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2010年1月11日 (月)

移民と築く街の将来 日本前へ

【私の意見】Up63

 標題の1月9日付け朝日新聞の記事に私は大きなショックを受けました。記事の長い引用ですがご覧下さい。日本では欧米以外の外国人や移民を心から受け入れる姿勢がなく、石原都知事の発言に代表されるように外国人を犯罪者集団のように見る傾向があります。そのような流れを日本人ではなく韓国系教会が中心となって変えようとしています。また日本における外国人研修制度は3Kの職場で外国人を悪い労働条件のもとで酷使し社会問題化しています(09年4月26日ブログ「搾取国日本 外国人研修生死者最多33人」)。韓国では日本をモデルにした外国人研修制度をとっくに廃止しています。衛星放送(BS1)でインドネシアの少数民族の子供たちは自国語も含め文字を知らなかったのがハングル語で生まれてはじめて文字を学んだこと、中国ではアフリカ村ができていることが報道されていました。韓国人や中国人のアジアやアフリカの人々に対する目線は自国民と同じ目線であり、日本人とは本格的に違っています。「貿易立国」「技術立国」を標ぼうし、先進国の目線からしか欧米系以外の外国や外国人を見ない日本及び日本人は世界から大きく取り残されていきます。

【移民と築く 街の将来 日本 前へ】
                  (1月9日 朝日新聞 より)

 吸い殻や空き缶が散乱する道を約50人のホームレスが掃除し始めた。
 新年早々の3日午前7時、東京・大久保。気温1度。息が白い。人通りがほとんどない中、かじかむ手で一心にゴミを拾う。
 近くにある韓国系の東京中央教会の活動だ。1985年に来日。夫とともに教会を開き、日本国籍を取得した韓国出身の三井百合花牧師(52)が、韓国人と日本人のスタッフ、信者とともに世話をする。
 7年前、日曜は礼拝後に食事を出すと聞きつけたホームレスたちが集まるようになった。地元の困惑を和らげようと、月1回の清掃活動を呼びかけた。
 路上生活1年の男性(60)は「最初は牧師が韓国系の人で驚いたが、炊き出しは助かる。掃除はせめてものお返し」。約1時間で約600メートルの通りがきれいになった。その後、教会内でみなでカレーライスをほおばった。

<様々な人・文化 流入>

 117カ国の外国人が暮らす新宿区。中でも大久保は4人に1人が外国人で、1丁目はそれが半数にもなる。
 最も多いのは韓国人。韓国系の店は300を超え、週末はもちろん平日も韓国人俳優のグッズや韓国料理を目当てに女性たちが押し寄せる。
 にぎわいの一方で、地元の日本人たちの表情は複雑だ。化粧品店を営む森田忠幸さん(58)は「住民や店主の中に『乗っ取られ感』をもっている人は少なくない」。ゴミ出しなどのルールもなかなか浸透せず疲れも感じる。
 それを察知して、教会だけでなく韓国コミュニティーも動き始めた。昨年、「新宿韓人発展委員会」を作った。月に1回、地域を清掃する。
 朴栽世委員長(49)は「範を示し、韓国系の店を啓蒙したい。続けることが地元に理解をしてもらう第一歩」。
 大久保は歌舞伎町に近く、日本語学校も多い。80年代から外国人のホステスや学生が住む。そんな人たち向けの飲食店などができ、それがさらに外国人を呼び込んだ。90年代後半からは日本人客も取り込み、多様な人や文化を抱く街ができていった。

 元日の東京・JR新大久保駅。ほとんどの店のシャッターが閉まる中、黒人や浅黒い肌の人たちが続々と集まってきた。国籍はミャンマー(ビルマ)、バングラデシュ、パキスタン、インドネシア・・・。200人近い。この日は金曜日。近くの雑居ビルにあるモスクに礼拝に来た人たちだ。
 礼拝後は、食肉などをイスラム教の流儀で処理したハラ―ル・フード店がにぎわった。色とりどりの香辛料や豆などが並ぶ。ここ1、2年で増え、付近に7店。店を開いて10年、最古参のナッセル・ビン・アブドラさん(50)はインド人。「日本大好きよ。日本人は礼儀正しく、時間も守る。これからも暮らしていくよ」
 地元の不動産業者は、以前は外国人お断りの大家がほとんどだったが、ここ数年は受け入れる人が増えたという。地元の経済は今や外国人抜きでは考えられない。「排除から共生へと軸足は動いている」
 日本に住む外国人は約220万人、20年で約2倍になった。今後も増え続けるだろう。軋轢や課題を抱えながらも多様性を深める「オオクボ」は、その日本の将来を一足先に描き続ける。(編集委員・大久保真紀)

【移民政策 逃げず議論を 中央大兼任講師 宣元錫(ソン・ウォンソク)さん】

 日本をモデルにして90年代初めに導入した研修制度を、韓国はすでに廃止し、別の制度に切り替えている。
 人権侵害や不法就労などが社会問題化し、議論を重ねた。結果、2003年に外国人を非熟練労働者として正規に受け入れる雇用許可制を制定した。
 また、00年以降は農林漁業従事者を中心に国際結婚が増え、外国人の多様化が進む中、05年に永住外国人に地方参政権を与えた。07年には「在韓外国人処遇基本法」を制定して、「社会統合」と「共生」の理念を打ち出した。国と自治体の責務として差別防止や人権擁護などへの努力と支援、国民の啓発などを明文化している。
 具体的には、外国人に無料で450時間かけて言葉と文化を教えるプログラムがあり、履修者は永住権や国籍取得の際に優遇される。
 移民政策の転換は、10年続いた金大中・盧武鉉のリベラル政権と、民主化運動で力をつけた市民セクターの問題提起と行動に負うところが大きい。
 今、政府はさらに高い技能を持った人材の獲得を目指して二重国籍容認の方針も示している。
 日本は外国人が人口に占める割合が2%弱と韓国とほぼ同じなのに、「管理」の発想が前面に出ている。外国人労働者が必要かどうかという正面からの議論を避けたまま、脇の扉から日系人や研修生を入れている。EPA看護師候補生らについてもそうだ。
 社会統合もまだほとんど進んでいない。このままでは、低学歴で無職だったり、不安定な職にしかつけなかったりする異文化出身の子どもが社会の底辺に増えていくことになる。それは日本が望んでいることではないだろう。
 多様性はいいものだ。明治以降、日本には外国のものを採り入れて発展した歴史がある。政治、労働、産業界も外国人について自分の問題としてとらえ、逃避しないで考えるべきだ。

<ソン・ウォンソク>

 1965年韓国生まれ。一橋大大学院修了後、金大中政権下で大統領諮問政策企画委員会専門委員。02年に再来日し、現在は日韓の外国人労働者や移民政策などについて調査研究している。

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