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2010年3月29日 (月)

「西洋化」の終わりと岐路に立つ日本経済

(3月28日 日本経済新聞
        〔経済論壇から 東京大学教授 松井彰彦〕 より)

【私の意見】Up63

 明治維新以来“富国強兵”政策のもと欧米に追い付き追い越せと走ってきた日本国の経済は今歴史の大きな岐路に立っています。GDPで中国が日本を追い抜くときが来ました。韓国企業は欧米でもアジアでも日本企業を凌ぐ勢いで走り続けています。西洋の終焉(しゅうえん)は、アジアにおける日本の終焉でもあります。
 3年間日本経済新聞の「経済論壇から」のコーナーを担当してきた松井彰彦東大教授が、福田慎一東大教授に担当をバトンタッチするにあたり、まとめた記事を以下ご紹介します。
 松井教授は高等教育や科学技術研究の重要性を強調しています。その点はそのとおりなのですが、50年ほど前日本の中学生が数学でも理科でも世界一をとった頃と比べると何が違うのかというと、教育水準や研究投資の劣化というよりも、私は日本人全体の意欲の減退が最も大きいのではないかと思います。将来への夢をもたない子供たちや日々疲れ果てている大人たちに高等教育や科学研究の重要性をいくら強調しても、腹の底からのやる気を失っている子どもたちや大人たちの心を揺るがすことはできません。今の日本は、日本人同士が互いの足を無意味かつ無神経にひっぱりあっている社会になり変ってしまったと私の目には映ります。人々がお互いを信頼しあえる社会を築かないかぎり、世界に誇れる質の高い製品や文化が生まれる筈がないと思います。
 以下は松井教授の記事の引用です。

【中国のGDPがいよいよ日本を追い抜くときがきた】

 週刊誌の大学合格者ランキングも一段落し、間もなく新年度。入学や入社を間近に控え、期待と不安の入り交じった気持ちの人も少なくないだろう。新しい環境の下、多くのことを学ぶとともに、しばらくは様々な決断を迫られる緊張した日々が続くことになる。日本経済もそうした決断を迫られる「歴史の岐路」に立っているのではないか。
         □       □
 改革開放以来、格差の増大に目をつぶってひたすら成長を追い求めてきた中国の国内総生産(GDP)がいよいよ日本を追い抜くときがやってきた。
 国際公共政策研究センター理事長の田中直毅氏(中央公論4月号)は、近代化のチャンピオンとしての地位を中国に奪われた日本は、否が応でも「脱近代」を目指し、中国との差異化を求めていかなくてはならない立場に追い込まれたと指摘する。
 そうした差異化が特に重要となるのは産業界だろう。  (中略)

【近代化と脱近代化・脱工業化】

 近代化とは先進国へのキャッチアップの過程であり、脱近代化とはキャッチアップした後にいかに他国と差をつけていくかの過程のことである。早稲田大学教授の若田部昌澄氏(本紙「経済教室」3月1日付)は、アギヨン米ハーバード大学教授とダーラウフ米ウィスコンシン大学教授らの差異化への処方箋(せん)を紹介している。
 それによると、研究開発投資の場合、発展途上国では世界の知識の最先端にキャッチアップすることが成長の原動力になるが、既にキャッチアップが終わった先進国では研究開発によって新しい知識そのものを作り出していくことが望ましい。その際、教育の役割が大切なのは当然として、知識の最先端から距離がある場合は初等・中等教育の役割が大きく、日本のような先進国の場合は大学以降の高等教育の役割が大きいという。
 先進国にとって、脱近代化は同時に脱工業化の過程でもある。早稲田大学教授の野口悠紀雄氏(週刊ダイヤモンド3月13日号)は、先進諸国間でも脱工業化に成功した国と、そうでもない国の間の差が開きつつあると指摘する。前者の中心は付加価値の高い、高度の知識をベースにしたサービス産業で、「脱工業化社会の基礎をつくるのは、高等教育である」と述べている。 (中略)

【品質という日本が世界に誇れる資産を磨くには】

 しかし、先進国が競って未来への投資としての高等教育や科学技術予算を増やす中、日本はその流れに逆らうように、関連予算を削減してきた。伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎氏(文藝春秋4月号)は、品質という日本が世界に誇れる資産を磨くには、中間層の能力を高める教育と科学技術の振興が欠かせないのに、高度経済成長期に英国を上回っていた高等教育を巡る現状は「今は暗い」と述べ、このままでは日本が極東のただの島国になり、国民は貧しい生活を強いられかねないと警鐘を鳴らす。
 もちろん高等教育の充実には、その担い手である大学も、社会における自らの役割を真剣に考えなくてはならない。東京大学教授の金子元久氏(本紙「教育」3月22日付)は、グローバル化を背景に、各国の大学教育の質を巡る競争が熾烈になっており、大学には「新しい経済活動を創造し、支える人材をどのようにして育成するかが問われている」と述べている。

【西洋の終焉という歴史的転換期】

 米ハーバード大学のニーアル・ファーガソン氏(フォーサイト4月号)によると、現在私たちが直面している状況は、西洋の上昇の終焉という歴史的転換期であるという。彼が歴史学者として学んだのは未来は一つではないということであり、私たちの前には未来について複数の選択肢があるという。
 ファーガソン氏が描く未来図は二つ。一つは日本を含む西洋諸国が停滞し、非西洋諸国が伸長、中国が世界一の経済大国になるというもの。もう一つは先進諸国が様々な改革に成功し、経済復興を成し遂げる半面、格差が広がった新興国で政治不安が高まり、それが成長の重荷になるというシナリオである。
 このうち後者のシナリオが実現するかどうかについて、同氏は先進諸国の「人々が『厳しい選択』をするかどうかにかかっている」と述べている。

【過去の成功体験に決別を】

 日本の政策や制度は未だに過去の成功体験に縛られているといっても過言ではない。欧米より短期間に近代化に成功してしまったがゆえに、制度や意識の転換が追いつかなかったことが、停滞の主因であろう。どの大学に入るかにばかりに焦点が当てられ、大学で何をするかには注目が集まらないことも、高度成長期の残渣(ざんさ)の一つである。
 しかし、歴史を見ても時代の変化に適応できない(できなかった)組織や国家は衰退するのみである。私たちは過去の成功体験にすがるのではなく、新入生は新入社員のように、謙虚な気持ちで自国をみつめ、厳しい選択を採る必要に迫られていることを肝に銘じなくてはならない。先行きが見えない時代だからこそ、小手先の弥縫策(びほうさく)ではなく、私たち自身が一人ひとりの能力を地道に伸ばしていくことがますます重要になっていることを銘記して、3年間にわたる経済論壇の筆を擱(お)くことにしたい。

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