2008年2月25日 (月)

川上未映子と芥川賞受賞作「乳と卵」

【乳(ちち)と卵(らん)】

 8月の暑い日に39歳の姉巻子が豊胸手術のため初潮まじかの娘緑子をつれて独身のわたしの東京のアパートにやってくる。巻子は十数年前に男と別れ、緑子は物心ついてから自分の父親と同居したことがない。巻子は豊胸手術のことで頭がいっぱいである。緑子は同級生の話から初潮を厭なことだと思っている。最近では巻子との対話はなく巻子の話しかけに対し緑子はノートに書いて自分の意志をつたえている。巻子の豊胸手術には“うそのものなんかいれておっきい胸にすんなんて信じられへん”と批判的である。ただ、大阪の場末のスナックで働いて疲れきっている巻子をいとおしいという気持ちをもっている。お金もないのに東京までやってきた2人をわたしはやさしくそっと包んでやりたい。寝ているときわたしにいつもより早く生理がおとずれ、シーツに血の痕が大きく残ってしまい、あ、めんくさいと思う。翌日巻子は一人で豊胸手術のコンサルタントを受けに銀座に出て行く。5時に戻ってくると言っていた巻子は6時を過ぎても7時を過ぎても9時を過ぎても戻ってこない。わたしと緑子がもしかしてと心配していると突然巻子が帰ってくる。巻子は酔っぱらっている。「緑子のおとんとこに行ってたんよ」と言ってうつぶせになる。緑子が台所にいるところに巻子が起きてきて緑子が口を開かないことに絡みはじめる。緑子は突然“お母さん”と大きな声を出して「お母さん、ほんまのことをほんまのことをゆうてよ」と搾り出すような声でいった。巻子は、はははははっはっはと大きな声で笑い出した。緑子は卵を自分の頭に叩きつけて砕きながら「お母さんは、なにがいいの、痛い思いして」「あたしを生んで胸がなくなってしもうたなら、しゃあないでしょう、それをなんで」「あたしはお母さんが大事、でもお母さんみたいになりたくない」巻子は体を震わせて泣き続ける緑子に「緑子、ほんまのことってね、ほんまのことってね、みんなほんまのことってあると思うでしょ」「でも緑子な、ほんまのことなんてな、ないこともあるねんで、何もないこともあるねんで」と言いながら巻子はハンカチを取り出して緑子の頭についた卵を拭って、ぐしゃぐしゃになった髪の毛を何度も耳にかけてやり、ずいぶん長い時間を黙ってその背中をさすり続けた。2泊して2人は大阪に帰った。2人を送って家に着くとわたしは急に眠気がやってきた。目が覚めて浴室に入って暑い湯を浴びながら、顔以外の全部を鏡に映してみた。夕方の光と蛍光灯の光が交差する湯気のなか、どこから来てどこに行くのかわからぬこれは、わたしを入れたままわたしに見られて、切り取られた鏡の中で、ぼんやりといつまでも浮かんでいるようだった

【女の体って何なの】

 「乳(ちち)と卵(らん)」という題名にぎょっとする感がありましたが、読み終えて作者が女性として女の体って何なのと問いかけたものなのかなと思いました。女性の体といっても男性との恋愛とは切り離していわば生物としての女の体を3人の女性の3日間の動きを通じて浮きぼりにしています。初潮や卵子や乳房のことが文章の大半を占めていて、多くの女性にとって楽しい小説とは言えないかもしれません。男性にとってもワクワクする“女の体”の本ではありません。

【地に足のついた作家】

 文芸春秋3月号に掲載された受賞者インタビューをあわせて読んで、私は川上未映子氏(31歳)はなかなか地に足の着いた作家だと思いました。川上氏は歌手でもあり、大阪の北新地の一流クラブのホステスでもあったということから、派手な人生を歩んできた人物かのように一部マスコミではとりあげられていましたが、インタビュー記事からどんな場面でも生まじめに生きてきた人物だろうと思いました。巻子の働いているスナックと川上氏が勤めていた北新地のクラブでは客層もホステスとしての収入も全く違っています。大阪の裕福でない家庭に育った川上氏(本人談)はラグビーの代表選手であった高校生の弟を明治大学に進学させるために北新地でホステスをします。このような話は昔はよくありました。えっ今時と私も思いました。しかし川上氏の場合は、けなげな姉が弟のために犠牲になるのではなく、姉は姉でその後小説家として大成するのですから見事です。31歳という年齢は明治、大正、昭和の作家では決して若い登場ではないのですが,現在ではとても若い作家の部類です。川上氏にとり、大阪の場末でボロ雑巾のようにすり切れて働く巻子は、自分と等身大の人物であり、決して高いところからあわれむような目で見ていません。31歳にしては川上氏の歩んだ人生の幅の広さと哲学等を究めたいという意欲から今後どのような作品を発表するのか、楽しみな人材と思いました。

【文学界の登竜門の公正さ、透明さ】

 私は芥川賞にしろ、直木賞にしろ最近の小説はほとんど読んでいませんが、今回「乳と卵」を読んでみて、また川上氏の人となりを知って、文学界における選抜制度は結構公正で透明なのかなと思いました。歌舞伎の世襲制、お茶や踊りの家元制と比べると文学の世界では力さえあれば一気にトップに立つことができるのかなと思いました。勿論どの世界でも現実にはいろいろゴタゴタはあるのでしょうが。

【石原慎太郎氏・宮本輝氏の選評】

 川上氏に最も手厳しい評価をしたのは石原慎太郎氏のようです。参考までに石原氏の選評をご紹介します。

 受賞と決まってしまった川上未映子氏の『乳と卵』を私はまったく認めなかった。どこででもあり得る豊胸手術をわざわざ東京までうけにくる女にとっての、乳房のメタファとしての意味が伝わってこない。前回の作品の主題の歯と同じだ。一人勝手な調子に乗ってのお喋りは私には不快でただ聞き苦しい。この作品を評価しなかったということで私が将来慙愧することは恐らくあり得まい。

 宮本輝氏の選評は次のとおりです。

 受賞となった川上未映子さんの作家としての引き出しの多さが『乳と卵』によってはっきりした。その引き出しのなかに転がっているものがガラクタであればあるほど、作家としての資本は豊かだということになる。前作のいささかこざかしい言葉のフラグメントは『乳と卵』では整頓されて、そのぶん逆に灰汁が強くなった。女性が書く小説の素材としては、ある意味で陳腐だが、三人の登場人物には血肉がかよっていて、それぞれの吐息が聞こえる。諸手をあげてというわけにはいかなかったが、最終的に私も受賞に賛成票を投じた。

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2008年1月12日 (土)

「国家の品格」「女性の品格」の品格度

【藤原正彦著「国家の品格」(2005年11月 新潮新書)】

著者紹介(著書の巻末の記載より)

藤原正彦(ふじわら・まさひこ)  1943年(昭和18)年旧満州生まれ。東京大学理学部数学科、同大学院修士課程修了。コロラド大学助教授等を経て、お茶の水女子大学理学部教授。作家新田次郎、藤原ていの次男。著書に『若き数学者のアメリカ』『天才の栄光と挫折』等の他、共著に『世にも美しい数学入門』。

 私はこの本を2006年12月25日付の39刷版で購入しています。日本人に「品格」を問い220万部突破!と強調した赤い背表紙がついていました。この本を読めばまるで日本人の品格が高まるかの如きです。この本がつけた品格ブームに乗っかったのが前回のブログで触れた坂東眞理子著の「女性の品格」です。
 日本人に品格が欠けている部分が多いと私も思っていますが、「国家の品格」も「女性の品格」も安っぽい品格論の押しつけで、品格を欠く品格本ブームというのが私の率直な感想です。 

【第三章 自由・平等・民主主義を疑う】

<ジョン・ロック批判>
 著書「国家の品格」は欧米批判を第三章「自由・平等・民主主義を疑う」として人権思想に対して攻撃しています(65~94頁)。

 「すなわち国家とは、人民が自由を放棄した状態を言うのです。どんな自由もないというのは言い過ぎですが、次の世代のジョン・ロックのように『他人の自由と権利を侵害しない限り自由』という考えよりは、ホッブズの方が本質を衝いている。ロックの説が正しければ援助交際もオーケーとなります。」

 「ロックというのは、大物中の大物思想家です。
 個人は自由に快楽を追求してよい、全能の神が社会に調和をもたらしてくれるから、と述べました。何と無責任でデタラメな発言でしょう。ロックこそは、民主主義、功利主義、近代資本主義の祖と呼んでも過言ではない人です。」

ジョン・ロック (wikipedia より)

 ジョン・ロック(John Locke, 1632年8月29日 - 1704年10月28日)はイギリスの哲学者、社会契約論者、ピューリタン信仰者。ウェストミンスター校およびオックスフォード大学出身。アメリカ独立宣言、フランス人権宣言に大きな影響を与えた。

彼は、王権神授説を否定し自然状態を牧歌的・平和的状態と捉え、公権力に対して個人の優位を主張した。政府が権力を行使するのは国民の信託 (trust) によるものであるとし、もし政府が国民の意向に反して生命、財産や自由を奪うことがあれば抵抗権をもって政府を変更することができると考えた。抵抗権の考え方はのちにバージニア権利章典に受け継がれていく。

また彼は、名誉革命期、ハリントンの提唱した権力分立制を発展させ、立法権と行政権の分離を説いた。また、対内的な行政権を執行権、対外的な行政権を連合権と呼んだ。これがのちにモンテスキューによる三権分立論(司法権・立法権・行政権)まで発展する。

その他、政教分離を説いたり、フィルマーの家父長的政治を批判したりと、現実主義的な考えを展開している。

 正にジョン・ロックは人権思想の祖です。ロックの思想を歪曲して「ロックの説が正しければ、援助交際もオーケーとなります」という藤原氏の品格度はどう測ればよいのでしょうか。

<トマス・ジェファーソン批判>
 著者はアメリカ合衆国の独立宣言を起草したトマス・ジェファーソンを「ジェファーソンの偽善」と題して次のように批判しています(73頁)。

 「自由と平等はアメリカ合衆国の独立宣言に再登場となりますが、こちらはほとんどコメントしようもありません。『我々は次の事実を自明と信ずる。すべての人間は平等であり、神により生存、自由、そして幸福の追求など侵すべからざる権利を与えられている』と聞かされても、私は『32歳のヴァージニア州議会議員トマス・ジェファーソンはそう思ったんだな』と思うだけです。
 自明と思うものにまで神を持ち出されたら、『それはジェファーソンの信仰でしょ』というしかありません。ちなみに自由と平等のチャンピオンとも言うべきジェファーソンは、後に第三代アメリカ大統領になりますが、アメリカ先住民を大々的に迫害し、黒人奴隷を100人以上も所有していました。最近、ジェファーソン家で働いていた奴隷の子孫がジェファーソンの子孫であるらしいことがDNA鑑定により判明し、一流科学雑誌にも発表されて話題を呼びました。」

 最後のくだりについて、松山大学法文学部教授田村譲氏のサイト、多夢太夢(http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/jefasonn)によると次のように記述しています。

 「なお、ジェファーソンが夫人の没後、混血黒人奴隷のサリー・ヘミングス(Sally Hemings)との間に3人の子供をもうけていたとの風説が大統領在任時からあったが、後年、ヘミングスの子供の1人の子孫の遺伝子分析とジェファーソンの血筋のそれが一致した。そのため、嫡流(ちゃくりゅう=正統の家系)の人々で結成するジェファーソン協会(Monticello Association of the Descendants of Thomas Jefferson)の99年の年次会合にヘミングスの末えい35人が招待された。 」

 私はジェファーソンの嫡流の人々がヘミングスの末えい35人を招待したことに品格を感じますが、著者の品格の視点は全く別のところにあるのが残念です。

<日本も民主国家だった>

 「日本は少なくとも、昭和12(1937)年の日中戦争勃発までは民主主義国でした。普通選選挙法は大正14年(1925)に可決されています。アジアでは最初、イギリスより7年遅れただけです。反資本主義を掲げる社会大衆党は、昭和11年と12年の2つの選挙を経て、それ以前の5議席から36議席にまで大躍進しているのです。この頃、民政党の斉藤隆夫は国会で反軍、反戦演説をしています。日米戦の期間中は東条英機の独裁でしたが、それはルーズベルト大統領のアメリカも、チャーチル首相のイギリスも同じです。」

 著者の民主主義の認識の程度はこんなものなのでしょうか。
 1890年(明治23年)11月26日に施行され、ポツダム宣言を受諾した1945年8月15日まで効力があった大日本帝国憲法は次のように規定していました。「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」(第1条)。「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」(第3条)。「天皇ハ陸空軍ヲ統帥(とうすい)ス」(第11条)。国民は「日本国民」ではなく、「日本臣民」と既定されていました(第3章)。王権神聖説そのものの憲法であり民主主義のかけらもありません。1925年(大正14年)には普通選挙実施と引き換えに、労働運動、民主主義運動弾圧のためあの恐ろしい治安維持法が制定されています。反民主主義の体制は東条英機個人に矮小化できるものではありません。

<「真のエリート」が必要>
 「国民は永遠に成熟しない。放っておくと、民主主義すなわち主権在民が戦争を起こす。国を潰し、ことによったら地球まで潰してしまう。
 それを防ぐために必要なものが、実はエリートなんです。真のエリートというものが、民主主義であれ何であれ、国家には絶対必要ということです。この人たちが、暴走の危険を原理的にはらむ民主主義を抑制するのです。」
「昔はいました。旧制中学、旧制高校はこうした意味でのエリート養成機関でした。真のエリートには、俗世に拘泥しない精神性が求められます。」(85~86頁)

 一中、一高、東大が昔のエリートの常道。著者もエリートの流れを組む人? エリート主義は坂東眞理子著「女性の品格」と共通するものがあります。他人に「品格論」を論じる人には、高いところからしかものが見れないという共通したところがあるように思います。

【傲慢で根拠のない日本礼賛】

 著者の結論は荒廃した今の世界を救うのは日本の武士道精神であり、日本人のもつ惻隠の情であるということのようです。

<日本の神聖なる使命>

 「卑怯を憎む心があれば、弱小国に侵攻することをためらいます。惻隠の情があれば、女、子供、老人しかいない街に大空襲を加えたり、原爆を落としたりするのをためらいます。占領した敗戦国の文化、伝統、歴史を粉々にしてしまうようなこともためらいます。
 美的感受性があれば、戦争がすべてを醜悪にしてしまうことを知っていますから、どんな理由があろうとためらいます。故郷を懐かしみ涙を流すような人は、他国の人々の同じ想いもよく理解できますから、戦争を始めることをためらいます。」
 「欧米人の精神構造は『対立』に基づいています。
 精神に『対立』が宿る限り、戦争をはじめとする争いは絶え間なく続きます。日本人の美しい情緒の源にある『自然との調和』も、戦争廃絶という悲願への鍵となるものです。
 日本人はこれらを世界に発信しなければなりません。欧米をはじめとした、未だ啓(ひら)かれていない人々に、本質とは何かを教えなければいけません。それこそが『日本の神聖なる使命』なのです。」

 数学者という立場にありながら、日本人がアジアの民衆の命をうばい、アジアの女性たちの人権をじゅうりんした客観的事実にほおかむりをして、このような論陣をはる神経の太さは一寸信じられません。

<世界を救うのは日本人>

 「日本は、金銭至上主義を何とも思わない野卑な国々とは、一線を画す必要があります。国家の品格をひたすら守ることです。経済的斜陽が一世紀ほど続こうと、孤高を保つべきと思います。たかが経済なのです」
 「日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは、日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務と思うのです。ここ四世紀間ほど世界を支配した欧米の教義は、ようやく破綻を見せ始めました。世界は途方に暮れています。時間はかかりますが、この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいないと私は思うのです」

【学者としての品格を捨てた本 ベスト・セラーはつくられる】

 「国家の品格」は数学者という品格をかなぐり捨て、好き勝手なことを書いている非数学的、非論理的な著書と言えます。
 著者の好きな旧制中学、旧制高校のエリートたちの時代にこの本が仮に出版されていれば、数学者が自己の専門分野を超えて非論理的な本を世に出すのですからおそらく学者生命の終わりになったでしょう。今の時代はそれを許す社会となっています。著者はそれを見越して論理性がないのを承知の上で、日本人にただようナショナリズム的傾向に受ける文を書き散らしているとしか思えません。著者が非難する「自由」を著者が一番満喫しているのではないでしょうか。新潮社がつけたのか著者がつけたのか中味よりも「国家の品格」という書名があたりました。ベスト・セラーなんて中味ではなく、所詮つくられた仕掛け次第ということを目のあたりに見る品格本ブームです。

【政治家・経済人による日本礼賛ブーム】

 この本をきっかけに政治家や経済人による日本礼賛の大合唱がはじまりました。
  * 安倍晋三 「美しい国へ」-自信と誇りのもてる日本へ
                         (2006.7.20 文藝新書)
  * 「希望の国、日本」-ビジョン2007
                   (2007.1.1 日本経済団体連合会)
  * 麻生太郎 「とてつもない日本」-日本の底力はまだまだ凄い
                         (2007.6.6 新潮新書)

 自国礼賛論者に日本の政治や経済を託すのは危険なことです。

【坂東眞理子著「女性の品格」の品格の程度】

 「国家の品格」は賞味期限切れで、今は「女性の品格」が飛ぶように売れています。「女性の品格」の品格度について私の意見を述べます。坂東氏は品格について次のように述べています(3頁)。

 「では人間としての品格とは何でしょうか。
 正義感、責任感、倫理観、勇気、誠実、友情、そして忍耐力、持続力、節制心があり、判断力、決断力に富み、優しく思いやりがあるなどという美徳は、品格ある人間であるための重要な要素です。」

 坂東氏は内閣府初代男女共同参画局長に就任し女性官僚として男女共同参画のトップの責任者でした。にもかかわらずわが国の女性たちの社会進出度は世界の中でも著しく低いレベルにとどまっています。坂東氏に責任感、倫理観があれば、この現実を率直に認め日本の女性たちにトップ官僚としていたらなかったことをわびるのが品格ある女性のとるべき姿勢ではなかったでしょうか。坂東氏が不均等・不平等で苦しむ女性の立場からこれを改善するにはどのようにすればよいかを自らの反省をまじえて論じれば著書に自ずと品格がにじんできたことと思います。残念ながら坂東氏は自分のやり方がベストと言っているのと変わらず目線もどちらかというと男性上司と同じ目線です。「女性の品格」から処世術を学ぶことができても「倫理観」「誠実」「優しい思いやり」を女性たちが感じることはないでしょう。
 この著書もつくられたベスト・セラーといえます。藤原正彦氏と新潮社がつくり出した「品格」ブームに坂東氏とPHP研究所がちゃっかり乗っかり、品格のある女性になりたいという女心受けをねらったと思われます。それに男性が、どれどれと買ったのが加わりたちまちのうちにベスト・セラーとなりました。この本が中味に正直に例えば、「女性リーダーになるための処世術」という題名であれば、ほとんどの人は手にとることがなかったと思います。ベスト・セラーというものがつくられるものであることを「品格」本ブームからあらためて感じました。

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2008年1月 5日 (土)

坂東眞理子「女性の品格」と男女共同参画

【坂東眞理子著「女性の品格」(2006.10.3 PHP新書)】

著者紹介(著書の巻末の記載より)

坂東眞理子(ばんどう・まりこ) 1946年富山県生まれ。東京大学卒業。69年総理府入省。内閣広報室参事官、男女共同参画室長、埼玉県副知事を経て、98年女性初の総領事(オーストラリア・ブリスベン)。2001年内閣府初代男女共同参画局長。04年昭和女子大学教授を経て、昭和女子大学副学長、同大学女性文化研究所長。2007年4月より同大学学長。
著書に『副知事日記-私の地方行政論』『ゆとりの国オーストラリア-ブリスベン総領事見聞録』(以上、大蔵省印刷局)、『男女共同参画社会へ』(勁草書房)、『新・家族の時代』(中公新書)などがある。

 著者について私は面識がありませんが、上記記述並びにウィキペディアの記事から、著者は女性官僚としてのトップ・エリートとしての道を常に歩んだ人と言えます。
 私は2006年にベストセラーになっていた藤原正彦氏の「国家の品格」(2005年11月新潮新書)を2006年末に購入しましたが、著者の論旨に賛同できず途中まで読んで放っていました。「女性の品格」は2007年のベストセラーで知人から聞いて2007年に購入しました。両著とも1年で200万部を超えるベストセラーになり正に今“品格ブーム”と言えます。今回「国家の品格」についても何とか読みましたのでこれについては後日触れさせていただきます。

【著書の中味は女性のトップエリートとしての処世訓】

 「女性の品格」という題名に男性としての興味半分でワクワクとした思いで手にとったのですが、中味はトップ・エリートとして歩んできた著者が足を踏みはずすことなく歩んできた処世訓と言う風に受けとめました。女性に対する現代道徳書とも言え、中味は地味で当初期待したワクワク感は残念ながら消えてなくなりました。
 目次を一部紹介すると次のとおりです。

 第一章 マナーと品格
   礼状をこまめに書く
   相手に喜ばれる物の贈り方
 第二章 品格のある言葉と話し方
   ネガティブな言葉を使わない
   乱暴な言葉を使わない
 第三章 品格のある装い
   流行に飛びつかない
   勝負服をもつ
 第四章 品格のある暮らし
   行きつけのお店をもつ
   得意料理をもつ
 第五章 品格のある人間関係
   怒りをすぐに顔に出さない
   家族の愚痴を言わない
 第六章 品格のある行動
   人の見ていないところで努力する
   時間を守る
 第七章 品格のある生き方
   恋はすぐに打ち明けない
   倫理観をもつ

 著者がもとめるとおりのマナーを実行できるのは、おそらく女性の中でもごくかぎられたほんの一部の人でしょう。これを実行できる人が品格があり、できない人が品格がないというのもいささか性急すぎるように思います。その意味ではこの本からワクワク感を感じない女性も多いかもしれません。著者と自分では置かれている状況が違うと感じるだろうと思います。著者はあとがきで「有能な中間管理職をめざす女性ではなく真のリーダーとなる女性になってほしい」と結んでいますが、私が著者に期待するのは、一部のエリート女性の育成ではなく、大多数の女性を対象とする女性総体の社会参画の引上げです。

【著しく低水準のわが国における男女共同参画の現状】

 国際比較でみた男女共同参画の状況-女性の活躍とワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和) (内閣府男女共同参画局:H19男女共同参画白書より) によると国際比較でみた男女共同参画の現状は次のとおりです。

1.政治・行政
○女性の国会議員割合は,ここ10年ほどの間に増加しているが,国際的に見ると日本はアジア諸国を含めた諸外国と比べて低い水準にある(189か国中131位)。
○国家公務員の管理職に占める女性割合を見ると,日本は1.8%で各国と比べて低い。

2.働く場
○働く場における女性の参画も低水準にとどまっている。女性の就業割合は,一部のアジア諸国よりも高い水準にあるが,管理的職業従事者に占める女性の割合は,韓国とともに著しく低くなっており,他国と比較して伸びも小さい。
○日本の女性の労働力率を年齢階級別にみると,子育て期に当たる30歳代前半で低下するM字カーブを描くが,外国の女性の1970年代からの年齢別労働力率の推移をみると,欧米諸国を中心にM字カーブの底が解消して逆U字カーブを形成している。
○日本のパートタイム労働者の比率は他の先進諸国と比べて高い水準にあるが,特に女性のパートタイム労働者の割合が増えており,フルタイム労働者との賃金格差・処遇格差が男女の賃金格差の一因となっている。

3.生活
○男性の家事・育児時間は,諸外国と比較して著しく短い。
○日本では,固定的性別役割分担意識の変化にも関わらず,労働時間は諸外国と比較して長く,その分,家庭や地域で過ごす時間が短くなっている。

【男女共同参画の女性総体の水準の引き上げを期待】

 著者は男女共同参画室長を経て、2001年内閣府初代男女共同参画局長に就任。2003年8月埼玉県副知事選に出馬したため退任しましたが、それまでの間官僚として男女共同参画に関し、常にトップの地位にあったと言えます。現在は昭和大学学長の地位にあり官僚時代と違ってそれこそ自由に発言できる立場にあります。
 ところでこの点に関する著書の論調はどちらかと言うと抑制的と言えます。

 「私は女性が社会に進出し活躍することが必要だと信じていますが、それは従来の男性と異なる価値観、人間を大切にするよき女性らしさを、社会や職場に持ち込んでほしいと思うからです。女性が社会に進出しても、『できる女』を目指し有能なやり手ばかり増えるのはさびしいことです。」(6頁)
 
 「しかし私は福祉が整い国民皆年金、皆保険の制度が整った国になったからこそ、その制度を安定的に持続するためにも、とことん保険を利用して自分が得しようというのではなく、本当に必要な人が必要なときに利用するようにするのが品格ある国民だと思っています。」(210頁)

 「『育児休業は私たちの権利です』と正論を言うと、そういう人たちの気持ちを逆なでします。同じことが雇用機会均等法にもいえます。均等法がない時代は、男性のみの求人が当たり前だったというと『うっそー』といわれる時代です。それでもいろいろな形で女性に対する差別は残っています。若くて、素直で、地位が低いうちは重宝がられても、女性がしっかり責任のある仕事をするようになると反感をもつ人もいます。差別は許されません。差別するほうが間違っているのはいうまでもありません。しかし個人の生き方としては自分の権利を振り回すより、皆さんのお陰でという感謝を表しながら黙って実力を蓄え、一目おかれる存在になるほうが、スムースに運びます。」(211~212頁)

 日本における男女共同参画の水準が女性にとり満足いくものになっていれば著者の抑制的な姿勢もうなずけます。しかし、現状は先に述べたとおり、国際的に見ても著しく低水準にあります。不均等・不平等で苦しんでいる多くの女性たちにとって著者の姿勢にはおそらく満足しないと思います。
 ひるがえって日本の男性は20代も30代も40代も50代も60代もみんな疲れはてています。女性が元気で活躍してくれることは男性としてもウェルカムです。著者の目線をトップ・リーダーの高い位置ではなく、女性一般の普通の位置に下げ、その位置から是非とも女性総体の社会参加の水準の引上げに尽力していただきたいと、男性の立場からも強く願わざるを得ません。

 

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2007年4月29日 (日)

地理から見えてくる「日本」のすがた

【佐藤裕治監修「地理から見えてくる日本のすがた」】
                      (2007年4月 中経出版

 日本という国を小・中・高で習う地理から見つめるという本でとても面白い本です。私が講演でしゃべっていたことの中にまちがいがあることにも気づきました。100のテーマに分けて楽しく読めるように工夫がしてあります。この本のデータをタネに物知り顔にしゃべることができますのでお手元に置くと便利です。1冊1680円です。私もこの本をタネに何回かブログでしゃべらせていただこうと思っていますが、今回は日本の自然についての客観的な記述をご紹介します。
  Tenki01
【世界の北限と南限の日本】

☆南北差の大きな日本

 日本における領土の南北に渡る広がりは、およそ北緯20~45度と約25度に及び、実際に人が住んでいる島でみると20度の緯度差がある。日本より南北の緯度差の大きな国土をもつ国には、アメリカ合衆国、ロシア、カナダ、中国、ブラジルなどの広大な国やチリ、ノルウェー、アルゼンチンなど南北に長い国などがある。しかし、これらの国のうち、サンゴ礁の海と氷で覆われた海の両方をもつ国は、日本のほかはアメリカ合衆国のみである。
 日本は亜熱帯から亜寒帯まで、南北の気候環境が大きく異なる。北緯30度以北でサンゴ礁が見られるのは、鹿児島の種子島付近と大西洋のバミューダ諸島のみであり、北緯45度以南で氷に覆いつくされた海が見られるのは、北半球では北海道沿岸のオホーツク海のみである。すなわち、日本は「北」の要素と「南」の要素が圧縮された位置にある。

【日本の川と自然特性】

☆まるで滝のような日本の河川

 明治政府が招聘した外国人の土木工学技師ヨハネス・デ・レーケ(オランダ、1842~1913)は、洪水後間もない常願寺川(富山県)を見て「これは川ではない、滝だ」と叫んだと伝えられている。最近の研究ではデ・レーケはそんなことを言ったわけではないようだが、この言葉が示すように日本の河川は勾配が急で、普段は水量が少ないものの、一度大雨が降るとまさに滝のように一気に流れ落ちる。常願寺川のような日本の河川を「河況係数が大きい」という。河況係数は最大流量を最小流量で割ったもので、これが大きい川は流量変化が厳しく、治水や利水に相当の努力を要する。信濃川(小千谷付近)での河況係数は「117」で、日本の河川としては小さな値だが、海外を見ると、例えばドナウ川(ウィーン付近)で「4」とケタ違いに小さい。なお、乾季に水が流れない乾燥地域の河川では河況係数が「∞」(無限大)となるが、常願寺川なども∞となっている。

【森林大国日本】

☆世界有数の森林率を誇る日本

 日本の国土の約2/3は森林であり、日本より森林率が高い国は10カ国程度に過ぎない。世界的にみると森林率の高い国は、ほとんどが熱帯や、亜寒帯にあり、温帯で森林質の高い日本は例外的である。これは、モンスーン地帯にあたる日本が温帯としてはきわめて降水量が多いため、森林の生育に必要な水が豊富であることのほか、山地面積割合が大きいためである。日本の森林はその大半が山地にみられ、山はほとんど森林におおわれている。平地は山裾まで水田、畑、集落などが広がり、盛り上がった山地は高山を除けば山頂まで森で覆われている。世界的には山が森でないところが多い。乾燥地域の山地は森林が形成されず岩がむき出しで、山麓の湧水がみられる地域でのみ樹木が生育している。ヨーロッパでも、アルプスなどの高山は森林限界を超え、岩肌が露出し、低山は山頂まで放牧地が広がる。タイガとよばれる針葉樹の純林やアマゾン川などの流域に広がる熱帯雨林はいずれも平地林である。

【日本の気温】

☆なぜ日本の四季ははっきりしているか

 日本は四季がはっきりしていて、それぞれの季節で独特の現象が生じる。これは、地球の自転軸である地軸が23.4度傾いた状態で365日周期で太陽の周りを回っている(公転)ため、太陽が直射する位置は、地球が公転する間に赤道を中心として南北に移動することと関係がある。日射が最も強い点が高緯度に達する限界は、緯度にして23.4度(地軸の傾きと同じ)、つまり南北の回帰線である。北緯25~45度付近に位置する日本は、夏には太陽が直射する位置に近く、冬にはこの位置から遠ざかる。そのため、私たちは日本にいながらにして1年の間に熱帯から寒帯までの天気を体感できる。

【日本の降水量】

☆世界平均の2倍も雨が降る日本

 日本の平均年降水量は1700~1800㎜であり、北陸地方や東海以西の西南日本では2000㎜を超える。これは、700~1000㎜とされている世界の平均年降水量と比べると2倍前後の値である。緯度別の平均降水量と比べると、日本の平均年降水量は熱帯と大差なく、しかも日本海側の地方を除いて夏を中心とする季節に集中する。これは温帯の大陸東岸に共通してみられるが、要因の一つは海からの高温多湿な夏の季節風である。また、降水量について特筆すべきは「数時間~数日の降水量の最大値は世界最高クラス」という点である。こうした激しい雨をもたらすのは、日本では特に梅雨や秋霖、台風の時期に発達しやすい積乱雲である。

【御礼】

 たいして面白くもない私のブログを時折覗いて下さりありがとうございます。おかげさまでアクセスしていただいた回数が1万回を超えました。

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2006年12月30日 (土)

星の王子さまと銀河鉄道の夜

星を主題にした、この2つの著名な童話をこの暮にはじめて読みました。何度も何度も読み直している人が多いのに、この年になってはじめてということからも私の少年時代、青年時代がいかに非文学的であったがわかると思います。
今回もかつて子どもの部屋にあった本が、私の目に触れるという偶然がなければ一生読まずに終わっていた可能性があります。

【 星の王子さま 】  

Hosinooujiimg_0852_3 サン=テグジュペリ作。フランス語原題
Le Ptti Prince、直訳は「小さい大公」「小さな王子」。フランス人パイロット・小説家のアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの代表作で、1943年にアメリカで出版されました。サン=テグジュペリは1944年7月敵軍の偵察に向かうための飛行機で基地を飛び立ったまま、消息を絶ち、2度と戻ってきませんでした。

<作品>
作者は冒頭で「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない)」と述べています。作品中でキツネと王子が次のような会話をしています。
キツネがいいました。「さっきの秘密をいおうかね。なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」「かんじんなことは、目には見えない」と、王子さまは、忘れないようにくりかえしました。

<日本語訳>

岩波書店が独占的な翻訳権をもち内藤濯の訳で出版していましたが著作権保護期間が2005年に終了したため、数社から新訳が出版されています。新訳も「星のおうじさま」の書名が多いのですが「小さなおうじさま」「小さな王子」というのもいくつかあります。

<異説>
「星の王子さま」はファンタジーであるというこれまでの通説に対して異説も主張されています。塚本幹夫の「星の王子さまの世界 ~ 読み方くらべへの招待」(中央公論新社)は、本書は「ヨーロッパで戦争に巻き込まれて辛い思いをしている人々への勇気づけの書」であるとのことです。

<私の感想>
作品は、その時代の作者の置かれている状況の中で生まれ訳本も訳する時代を反映しているように思います。また作品(訳も含め)は読み手の年令や置かれている状況によってさまざまな輝きを放つものと思います。全世界で5000万部日本で600万部売られたとのことですが、それほどこの作品は多くの人に輝きを放つ力をもっているということだと思います。
非文学的な私の感想はこの程度にして、この本についての感想や感じたことがあればお聞かせください。

【銀河鉄道の夜】
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<宮沢賢治>
引用:花巻市ホームページより

「雨ニモマケズ」、「風の又三郎」、「銀河鉄道の夜」など、たくさんの名作を遺した宮沢賢治は、明治29年(1896年)花巻で生まれました。賢治は盛岡高等農林学校卒業後、花巻農学校の教師として農村子弟の教育にあたり、多くの詩や童話の創作を続け、30歳の時に農学校を退職、独居生活に入ります。ここで羅須地人協会を開き、農民講座を開設し、青年たちに農業
を指導しました。その後、2度病に倒れ、ついに昭和8年(1933年)9月21日、37歳の若さで永眠しました。
宮沢賢治は、童話と詩が有名ですが、教育者であり、農業者でもあり、天文・気象・地理・歴史・哲学・宗教・化学・園芸・生物・美術・音楽・・・・・あげていけばきりがないほど多彩な内面を持っています。

<銀河鉄道の夜>
引用:ウィキペディア(Wikipedia)銀河鉄道の夜より

1924年ごろから執筆が開始され、1933年の賢治の死の直前まで推敲がくりかえされた。
あらすじ(最終稿)
一、午後の授業 疲れていたジョバンニは、天の川が本当は何なのか先生に質問されたが答えることができない。次に指されたカムパネルラも、ジョバンニのことを思いわざと答えない。
二、活版所
 ジョバンニは冷たい大人たちの中で活字拾いをする。仕事を終え、パンと角砂糖を買って家へ急ぐ。
三、家
 
病気の母と、漁に出たきり帰ってこない父のことやカムパネルラのことなどを話す。
四、ケンタウル祭の夜
 
母の牛乳を取りに牛乳屋に行くが、出てきた老婆は要領を得ず牛乳をもらえない。いじめっ子のザネリたちに悪口を言われ、一人町外れの丘へ向かう。
五、天気輪の柱
 
天気輪の柱の丘でジョバンニは一人寂しく孤独を噛み締め、親友カムパネルラのことを思う。
六、銀河ステーション
 突然、耳に「銀河ステーション」というアナウンスが響き、目の前が強い光に包まれ、気がつくとカムパネルラと銀河鉄道に乗っている。
七、北十字とプリオシン海岸
 白鳥停車場の20分停車の間にプリオシン海岸へ行き、化石の発掘現場を見る。
八、鳥を捕る人
 気のいい鳥捕りが乗車してくる。彼は、鳥を捕まえて売る商売をしている。ジョバンニとカムパネルラは鳥捕りに雁を分けてもらい食べるが、お菓子としか思えない。突然鳥捕りが車内から消え、川原でさぎを捕り、また車内に戻ってくる。
九、ジョバンニの切符
 車掌が来る。ジョバンニの切符は、ほかの乗客のものとは違っていた。気がつくと鳥捕りの姿は消え、鷲の停車場の手前で青年と姉弟が現れる。彼らは、乗っていた船が氷山に衝突して沈み、気がつくとここへ来ていたのだという。 やがて、サウザンクロス(南十字)で、乗客達は降りてゆき、列車内はジョバンニとカムパネルラの二人だけとなる。二人はどこまでも一緒に行くことを誓うが、カムパネルラがいつの間にかいなくなってしまう。一人丘の上で目覚め、町へ向かったジョバンニは、カムパネルラが川に落ちたザネリを救おうと川に入って行方不明になっていることを知る。

<私の感想>
賢治は、地道な農業実践指導者であるとともに、宇宙から社会や人々を見つめています。信心深い仏教徒でありながら、キリスト教を深く理解しています。明治期にこのようなスケールの大きい人間が育ったことは驚きですが明治期だからこそ育ったといえるかもしれません。明治から昭和の初期にかけての子どもたちや青少年に賢治の童話についていくのは至難のことだったろうと思います。賢治の作品が賢治の在世中はあまり人に知られず、そのすぐれた価値はかくれていましたが、死後年を追うごとに多くの人に親しまれるようになったとのことです。ただ、この物質的豊かな時代の人間に賢治の心をほんとうに汲みとることができるのかが大きな問題だと思います。
「銀河鉄道の夜」についての感想や感じたことがあればお聞かせ下さい。
「星の王子さま」とあわせて、一度意見交換会を持つのも一つかと思います。そのときは是非ご参加下さい。

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