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2012年4月 1日 (日)

自律神経失調症患者に産業医が賠償責任

【判例紹介】

 自律神経失調症で休職中の患者に対する産業医の言動が注意義務に反するとして、その不法行為責任が認められた事例  [ 損害賠償請求事件  大阪地裁平23.10.25判決 ]

<判例時報2138号81頁コメント>

1 X(原告患者)は,昭和62年から財団法人に勤務しているが,自律神経失調症により,平成20年6月30日から平成21年4月26日まで休職していた。
 Xは、休職中の平成20年11月26日、前記財団法人の産業医を務めていた医者であるY(被告産業医)と面談したが、YはXに対し、「それは病気やない、それは甘えなんや」「薬を飲まずに頑張れ」などと言い、前向きな生活をするよう励ました。
 しかし、Xは、Yとの面談後、病状が悪化し、精神的苦痛を被ったとし、Yに対して、530万円の損害賠償を請求した。
 これに対し、Yは、Xとの面談は、Xの復職判断のために行ったものではなく、相談的なものに過ぎず、Yの言動は、産業医としての注意義務に反するものではない、などと主張した。
2 本判決は、Yは、Xが自律神経失調症で休職中であることを知りながら、その病状を悪化させる危険性が高い言動を行ったのであるから、産業医としての注意義務に違反すると判断して、Yの不法行為責任を肯定し、Yに対して、慰謝料30万円等合計60万円の支払いを求める限度で、本請求を認容した。
3 産業医とは、事業者の委託により事業場で働く労働者の安全と健康の確保、災害の防止などを行う医師である(伊藤正男ほか編・医学大辞典962参照)。
 医師は、患者に対する情報提供と患者との対話を尽くして、患者が納得のできる治療方法を共同して決定できるように努力すべきであるとされているが、精神障害患者にあっては、意思決定能力が十分に備わっていない患者もあるため、病状の説明、治療の要否、その方法などの説明に当たっては、特段の配慮が必要であろう(中村哲「医師の説明義務とその範囲」新・裁判実務体系(1)69以下参照)。
 本判決は、自律神経失調症により休職中の者と面談した産業医の言動が注意義務に違反するとして、その責任を認めた珍しい裁判例であり、実務上参考になろう。

<注意義務違反についての判決の判示>

 これに関する判決文をそのまま以下に引用します。

2 本件面談における被告の言動が注意義務に反するものであったか
 (1) 前記1(3)、(4)、で認定した事実によれば、被告は、原告が自律神経失調症であり、休職中であるという情報を与えられた上で、原告との面談に臨んでいたにもかかわらず、原告に対し、薬に頼らず頑張るよう力を込めて励ましたり、原告の現在の生活を直接的な表現で否定的に評価し、その克服に向けた努力を求めたりしていたことが認められる。
 (2) ところで、被告は、産業医として勤務している勤務先から、自律神経失調症により休職中の職員との面談を依頼されたのであるから、面談に際し、主治医と同等の注意義務までは負わないものの、産業医として合理的に期待される一般的知見を踏まえて、面談相手である原告の病状の概略を把握し、面談においてその病状を悪化させるような言動を差し控えるべき注意義務を負っていたものと言える。
 そして、産業医は、大局的な見地から労働衛生管理を行う統括管理に尽きるものではなく、メンタルヘルスケア、職場復帰の支援、健康相談などを通じて、個別の労働者の健康管理を行うことをも職務としており、産業医になるための学科研修・実習にも、独立の科目としてメンタルヘルスが掲げられていることに照らせば、産業医には、メンタルヘルスにつき一通りの医学的知識を有することが合理的に期待されるものというべきである。
 してみると、たしかに自律神経失調症という診断名自体、交感神経と副交感神経のバランスが崩れたことによる心身の不調を総称するものであって、特定の疾患を指すものではないが、一般に、うつ病や、ストレスによる適応障害などとの関連性は容易に想起できるのであるから、自律神経失調症の患者に面談する産業医としては、安易な激励や、圧迫的な言動、患者を突き放して自助努力を促すような言動により、患者の病状が悪化する危険性が高いことを知り、そのような言動を避けることが合理的に期待されるものと認められる。
 してみると、原告との面談における被告の前記(1)の言動は、被告があらかじめ原告の病状について詳細な情報を与えられていなかったことを考慮してもなお、上記の注意義務に反するものということができる。

【私の意見】Up63

1.自律神経失調症は「神経症やうつ病に付随する各種症状を総称したものであり、疾患名ではなく、器質的病変もない]とされています。Yは自律神経失調症を軽んじておりこれが前記言動となったと思われます。

2.しかし好き好んで会社を休む人はいません。従業員の側にストレスが重なり休職せざるを得ない事情がどこかにあるはずです。その原因につき医師の立場から考慮の上、原因が企業の側にあるときは企業に職場環境の改善を要求し、本人の側にも原因がある場合は本人の生活改善を求めるのが産業医の役割と言えます。YはXの話を聞くことなく「それは病気やない。それは甘えなんや」と決めつけており、医師としての注意義務違反を問われてもやむを得ないと思われます。

3.産業医はかつては事業主目線で従業員を管理するという視点の人が少なくありませんでした。メンタルヘルスケアが重視されるようになり、従業員の立場を理解するすぐれた産業医が増えてきました。しかし、主治医と比べると、今なお産業医は管理者の目線で従業員を見ている傾向は否定できません。

4.当事務所に自律神経失調症で休職中の労働者から職場復帰の相談を受けることは少なくありません。その場合、まず主治医に“なぜ、うつ病ではなく自律神経失調症と診断したのが”“自律神経失調症の原因は何か”“職場復帰のため何をどう改善する必要があるのか”を尋ねます。本人が自分で会社と話し合うことが可能であれば、弁護士は職場復帰に向け本人にアドバイスする立場に徹します。本人がこの問題にかかわることが更にストレスを増すようであれば弁護士が代理人として交渉することになります。

5.以下には「自律神経失調症」についての医学辞典の記載と、産業医についての厚生労働省のパンフレットを参考までに紹介します。

【自律神経失調症】

<南山堂「医学大辞典」より>

 一般に種々の身体的自律神経性愁訴をもち、しかもこれに見合うだけの器質的変化がなく、原因も不明であり、自律神経機能失調に基づく一連の病像をいう。
 思春期から40歳代の間に好発し、男性より女性に多い。症状としては、自覚的なものが多く、頭痛、めまい、疲労感、不眠、ふるえ、四肢冷感、発汗異常、動悸、息切れ、胸部圧迫感、胸痛、食欲不振、胃部膨満感、便秘、下痢など多彩である。臓器選択制をもつ場合もあり、心臓神経症、胃腸神経症、呼吸神経症などの名称がある。診断は、まず器質的疾患がないことを確かめなければならない。つぎに心因の有無を知るため面接や心理検査を行い、さらに自律神経系の検査を施行する。治療の基本は精神療法であり、補助的に精神安定薬および自律神経遮断薬などを併用する。

<「ウィキペディアより」>

[概念]
日本心身医学会では「種々の自律神経系の不定愁訴を有し、しかも臨床検査では器質的病変が認められず、かつ顕著な精神障害のないもの」と暫定的に定義されている。
 この病気は昭和36年ごろに東邦大学の阿部達夫が定義したものであるが、現在も医学界では独立した病気として認めていない医師も多い。疾患名ではなく「神経症やうつ病に付随する各種症状を総称したもの」というのが一般的な国際的理解である。
 この病気は実際にはうつ病やパニック障害、過敏性腸症候群や身体表現性障害などが原疾患として認められる場合が多く、原疾患が特定できない場合でもストレスが要因になっている可能性が高いため、適応障害と診断されることもある。また、癌などであっても似たような症状が表れることがある。

また、原疾患を特定できない内科医が不定愁訴などの患者に対し納得させる目的でつける、と言う否定的な見解もあり、内科で自律神経失調症と診断された場合は心療内科・精神科などでカウンセリング・投薬治療を受けることを勧められている。

[治療]
 多くの患者は内科ではなく心療内科や神経科に通院する。治療には抗不安薬やホルモン剤を用いた薬物療法や、睡眠の周期を整える行動療法などが行われている。最近では体内時計を正すために強い光を体に当てる、見るなどの療法もある。
 西洋医学での改善が認められない場合は、鍼灸・マッサージ・カウンセリングなどが有効な場合もある。
 
成長時の一時的な症状の場合、薬剤投入をしないで自然治癒させる場合もある。また、自ら自律訓練法を用いて心因的ストレスを軽減させ、症状を改善させる方法もある。

【産業医について~その役割を知ってもらうために~】
      (厚生労働省 安全衛生関係リーフレット等一覧
                        「産業医について」より)

<産業医の選任>

 事業者は、事業場の規模に応じて、以下の人数の産業医を選任し、労働者の健康管理等を行わせなければなりません。
(1)労働者数50人以上3,000人以下の規模の事業場 ・・・ 1名以上選任
(2)労働者数3,001人以上の規模の事業場 ・・・ 2名以上選任
 また、常時1,000人以上の労働者を使用する事業場と、特定の業務に常時500人以上の労働者を従事させる事業場では、その事業場に専属の産業医を選任しなければなりません。

<産業医の職務>

 産業医は、以下のような職務を行うこととされています。
(1)健康診断、面接指導等の実施及びその結果に基づく労働者の健康を保持するための措置、作業環境の維持管理、作業の管理等労働者の健康管理に関すること。
(2)健康教育、健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るための措置に関すること。
(3)労働衛生教育に関すること。
(4)労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置に関すること。
 産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができます。また、産業医は、少なくとも毎月1回作業場等を巡視し、作業方法又は衛生状態に有害のおそれがあるときは、直ちに、労働者の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならないこととなっています。

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コメント

はじめまして。
今日のネットニュースでソニータコ部屋を読み、そう言えば意味ない仕事という事で国鉄清算事業団を思い出し、こちらに参りました。

私は、現在こちら労務系に興味を持っており、経営者側ではなく労働者寄りの考え方を持ち、画期的な判決だねと思っております。

この問題の根底には、専属産業医という視点が、企業規模でもかけていますよね。
以前大会社に所属しておりましたが、分割して中小に位置づけられるようになっている企業組織、そして、専属産業医も単年度契約嘱託と知りそりゃ経営によるよなと思えてなりません。
そうしないと、先生自身が失業ですからね。
そして、委託制度があること自体もいかがなものかと思っておりました。
こういう裁判結果から、労働者むきに解雇やいじめに向かわない産業医のあり方を作るべきなのかなとか思ってしまいました。
そもそも論で、こういう産業医は医師法による守秘義務を違反していることになりますよね。

投稿: sakuransha | 2013年4月 2日 (火) 20時31分

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