接関わることができる会社は数社が限界です。

【招集通知のWEB修正】

 株主総会の決議に瑕疵(かし)があるとして、取消し事由に該当するものの多くは、招集通知書並びに添付書類に記載漏れがあったり誤記があった場合です。
 招集通知発送後に記載ミスを発見した場合、以前は訂正状を送付するなどして修正する実務が行われてきました。この方法とは別に、会社法は、インターネットを利用して合理的に修正する方法を認めており、これを一般的にはWEB修正といいます(会社法施行規則65条3項、133条6項、会社法会計規則133条7項、134条7項)。平成21年6月総会の会社のうち9割以上がこのWEB修正を採用しています。WEB修正を採用するためには、修正方法(掲載アドレスを含む)を招集通知とあわせて株主に通知することが必要です。多くの会社は招集通知の末尾に次のように記載しています。「招集通知添付書類ならびに株主総会参考書類の記載事項を修正する必要が生じた場合は、修正後の事項をインターネット上の当社ウェブサイト(http://www.○○○.co.jp/)に記載いたしますのでご了承ください。」
WEB修正はすべてに対応できるわけではなく、計算書類、株主総会参考書類、事業報告が対象となります。狭義の招集通知、監査報告は対象外です。

【想定質問の作成】

<役員が回答しにくい質問をつくる>

 銀座通り法律事務所は株主総会の準備の中でも想定質問の作成に力を入れています。どの会社でも社員が想定質問を準備しています。法務部が各担当部の協力を得て作成する傾向にあります。ただ、社員作成の想定質問はQ(質問)よりもA(回答)に力を入れています。質問を受けたときに議長(社長)その他の取締役や監査役にこう聞かれたらこう答えるといいですよという模範回答を示すことが彼らの役目だからです。事務所では社員作成の想定質問集を参考にしながら、社長以下役員が回答しにくい質問をつくります。それは回答しにくい質問と答えの中にその会社の抱えている問題点が浮きぼりにされるからです。

<質問作成にあたって検討する資料>

 事務所では当該会社が克服すべき課題は何かということを常に頭において定時株主総会に臨みます。事務所が独自の想定質問書を作成するにあたり次の資料を検討します。①定款 ②過去5年間の招集通知書 ③毎年5月中旬に発表される過去5年間の決算短信 ④この1年間の四半期ごとの決算短信 ⑤会社案内 ⑥製品カタログ ⑦ホームページ ⑧社内報 ⑨会社の理念・行動倫理規定 ⑩証券会社作成のアナリスト向け企業分析 ⑪想定質問集作成者からのヒヤリング ⑫営業担当社員からのヒヤリング

<質問をストレートにぶつける>

 顧問弁護士はどの株主よりもたくさんの情報を入手できる立場にあります。事務所ではこれらの情報をもとに顧問会社が克服すべき課題を考え、これをストレートに社長にぶつけるように心がけています。顧問弁護士と社長とが会社の克服すべき問題点について率直な対話ができる場として定時株主総会を準備する課程がベストな機会だと思います。社長は株主からの質問にどう対応するかということを意識していますので、会社の抱えている問題点についてどう答えればよいか真剣に考えます。ストレートな質問は社長を含む取締役が会社のあり方について考えるベストな機会であり、事務所ではそのための題材を提供するよう努めています。弁護士という立場からは法務チェックでよいのかもしれませんが、事務所は経営そのものに踏み込んだ突っ込んだ質問をします。これができるのは定時株主総会を準備する機会しかないと思いますし、また歯に衣着せぬ質問をすることが会社のためになるし、コーポレートガバナンスの視点からそれができるのは弁護士しかないと思います。事務所は社長がいやがるような聞きにくい質問を平気でストレートにぶつけますが、そのために顧問契約を解除されたことはありません。むしろ歯に衣着せぬ質問の方が喜ばれます。基本は会社のためを思っての質問であり、会社にプラスになることは社長以下の役員にも社員にもプラスになるということです。

【リハーサル】

 多くの会社が前日にリハーサルを行っています。事務所が独自に作成した想定質問の中の何点かをリハーサルの時に直接質問します。実際に質問し回答してもらった方が想定質問の意味をより理解してもらえます。それに翌日の本番でスムースな回答をするためにも顧問弁護士からの剛速球を打ち返す練習をしておいた方が良いことは確かです。一般株主主体の株主総会となった今では、招集通知を見た上での素直な質問しか飛んできません。剛速球に慣れておくと軟球を打ち返すことは簡単なことです。

【株主総会当日】

 ほとんどの会社では事前に送られてきた議決権行使書で会社提案の議案の可決要件をすでにみたしています。その場合に事務所の方針として社長に「株主との対話を楽しんで下さい」とアドバイスすることにしています。冒頭で質問したい人に手を挙げてもらって、手を挙げた株主がまんべんなく質問できる機会を与えるよう助言します。株主総会の平均所要時間は54分という結果が出ています。質疑に30分かければ十分と思いますが、長くても60分くらいで終わらせるように努めるべきと思います。それでも開会から閉会まで1時間半くらいかかります。法的に瑕疵(かし)のない決議をすることが大切であって、長時間にわたり質問を受け続けることは必ずしも株主の総意にそうものではないことを議長である社長は念頭におくべきものと思います。

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2010年6月14日 (月)

一般株主主体の株主総会と弁護士の役割

【株主総会準備・運営と弁護士の役割その2】

【最近の6月定時総会の状況】

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 リタイヤ層や主婦等を中心に総会への関心は高まっており、出席株主数は増加傾向にあります。また、発言あり社数も年々増加傾向にあり、いまや発言のない会社が少数派となっているという状況です。
   (中略)
 株主の発言の内容は、例年同様、「経営政策」、「配当政策・株主還元」、「財務状況」、「株価動向」といったテーマが多くなっています。(三菱UFJ信託銀行証券代行部編「新株主総会実務平成22年版」2~3頁より)

 リタイヤ層や主婦というごく普通の市民の質問・発言なので、その内容もごく普通のもので、かつてのプロ株主のようにクセ玉が飛んでくることはありません。質問内容はその年の招集通知書に記載されたものや株価が中心で、回答する側の取締役としては、真面目に経営をしているかぎり臆するものは何もなく、率直に述べれば良いことです。マスコミをにぎわす企業買収がらみの株主総会はごくまれなことで、どの定期総会においても会社(取締役会)の提案した議案が可決されています。

【株主総会の決議取消の訴え】

<会社法の規定>

 株主総会の決議が法令・定款に違反していると瑕疵(かし)ある決議として裁判所が取消す危険があります。
 会社法は、株主総会の議決取消しの訴えについて次のとおり規定しています(831条1項)。

(株主総会等の決議の取消しの訴え)
〔831条1項〕
 次の各号に掲げる場合には、株主は、株主総会の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる。
①  株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき。
②  株主総会等の決議の内容が定款に違反するとき。
③  株主総会等の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたとき。

<招集通知書>

 ①が手続上の瑕疵(かし)、②が内容上の瑕疵を事由とする株主総会決議の取消し請求です。手続上でまちがいを起こしやすいのは招集通知書の発送日です。会社法は「株主総会を招集するには、取締役は株主総会の日の2週間(公開会社でない株式会社にあっては1週間)前までに、株主に対してその通知を発しなければならない」と規定しています(299条1項)。この2週間というのは発送日と株主総会の当日との間に中2週間(14日間)を置くことを求めています。したがって、例えば定時株主総会の日が6月24日の木曜日とすると、発送は遅くとも2週間前の水曜日の9日には発送しなければなりません。2週間前の木曜日では1日足りません。法が2週間と定めたのは、株主が賛否を決める上で最低2週間の検討期間が必要と定めたもので、これを1日欠けても決議は消されます。招集通知が一部の人に届いていない場合も同様に取消されてしまいます。したがって招集通知書の事前チェックはきわめて重要で、私は表紙1枚目、決議議案、株主総会参考書類、議決権行使書につき法令や定款に違反していないか事前チェックをします。招集通知書の原稿は5月下旬から顧問会社よりメールで送られてきます。ただ、多くの弁護士は訴訟案件の仕事の合間をぬってチェックしますので、弁護士チェックは万全なものではないのが実情です。幸いにも今では招集通知書を印刷する会社が、印刷会社という面だけでなく、企業のディスクロージャの仕方について情報豊富な経験からプロとして、招集通知書の内容について事前に法務チェックをしています。また株主名簿管理人である担当信託会社もたくさんの会社に関する豊富な経験の中で、事前チェックをしています。したがって弁護士としては招集通知書の事前チェックについて役割分担を明確にしておくことが大切だといえます。

<取締役・監査役の説明義務>

 会社法は「取締役、会計参与、監査役及び執行役は、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、当該事項について必要な説明をしなければならない」と定めています(314条1項)。この説明義務が不十分であれば、決議が取消されることがあります。これまでに説明不十分で取消されたのは、役員に対する退職慰労金贈呈議案で、株主に十分な説明をせず、会社の内規にしたがって、取締役会決議並びに監査役の協議に一任するという決議を行ったブリヂストン事件(東京地判昭和63年1月28日)と南都銀行事件(奈良地判平成12年3月29日)です。最近は役員報酬や退職慰労金も可能なかぎり開示する傾向になっており、少なくとも退職する取締役全員並びに監査役全員のおおよその総額がわかるように説明をした方が無難であり、私はそのようにアドバイスしています。説明義務の範囲は、平均的な株主が議案の賛否を判断するために必要な情報を提供することに尽きており、そんなにむつかしいことではありません。

<取消し請求は3カ月以内の訴えをもってする必要がある>

 株主が株主総会の決議取消しを請求するためには、決議の日から3カ月以内に訴え(裁判)を起こす必要があります。招集通知の発送日が1日遅れていても3カ月以内の訴え提起がなければ有効なものとして確定します。プロ株主が姿を消し、一般株主主体の時代になって、費用をかけてまで裁判を起こす株主は社会参加型の株主総会(○○電力決議取消請求事件など)を除いてほとんどないと言えます。決議を取消されたブリヂストン事件及び南都銀行事件は、会社側は翌年の株主総会で全額を提示して再決議をしており、その結果控訴審ではブリヂストン事件では会社側の敗訴部分を取消し、株主の請求を却下しました。南都銀行事件は和解で終了しています。このような事後対策もありますが、会社側からアドバイスを求められた弁護士の立場としては、事後対策の必要がない、法的瑕疵の全くない株主総会として完結するよう、事前に準備・運営の進行状況全般の注視を怠らず、間髪を入れない迅速で明快な助言・指導に努めるべきです。そのために会社は株主プロ(特殊株主)ではなく法律プロ(弁護士)に依頼しているのであり、法律プロとして依頼企業の信頼に応える必要があります。

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2010年6月 1日 (火)

株主総会準備・運営と弁護士の役割その1

【定時株主総会ラッシュ】

 日本の会社は国の会計年度にあわせて決算日を3月31日とする会社が圧倒的に多くなっています。上場企業の定時株主総会は決算日から3カ月以内に開かなければならず、そのため6月下旬は定時株主総会のラッシュです。各企業は5月中旬に決算短信を発表し、平成22年3月期の決算を明らかにします。6月1日の段階では定時株主総会の招集通知の最終稿が確定し印刷の段階に入っているのが通常です。

【総会屋】

 総会屋(そうかいや) とは正規の職業ではなく、株式会社の株式を若干数保有し株主としての権利行使を濫用することで会社等から不当に金品を収受、又は要求する者を指す。別名として「特殊株主」「プロ株主」等があり、英語では違法事業者を指すracketeerと訳されることが多い。

株主総会の活性化を阻害する「資本主義の暗部」の存在だが、1981年(昭和56年)、1997年(平成9年)の2度の商法改正により、その活動が従来より著しく制約された現在、警察庁がその活動を確認できるのは400人弱とされる。(Wikipediaより)

 私がはじめて総会屋を直接知ったのは、総会屋の推定人数が8000人を超えていた1970年代終わりの頃で、総会屋全盛時代の時です。東京証券取引所第一部上場のある会社の株主総会でした。何人かの野党総会屋が会社に対し厳しい質問をぶつけ、初体験の私はどうなることかとはらはらと聞いていました。しかし最後に与党総会屋が会社の業績をほめたたえる発言をして採決に入っていました。与党総会屋の閉めの発言の時、議長である社長が無反応な表情で空(くう)を見つめて聞き流し発言が終わるのを待っていた姿が印象的でした。

【1981年の商法改正により 株主の権利行使に関する利益供与の罪が新設された】

 1981年に商法が改正され、「会社ハ何人ニ対シテモ株主権ノ行使ニ関シ財産上ノ利益ヲ供与スルコトヲ得ズ」という規定が新設され、かつこれに違反した場合には、利益を供与した取締役や従業員も利益を得た株主も懲役又は罰金の刑事罰を受けることになりました。この改正後、多くの企業は総会屋からの金品の要求を拒否し、株主総会に臨みました。商法改正後の株主総会で一つ一つの質問にていねいに答えるように努めた企業が少なくなく、これに対し総会屋は質問攻めの姿勢をとり、そのため長時間総会となりました。その典型が1984年1月30日のソニーの株主総会で12時間半という記録を作った「マラソン総会」となり「総会屋死なず」という衝撃を企業関係者に与えました。

【総会屋と弁護士】

 1981年の商法改正前は多くの企業が総会屋を必要悪と割り切り、総会屋とつかず離れずの関係を続けていました。当該企業が困った問題を抱えているときに弁護士が立会いを求められることがありましたが、株主総会において弁護士が主導的な役割をはたすことは希でした。1981年の商法改正後は総会屋に金品を渡すと罪になるし、片や金品を渡さないと長時間総会の洗礼を受けることになり、社長以下経営陣が頭を悩ますようになりました。このような状況の中で、総会屋に金品を渡すことなく、総会屋の執拗な発言を合法的に制限するためのアドバイザーとして弁護士が注目され、弁護士が主導的な役割をはたすようになりました。商法改正後の十数年は総会屋(プロ株主)対策が中心であり、弁護士のアドバイスを得て、会社主導の強行採決路線が定着しました。これを機に弁護士が議長である社長に直接アドバイスする関係が成立し、企業における弁護士の地位が向上しました。それまでは大きな企業では弁護士が企業のトップと話をすることはほとんどありませんでした。弁護士が打ちあわせをする相手は総務課長どまりで、総務部長と打ちあわせをすることも希でした。企業において弁護士の地位が向上したのは、ほかならぬ総会屋のおかげかもしれません。

【一般株主の発言の増加】

 警察・検察による厳罰主義が功を奏し、最近では総会屋(プロ株主)の発言はほとんど見られなくなりました。かわって普通の一般株主の質問が増えてきました。これら株主の質問はごくごく普通の質問が多く、企業も強行採決方式での株主総会運営を改め、ていねいに質問に答えるように努めています。
 株主総会の準備・運営において弁護士に与えられた役割は、会社が株主総会を法令にそって正しく準備し、株主総会当日においても法令にそって正しく運営し、決議することをサポートする点にあります。株主総会は6月下旬に集中しますので関わる弁護士も多数となります。一人の弁護士が株主総会に出席して直接指導できるのは数社が限界で、言いかえれば関与弁護士が分散化し、多数の弁護士と上場企業経営陣との間にそれぞれのやり方で信頼関係が醸成されています。これは弁護士に与えられた願ってもないチャンスです。チャンスというのは単に企業から総会指導料を受け取るというビジネス的な意味だけではありません。それよりも定時株主総会という企業にとって一年で最も重要な場で、企業トップと意見交換をすることにより、法律の世界にとじこもりがちな弁護士が経済界の空気に直に触れる数少ない貴重な時間をもてることの意味が大きいと思います。弁護士としてはその株主総会が将来決議取消事由とならないよう法的に瑕疵(キズ)のない株主総会として完結させることに意を尽くすことになります。

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2010年5月11日 (火)

離婚事件と夫の給与・賞与の仮差押・差押

【離婚事件と家庭裁判所】

 離婚や遺産分割に関する事件を家事事件と言い、主に家庭裁判所が調停・審判・裁判という形で関わります。一般の民事紛争は地方裁判所(ただし140万円以下の少額の事件や調停は簡易裁判所)が扱います。地方裁判所の中心は訴訟手続きで、原告と被告という敵対関係のもとで緊迫した法的手続きが進められます。それに比べると家事事件は調停重視で、離婚でも遺産分割でもベテランの男女の調停委員が、片方から約30分間ずつじっくりと話を聞き、解決策をさぐり双方に提案をしてくれます。一般民事事件の緊迫した手続きと比べるとおだやかな手続きの中で進めるべく工夫されています。

【離婚事件と弁護士の役割】

 数千億円や数兆円規模の企業再生事件やM&A事件はスケールとして大きく、時に弁護士が中心となり世間から花形の事件と写ることがあります。それから比べると離婚事件はマイナーな事件と見られがちです。そのうえ正常な夫婦関係を正の関係とすると、離婚は負の関係と言えるかもしれません。しかし正の局面よりも負の局面においてこそ弁護士が必要なのであって、負の局面にどう向き合うかでその後の依頼者の人生が大きく違ってきます。依頼者は人生の大きな岐路に立っており、この岐路においてどのような選択をするかを弁護士がサポートすることは、大規模なM&Aや企業再生事件にもまさるとも劣らない重要な仕事だと私は思っています。

【離婚事件と夫の財産の差押・仮差押】

 論理的には差押には妻による夫の財産の差押だけでなく、夫による妻の財産の差押ということもありえます。しかし、わが国ではこれまで、夫を中心に財産形成がされてきたので夫の側に財産や収入が片寄っている場合がほとんどです。それを反映してか、私がこれまで手掛けた差押・仮差押事件は女性から依頼を受けた事件ばかりです。家事事件は家庭裁判所を中心にできるだけおだやかな手続で進められると言いましたが、依頼された弁護士もおだやかな目線で相手方に対応するか否かは事件次第です。
 夫が妻子を置いて出て行って給料も入れない事件で、私は2件について夫の給与と賞与(ボーナス)を仮差押しました。差押は調停が成立したのに約束どおりに支払わない場合や裁判で支払が命じられたのに支払わない場合に、相手の財産を換価して支払に充てる手続です。仮差押は調停も成立しない前の文字通り仮の差押です。私は2件について依頼を受けて調停申し立てをする前に、まず夫の給与の仮差押を申立て、裁判所から命令をもらいました。給与の差押は給与の4分の1しか押さえられませんが、夫がその会社で働くかぎり確実に4分の1ずつたまっていきます。
 この2つの仮差押はその後全く違った展開となりました。1件は仮差押後も妻子をかえりみず調停にも応じず、訴訟にまでなりました。幸いに勤務先がしっかりとしていて給与もそこそこでしたから、2年6カ月の間調停や裁判をしているうちに数百万円が仮差押によってたまりました。30年以上前の事件ですから数百万円はとても大きな金額で、最終的に裁判所の和解で終わりました。仮差押したお金は慰謝料として妻が手に入れることができました。何もしていなければ離婚のときも一文無しで妻は泣き寝入りで終わる事案でした。
 もう1つの給与仮差押事件は一つ目とはまったく異なる展開となりました。若い夫婦と子ども1人の事件でしたが、子どもを連れて依頼してきた妻の話をもとに直ちに夫の給与と賞与の仮差押を申立しました。仮差押命令が会社に届いた数日後、夫と妻と子の3人が一緒に私の事務所に突然やってきました。妻から「先生に給与を差押えていただいたお陰で、夫はこれからしっかり働いて家族を支えると言ってくれました」と言い、はじめて会う夫も「すみません。これからはちゃんと家族を守っていきますから」と頭を下げてきました。私はむしろ「あー、そうなの」とややとまどった思いをしましたが、給与仮差押の思わぬ効果でした。その後妻からは相談がありませんので仲良くいっているのだろうなと思っています。

【夫の持つ工場の仮差押】

 結婚生活30年を超える夫婦で二人で力をあわせて小さな町工場を経営してきました。妻が病に倒れたあと、夫は家を出てクラブの女性と同棲し、数千万円のお金を女性につぎこんでしまいました。この事件では私は夫の持つ不動産(工場)を仮差押しました。この不動産は夫が親から相続したものですが、夫が工場まで売ってしまう可能性があったからです。持ち出した預金の穴埋めの意味も含めて最終的には財産分与として夫から不動産の譲渡を受けて調停で解決しました。

【出版物に、抜き身も早く仮差押・仮処分手続をとるのがすぐれた弁護士の条件と書かれていた】

 家庭裁判所の手続きがおだやかであるからと言って、弁護士も調停委員と同じ目線で物事を進めると解決が中途半端になることが少なくありません。おだやかな手続きだからこそ、依頼を受けた弁護士は事件を冷徹な目で見る必要があります。私が30代の始めの頃出版された本の中に、すぐれた弁護士の条件の一つとして「抜き身も早い仮差押・仮処分」というくだりがありました。この本やすぐれた先輩の仕事ぶりから仮差押・仮処分をすばやくとることの重要性を学びました。東京地方裁判所には民事保全部と言って仮差押・仮処分を一手に引き受けるところがありますが、以前には申立てる弁護士で一杯でした。今はガラガラです。どうしたことなのでしょうか。それから離婚事件などの裁判をかつては地方裁判所が行っていましたが、今は家庭裁判所に変わりました。それとともに家事事件の仮差押・仮処分も家庭裁判所が扱うことになりました。私は夫のもつ工場の仮差押の申立事件を当初東京地方裁判所保全部に提出しました。受付で突き返され恥をかいた経験があります。生の事件は生の時に思い切った処理をしておかないと事件が腐り、裁判で勝っても名ばかりの勝訴となってしまいます。依頼する側も弁護士に遠慮せず、弁護士にやってほしいことを積極的に申し入れた方が後で後悔することが少ないと言えます。弁護士は法律のプロですが、依頼者にとって何が大切で何をしてほしいかを告げないとわかっていないことが少なくないのです。自分のことは自分で判断する心構えをもつことが大切です。

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2010年4月26日 (月)

病室での緊急な遺言書作成と弁護士の役割

【入院中の方からの遺言書作成依頼】

 病院で入院中の方から遺言書の作成を依頼されることがしばしばあります。ご本人は入院されているので、多くの場合家族その他の近親者の方からご本人の意向が連絡されます。連絡を受け、ご本人の意向を確かめます。入院中に遺言書を作成するのはご本人の病状が重篤で、生命が危ぶまれるときですので、ご本人の意向を確かめると一刻も早く遺言書を作成するように努めています。

【遺言書の内容】

 遺言書の内容はご本人と話しあい、ご本人の意向に忠実に作成します。しかし、ご本人は病気のため眠っていることが多く、多くを語ることが困難なことが少なくありません。また遺言の中味も一時の思い込みに強く影響を受けていることが少なくありません。私はご本人の意向に反しない範囲で看病に来ている近親者の方の考えもそれとなく伺うように努めています。遺言書の作成が必要な時は、法定相続の内容のままの相続ではなく、これを修正した相続をさせたいという時です。作成した遺言書が後日法定相続人の方から恨まれることになれば、ご本人にとっても不幸なことです。法定相続人が“なるほど”と思ってもらえるような遺言書の作成を心がけるようにしています。ただし、これは理想論であり基本はあくまでもご本人の意向です。

【自筆証書遺言と公正証書遺言】

 遺言書には、ご本人が全文自分で書く自筆証書遺言と公証人が作成する公正証書遺言があります。自筆証書遺言は遺言文全文と、日付、氏名をすべてご本人が書き、氏名の下に捺印が必要です。ワープロで打った文書に署名するだけでは有効な遺言書ではありません。ご本人に体力があれば万一のことを考え、とりあえず自筆証書遺言を作成していただきます。しかしご本人が食事もとれずベッドで点滴を受けて寝たきりということが少なくありません。自筆証書遺言の作成ができない時は公正証書遺言の作成を急ぎます。のみならず遺言書が公正に作成されたことを明らかにする上でも公正証書遺言を作成することを心掛けています。公正証書遺言の作成には実印の他に印鑑証明書、戸籍謄本、不動産登記簿謄本、固定資産評価証明書等が必要です。ただし、揃えるのに時間がかかるようでしたら手元にある資料をもとに公証人の方に作成してもらいます。公証人の方に病院に来ていただくことになるので日程調整が必要になります。証人2名が必要ですが、私が関与する場合は私と銀座通り法律事務所の誰かに立会い証人になってもらいます。公正証書遺言の作成にあたってはご本人の他に計4人が立ち会うことになりますので、あらかじめナースセンターに連絡をし、診療時間や病室の調整をお願いしています。

【公正証書遺言の作成費用】

 公証人に支払う費用は、日本公証人連合会のホームページをご覧ください。財産の相続や遺贈を受取る人ごとに財産の価格を算出しこれを合算しますので、単純ではありません。病院での作成のように公証人役場以外での作成は5割増しとなります。1億円の財産を数人に相続又は遺贈する時の公証人役場に支払う費用は15万円前後とお考え下さい(遺言の中味によって多少異なります)。
 公正証書遺言作成の弁護士費用につき日本弁護士連合会は報酬基準を次のとおり定めていました。
 Yuhosyu
日本弁護士連合会は法改正を受け2003年弁護士費用について弁護士と依頼者の自由な契約にまかせるという考えのもとに弁護士費用すべてについての基準を廃止しました。廃止後は多くの弁護士はこの旧基準を参考にしながら、依頼者と協議の上、弁護士費用を決めていると思います。

【遺言書作成に弁護士として関わって思ったこと】

 遺言はご本人が長年培ってきた財産を一定の人又は団体(寄付の場合)に託すことであり、ご本人の人生のまさに総決算です。遺言書の作成に関わることは弁護士としてもご本人の人生と最終コーナーで真正面から向き合うことになり、その重責をひしひしと感じますとともに、とても光栄なことだと思います。ご本人が元気な時とお亡くなりになったあとでは、受け取る側の対応も異なることが少なくありません。遺言がご本人の歩んできた人生にふさわしく、輝くものであってほしいと願っています。

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2009年3月23日 (月)

障害者権利条約の批准と国内法の大改正を

【条約の批准と国内法の改正】

 21世紀の重要な人権条約として、障害者の権利条約が2006年12月13日に採択され、2008年5月3日に発効しました。1987年に、障害者差別撤廃条約の策定が国際的に初めて提案されてから、すでに20年以上もの時が過ぎ去っています。日本政府(福田康夫内閣)は、2007年9月28日に条約に署名したものの、まだ批准はしていません。条約は差別の定義をひろげ障害者に合理的配慮をしないことは差別だとしています。合理的配慮とは、労働の場合は例えば車椅子の労働者には車椅子でも移動可能なように職場へのアクセスや職場内移動が可能なように段差をなくすこと、視覚障害者の場合にはパソコンについて音声変換のソフトを提供したり、介助者をつけたりすることです。事業者がこれをしないと差別であるとして、障害者は法的救済を受けることができます。現在、日本政府は条約批准に向け、国内法制を点検中ですが、理念規定の改正だけでお茶を濁す可能性があります。その場合は条約は批准したけれど障害者の権利はあいかわらずあいまいで、事業主の法的義務が明記されない危険があります。

【弱くもろい社会】

 障害は障害者その人に属するのではなく、障害者と環境の間にあります。「社会は、一般的な物理的環境、社会保健事業、教育、労働の機会、それからまたスポーツを含む文化的・社会的生活全体が障害者にとって利用しやすいように整える義務を負っているのである。これは単に障害者のみならず、社会全体にとっても利益となるものである。ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会なのである。障害者は、その社会の他の者と異なったニーズを持つ特別な集団と考えるべきではなく、その通常の人間的なニーズを充たすのに特別の困難を持つ普通の市民と考えられるべきなのである」(国連総会で採択された「国際障害者年行動計画」より)。効率と管理を優先させ、やっかい者扱いをして障害者を閉め出す社会は、障害者だけでなく、障害をもたない人にとっても息のつまるような社会です。障害者を閉め出し、効率と管理を優先させてきたわが国の社会は、自殺の増加、未来への夢を失っている子供たち等、すっぽりと閉塞感におおわれてしまっています。障害ある人にとっても、障害のない人にとってもこの国は弱くもろい社会となっています。

【これまでの日本政府の対応】

<社会権規約委員会の勧告への対応(2002年)>

 2001年8月国連の経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会(社会権規約委員会)は、「委員会は、締約国(注・日本を指す)が法令における差別的な規定を廃止し、障害者に関連するあらゆる種類の差別を禁止する法律を制定することを勧告する」としました。これは日本に障害者差別禁止法の制定を求めたものです。
 小泉純一郎内閣のもとで、福田康夫国務大臣・官房長官(当時)は、勧告を受けた後の第154回国会衆議院本会議(2002年3月29日)において、「障害者の権利法の必要性についてお尋ねがございました。障害者等に対する不当な差別的取扱いの禁止につきましては、今国会に提出した人権擁護法案で手当てしているところでありますが、さらに、米国のように、障害者に対する雇用やさまざまなサービス提供における差別についての救済措置として、一般企業、事業者の特別の賠償責任等を認める仕組みを我が国に導入することについては、検討すべき課題が多いものと考えております。」旨答弁しています。
 第155回国会参議院共生社会に関する調査会(2002年11月20日)における質問に対し、米田建三内閣府副大臣(当時)は、「障害者差別禁止法の策定の方向付けをすべきではないかというお尋ねかと思いますが、基本的な立場といたしまして、障害者等に対する不当な差別的取り扱いの禁止につきましては今国会で御審議をいただいている人権擁護法案で手当てされているものというふうに考えております。」旨同様の答弁をしています。そして福田があいまいにしていた点については、「障害者差別禁止法の制定を新しい障害者基本計画に具体的に盛り込むということになりますと、幾つかの問題点があるかというふうに考えております。一つは、年齢、差別など他の差別事象とのバランスをどう考えていくのか、また二点目は、一般企業や事業者の理解を得ることが可能なのかどうか、これらの点について熟考さらに重ねませんと、現段階ではいわゆる検討すべき課題が多く、難しいというふうに考えております。」旨立法化をはっきりと否定しました。増田敏男法務省副大臣(当時)も「現在、法務省としては、この問題でなくて人権擁護法案の方に含んでお願いをいたしております。したがって、これを取り上げてこの検討をという形は取っておりません。」同様に法制化を明確に否定しています。
 これら答弁から、障害者差別禁止法制定の世界の流れを黙殺し、その一歩すら踏み出そうとしない日本政府の態度が浮き彫りにされています。

<人権擁護法案について>

 国会答弁でしきりに強調された人権擁護法案というのは、2002年3月小泉内閣が提出し、2003年10月廃案となった法案です。この法案では障害による差別は第2条で、人種差別、性差別等の人権侵害の中の1つのものとして位置づけられているにすぎません。

 第2条 この法律において「人権侵害」とは、不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為をいう。
 3 この法律において「障害」とは、長期にわたり日常生活又は社会生活が相当な制限を受ける程度の身体障害、知的障害又は精神障害をいう。
 5 この法律において「人種等」とは、人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的志向をいう。

労働に関する部分は次のように法案は定めています。

 第3条 何人も、他人に対し、次に掲げる行為その他の人権侵害をしてはならない。
 不当な差別的扱い
 ハ 事業主としての立場において労働者の採用又は労働条件その他労働関係に関する事項について人種等を理由としてする不当な差別的取り扱い

 人権擁護法案のように単に抽象的規定で「不当な差別的取り扱い」をしてはならないと規定するのみでは、事業主に具体的義務が発生せず、裁判規範となりません。裁判で訴えることができないのです。これでこと足りるというのがこれまでの日本政府の態度でしたが、この基本的姿勢は今のところ変わっていません。
 1980年代に国連を中心に「障害者の完全参加と平等」がうたわれ、日本でも少しずつ障害者のノーマライゼーションが進みつつあるように思いました。ところが、小泉内閣は2005年障害者自立支援法という欺瞞にみちた名称の法律をつくり障害者を奈落の底に突き落とし、歴史の針を30年逆にもどしてしまいました。最近になって与党も野党も障害者自立支援法の見直しを言っていますが、小泉内閣がつくった負を元にもどすことができないのが現状です。

【障害者権利条約の批准とともに国内法の大改正が必要!!】

なぜなら、
・現行国内法では障害者の労働は「権利」として認められていませんし、事業主の合理的配慮義務が法的義務としてどこにも定められていません。
・障害者基本法は、障害者雇用は事業主の経済的負担(負)であるとの考えが基底にあります。
・障害者雇用促進法は、障害者を権利の主体ではなく措置の客体と位置付けています。
・障害者雇用促進法では障害者サポート機器や介助者の申請を障害者自らができない制度になっています。
・厚生労働省は昔から障害者雇用促進法上の障害者雇用は非正規(有期)雇用でも常用労働者にカウントしてよいと事業主に甘い運用をしています。

【障害者権利条約と日本国内法整備の必要性】

<障害者権利条約と障害者基本法、障害者雇用促進法>

① 全く異質
 障害者権利条約(以下「条約」という)と障害者基本法(以下「基本法」という)・障害者雇用促進法(以下「促進法」という)は、障害者の権利についての法律の思想が全く異質のものです。
② 条約・・障害者の権利を明確にうたう。
 [条約27条] 
 「締約国は、障害者が他の者と平等に労働についての権利を有することを認める。」と障害者の権利を明確にしています。また「合理的配慮の否定」は差別だと明確に定義しています(第2条)。
 基本法・促進法 
 「社会連帯の理念に基づき」としている。
  社会連帯の理念というのは裏を返せば、善意・慈悲の世界にとどめるものです。しかも努力義務にしかすぎません。
 [基本法16条2項]
 事業主は、社会連帯の理念に基づき、障害者の雇用に関し、その有する能力を正当に評価し、適切な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るよう努めなければならない
 [促進法5条]
 すべて事業主は、障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責務を有するものであって、その有する能力を正当に評価し、適当な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るように努めなければならない

<障害者の雇用は経済的負担>

 基本法の法思想は障害者雇用は事業主にとり経済的負担であるとの考えに基づいています。これは障害者雇用は事業主にとり負の存在(お荷物)であるという考え方が基底にあり、労働者としての障害者の尊厳を基本的に否定するものです。
 [基本法16条3項]
 国及び地方公共団体は、障害者を雇用する事業主に対して、障害者の雇用のための経済的負担を軽減し、もってその雇用の促進及び継続を図るため、障害者が雇用されるのに伴い必要となる施設又は設備の整備等に要する費用の助成その他必要な施策を講じなければならない。

<促進法は事業主を主体とする法律>

 促進法は事業主を主体とする法律で、障害者を権利の主体とする法律ではありません。経済的負担となる障害者雇用について事業主同士の調整を図る法律で、障害者は措置の客体にすぎないという位置づけです。
 促進法の1条(目的)そのものに「措置」という障害者福祉の世界では過去のものとなっている用語が3度も登場します。同条の雇用義務等に基づく雇用の促進も事業主の側から見た促進で、障害者側から見ていません。
 [促進法1条]
 この法律は、身体障害者又は知的障害者の雇用義務等に基づく雇用の促進等のための措置、職業リハビリテーションの措置その他障害者がその能力に適合する職業に就くこと等を通じてその職業生活において自立することを促進するための措置を総合的に講じ、もって障害者の職業の安定を図ることを目的とする。 

<促進法の納付金制度は事業主間の経済的負担の調整のための制度>

 「障害者雇用ガイドブック」独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構編
                       (平成19年 365頁)
 「障害者雇用納付金制度の趣旨
 障害者を雇用するには、作業施設、設備などの改善、職場環境の整備、特別の雇用管理などが必要とされる場合が多く、健常者の雇用に比べると経済的に負担を伴うことは否定できません。このため雇用義務を誠実に履行している事業主とそうでない事業主とでは、経済的負担に差が生じることとなります。
 障害者を雇用することは、事業主が共同して果たしていくべき責務であるとの社会連帯責任の理念に立って事業主間の障害者の雇用に伴う経済的負担を調整するとともに、障害者を雇用する事業主に対して助成、援助を行うため、事業主の共同拠出による障害者雇用納付金(以下「納付金」という。)制度が設けられています。
 納付金制度は、まず第一に、基準雇用率(以下「雇用率」という。)未達成」
事業主から納付金を徴収し、雇用率を超えて身体障害者、知的障がい者又は精神障害者を雇用する事業主に対して、障がい者雇用調整金(以下「調整金」という。)を支給することにより、事業主間の身体障害者、知的障害者又は精神障害者の雇用に関する事業主の共同連帯責任の円滑な実現を目的とするものです。第二に、障害者の雇入れ又は雇用の継続を図る事業主が、作業施設や作業設備の設置・整備又は継続のための措置などについて一時的に又は継続して多額の費用負担を余儀なくされる場合に、その費用について助成金を支給することにより、障害者の雇用の促進及び雇用の継続を容易にし、もって全体としての障害者の雇用水準を引き上げようとするものです。

<障害者から助成申請ができない>

 促進法によれば助成金は事業主の申請によって給付されるもので、障害者に給付されるものではありません。したがって、障害者が視覚障害者のための音声変換パソコンや介助者を自ら申請することができません。

<厚生労働省は昔から非正規(有期)雇用でも常用労働者にカウントしてよいと事業主に甘い運用>

 厚生労働省は今のように一般労働者に非正規雇用が増大する前から障害者雇用は非正規(有期)雇用でも常用労働者にカウントしてよいとして、甘い運用を行ってきました。このため障害者の多くは契約社員か嘱託社員の不安定で低賃金労働でがまんすることを余儀なくされています。
  労働省職業安定局監修、日本障害者雇用促進協会編「障害者雇用ガイドブック」(平成11年版305頁)は常用労働者につき次のように記載しています。

  「常用労働者
 雇用義務の算定の基礎となるのは、『常時雇用される労働者』に限定されますが、『常時雇用される労働者』とは、雇用契約の形式のいかんを問わず、事実上期間の定めなく雇用されているすべての労働者をいい、実体的に判断されるべきものです。
 具体的には、次のような労働者をいいます。
 ① 期間の定めなく雇用される労働者。
 ② 一定の期間(例えば、1ヵ月、6ヵ月等)を定めて雇用される労働者であって、
その雇用期間が反復更新され、事実上期間の定めのない労働者と同様の実態にあると認められる労働者。すなわち、過去1年を越える期間について引き続き雇用されている労働者又は雇い入れのときから1年を超えて引き続き雇用されると見込まれる労働者。
 ③ 日々雇用される労働者であって、雇用契約が日々更新されて事実上期間の定めのない労働者と同様の実態にあると認められる労働者。すなわち、②の場合と同様に、過去1年を超える期間について引き続き雇用されている労働者又は雇入れのときから1年を超えて雇用されると見込まれる労働者。」

この運用は、日雇いであっても「1年を超えて雇用されると見込まれる労働者」であれば「常用労働者」にカウントしてあげるという取り扱いです。法の「常時雇用される労働者」というのは正規雇用すなわち①を指していることは明らかです。厚生労働省自ら障害者を不利な条件で固定化させるもので、国による障害者差別の固定化と言えます。

【条約の批准だけでは障害者の権利は確保できない】

 日本政府にまかせっきりでは、障害者の権利はいつまでも確立されず、世界の中で遅れている日本の法制度や行政の施策が続きます。黙っていると条約を批准しても有名無実なものになってしまいます。誰でもいつかは障害や疾病をもつ身となります。障害のある人の権利の確立は障害のない人にとっても決して他人事ではありません。

 

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