« 「西洋化」の終わりと岐路に立つ日本経済 | トップページ | 「独立役員」東証上場187社が未確保 »

2010年4月 6日 (火)

くたばれGNP GNH(国民総幸福)へ

【私の意見】Up63

 1968年度には日本のGNPが50兆円を突破し西独を抜いて世界2位に躍り出ました。私は1969年4月1日に弁護士となりましたが、その頃にイタイイタイ病をはじめ熊本水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそく病など四大公害について訴訟が提起されました。1970年5月に朝日新聞が「くたばれGNP」の連載記事を組み、公害や自然環境、サラリーマンの働き過ぎ、地方の過疎化など高度経済成長のマイナス面に焦点をあてたのは時宜を得たものであったと思います。日本は今年中国に抜かれ42年ぶりにGDP世界2位の看板を下ろすことになりますが、この42年の間に日本人は心豊かに安らげる生活を送ることができるようになったでしょうか。事態は逆で、うつ病に陥る人が激増していますし、自ら命を絶つ人はこの十数年にわたり3万人を超えています。私は3月29日のブログで「『西洋化』の終わりと岐路に立つ日本経済」という記事を書きましたが、実際は西洋は私たちのはるか先に立っており、モノの生産量では西洋を追い抜いたとしても、国民一人ひとりの豊かさではついぞ及んでいないのが現実だと思います。日本がGDP世界2位の地位を中国に奪われるのは、私たち日本人に冷静な目で人々の幸せは何かを考えさせるきっかけとなることでしょう。あと20年たてば日本人もヨーロッパの人々と同じようにおだやかで心豊かな生活を楽しんでいるかもしれません。それに向けて私たちは社会のありようを追究していく必要があります。GNPに関する本年4月3日(土)の朝日新聞の記事は長文ですが、以下引用します。この記事を書いたあと4月5日の日本経済新聞に「幸福度重視うまくいくかナ」「『成長二の次』なら悲惨に」という記事が掲載されました。その抜粋を末尾に紹介します。

                   (4月3日 朝日新聞 より)
【GNP 「世界2位」にも冷めていた】

 戦後の焼け野原からスタートした敗戦国ニッポン。“世界2位の経済大国”という看板は、国民にとってようやく手に入れた勝ち組の勲章のようなものだと思っていた。
  (中略)
 朝日新聞の紙面でおさらいしよう。「西独を抜き2位」という68年度の経済見通しを伝えたのが68年1月。翌年6月には、日本のGNPが50兆円を突破、予測通り2位になったと報じている。
 おやっと思うのは、いずれも1面の記事ながら、トップではなく、左肩、4段見出しの扱いなこと。経済面や社会面に関連記事もない。先のバンクーバー五輪で、浅田真央選手の「2位」を伝えた記事の方がはるかに大きい。
 68年8月12日の「天声人語」が国民の気分を代弁していたかも知れない。「へえ、自由世界二位の経済力でこんな生活かと、あまり実感がわかぬ」とある。70年5月に始まった関連記事となると、さらに挑発的だ。その名も「くたばれGNP」。公害や自然破壊、サラリーマンの働き過ぎや地方の過疎化など高度経済成長のマイナス面に焦点をあてて全18回、5カ月に及ぶ大型シリーズだった。

【GNH(国民総幸福)】

 明治学院大教授(文化人類学)の辻信一さん(57)は、「スローライフ」と「GNH」をキーワードにした環境文化運動の旗手として知られる。GNHはGNPのP(プロダクト)をH(ハピネス)に置き換えた概念で、「国民総幸福」と訳される。
 辻さんによると、GNHを提唱したのはブータンの先代国王。74年の戴冠式のことだという。その6年前には、米国大統領を目指しながら凶弾に倒れたロバート・ケネディ氏が「国の富を測るはずのGNPからは、私たちの生きがいのすべてがすっぽり抜け落ちている」と述べている。
 「70年代初めは、世界的に見て『成長の限界』論など、成長主義への疑問が噴出する時代です」と、辻さん。
 そもそも、プロダクト(モノ)に重きを置いた成長が、永遠に続くと考えることに無理がある。自然環境や伝統文化との相性も悪い。GNPを成長の指標とする国民経済統計の枠組みが日本に導入されたのは戦後のこと。当時は米国にとっても新しい概念で、「日本はGNPの実験場だった」と、辻さんは見る。
 「絶対的な権威の響きをもったGHQ(連合国軍総司令部)と同様、戦後の日本人はGNPという意味のよくわからない言葉を、まるで呪文のように唱えたのでは」
 90年代に入り、指標はGNPからGDP(国内総生産)に代わり、日本は低成長期に入った。だが、増え続ける国の財政赤字や広がる格差など山積する問題の解決策として、経済成長への期待は、サザエたちの時代よりむしろ高まっているようにも感じる。

【モノより幸せ】

 一方で、「モノより幸せ」という風潮も広がっている。仏大統領が「(国力の比較に)長期休暇や環境への貢献など『幸福度』を加えるべきだ」と発言し、英国の保守党首は具体的にGWB(総合的幸福)という考え方を提案している。日本では民主党政権が新成長戦略策定に向け、幸福度の指標化を目指す。
 くしくも今年は、日本が中国に抜かれ、「GDP世界2位」の看板を42年ぶりに下ろす年になるはずだ。
 嘆くばかりでは能がない。辻さんの言葉を借りれば、「経済成長至上主義という信仰から抜け出すチャンス」なのだから。 (坂本哲史)

【GDPの世界3位転落は気になる? 「成功物語」への郷愁】

 「失われた10年」と、その後のデフレで停滞する日本経済が、GDP(国内総生産)で中国に抜かれる日が近づいています。「世界2位の経済大国」という看板を下ろすことに感傷を覚える人が少なくない一方で、GDPと国民生活は無関係という見方も目立ちました。
     (中略)
 日本のGDPの3位転落が気になりますか? beモニターに訪ねた結果、ほぼ半数の47%が「はい」と答えた。3位転落を悲観する人の中には、冒頭の男性同様、終わったばかりの5輪に言及する声が目立った。
     (中略)
 一方の「気にならない」派では、「生活レベルで世界2位を実感したことがない」という声が圧倒的。団結する前提が崩れたという見方も目立つ。「日本型終身雇用・年功序列社会では『GDPの大きさ』イコール『国民生活の豊かさ』だった。GDPが国民生活と遊離し関心も薄れた」(神奈川、74歳男性)、「昔はGNPが伸びるのは良いことと思っていたが、今はGDPは企業の業績にすぎないと感じる。雇用の安定が崩れた今、国民の生活とは結びつかない」(宮城、50歳女性)。
 豊かな国民生活とは何か?海外体験に基づく意見は示唆に富む。「スペイン旅行の際に案内人から、この国の公務員は安月給でも別荘を持ち、家電などを大事に使ってつつましく優雅に暮らすと聞いた。本当に豊かなのはどちらか考えさせられた」(埼玉、59歳男性)、「瀕死の経済と言われた時代の英国で暮らしたが、社会資本が整備された中での生活の豊かさに感服した」(千葉、68歳男性)。
 冷静に考えれば、永遠の経済成長など不可能。大量消費社会は、地球環境にも良くない。
 「いまだにGDPにこだわっていること自体おかしい。昭和的価値観の転換期に来ている」(大阪、44歳男性)、「GDPなど中国にさっさと抜いてもらい、国のあり方を考え直す時だ」(石川、42歳女性)。
 GDPに代わる幸せの指標に必要だと思う要素のトップは「健康」だった。「健康を害する人が多く、医療費がかさめばGDPも上がる。それが幸福と言えるのか」(東京、53歳男性)。もっともだ。

【オリンピックのメダル獲得数は欧米で注目度低い】

 オリンピックの国別メダル獲得数は、欧米ではあまり話題になることがないそうだ。
 京都大学経済研究所の佐和隆光特任教授によると、毎四半期ごとに経済成長率が報道され、それに一喜一憂するような国も例外的だという。
 「一般的に国民生活に関係した経済指標として関心を向けられるのは、失業率をはじめとした雇用関係の統計です。日本は幸いにも完全雇用に近い時代が長かったため、人為的に作られた推計値に過ぎぬGNPやGDPを絶対視するようになってしまった」
 佐和教授が、GDPと最も深い関係があると指摘する私有財は自動車だ。自動車が売れまくる中国は急成長を続け、日本では保有世帯が約8割に達した1990年代以降、成長が伸び悩むようになった。いくら携帯電話やデジタル家電が売れても、成長を引っ張るには限度がある。
 「極端に言うと、雇用さえ安定しているならば、ゼロ成長でも不都合はない。中国に抜かれるのは、GDPへの行き過ぎた関心を見直す絶好のチャンスだと思いますよ」

【幸福度重視 うまくいくかナ 「成長は二の次」なら悲惨に 論説委員長平田育夫】
                (4月5日 日本経済新聞 より)

 幸福のパラドックス(逆説)と経済学者は呼ぶ。経済が成長しても人々が幸せを実感できない国はけっこう多い。世界第2位の経済大国にして自殺率も先進29カ国中2位の日本は悲しいかな、その好例か。
 鳩山政権は国内総生産(GDP)だけではわからない「幸福度」を測る指標を作り、政策に生かそうと動き始めた。
 その発想には共感できる。しかし簡単な話ではない。「幸福な家庭は互いに似ている」(トルストイ)とはいえ、幸福感は主観的なもの。何をモノサシにするかは以外に難しい。
 また仮に「成長は二の次」という風潮が広まれば、高齢化社会を乗り切れるかなど多くの疑問符がつく。
      (中略)
 幸福度指標は苦闘の歴史である。あえてまた試みる狙いは何か。
      (中略)
 とはいえ、新しい公共が担える部分はまだ限られている。たとえば雇用創出。遠い将来はともかく320万人もいる失業者を救う力は大きくない。
 第2に幸福度重視に傾くことで、政府はそう思わなくとも経済成長を軽視する風潮をあおる恐れがある。現に「ゼロ成長でも配分の改善で幸福度は高まる」という経済学者もいる。
 経済が成長しないと公的債務の返済負担が高まる。それに、高齢者を養う現役世代の荷も重くなる。こうした日本の現実もよく考えなくてはならない。
      (中略)
 第3に、働きがいや人とのつながりが充実しても、幸せになれない人は多いだろう。英社会心理学者、ホワイト氏の調べでは日本人の幸福度は178カ国中、90位と低い。昨今は低賃金で苦労する人や過重労働でふさぎ込む人も増えた。
      (後略)

|

« 「西洋化」の終わりと岐路に立つ日本経済 | トップページ | 「独立役員」東証上場187社が未確保 »

新聞記事」カテゴリの記事

コメント

◇「特定非営利活動法人国際建設機械専門家協議会」代表理事の白井 一と言います。たまたま地域支援の一環で消費者活動と消費者製品、たとえば変額保険、大型フリーローン、不動産小口化投資ローン等の被害者支援を続けてきたことから、弁護士先生との縁があり、弁護士先生の中には本当に身銭を切り、汗も名がり勇気も振り絞って活躍されている先生がおられることを知りました。又今回は清水先生のように若手の弁護士先生の人造りをされている先生の存在を知り、改めて「日本もいい国だな」と思った次第です。

◇今朝はブータンのGNHのについて、日本の国民にどうわかりやすく説明できるか思案しながら新聞を読んでおりました。「特定非営利活動法人国際建設機械専門家協議会」は本業として、開発途上国への技術支援を目的として設立してますので、当然長い間開発途上国で人づくりを行ってきました。5年間ほど、GNHで有名な、又、昨年11月に来日して、爽やかな話題を残してブータンの国王が帰国されましたが、そのブータンで、道路整備技術支援をしてきたこともあって、ブータン国王の歓迎会でも懐かしく国王と対面した次第です。

◇この4月に「GNHとは何?」という素朴な質問にお答える講義を都内の大学のエクステンションセンター行う計画です。ブータンの先代国王が「GDPよりGNHの方が大切」と言われたのがそもそもの始まりですが、当方などの頭には、GNPは単なる経済指標で国民の幸せや国の豊かさとは、あまり関係ないと思っておりましたので、耳新しいものではありませんでした。それはソニーの創設者の一人である盛田昭夫氏が「学歴無湯論」を書いて社会に一石を投じたのに似ており、現実は学歴が跋扈しているにもかかわらず「本当は学歴でなく学力ですよ」と言っていることに似て、当然のことと理解していた次第です。しかし1970年代の前半にGNPの無意味さの一端を吐露された先代国王は、電気もない、道路もまともにない国でありながら天晴としか言いようがありません。その先見性というより、その見識は、今の日本国民に知っていただくことは大切と、数年前から機会があればお話をしてきました。

◇清水先生のプログは「くたばれGNP」を検索して最初に開いたのがご縁です。ただくたばれGNPに止まらず、多くの素晴らしい意見を発表されておられることを知り、「すばらしい活動ですね!!!」とエールを送りたいと思っておりましたら、最後にコメントの欄がありましたので、本コメントを述べさせていただいた次第です。是非勉強会などに参加させていただきたいと願っております。余談ですが、PL訴訟の技術鑑定もこの数年、地域支援の一環で、ご要望に基づいて幾つか手がけました。ボランティア作業ですが、極めて大切な仕事だと思います。今後の益々のご活躍を願っております。白井 一拝

投稿: 白井 一 | 2012年1月16日 (月) 13時59分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「西洋化」の終わりと岐路に立つ日本経済 | トップページ | 「独立役員」東証上場187社が未確保 »