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2009年3月

2009年3月30日 (月)

鉄建公団訴訟高裁判決 組合差別を認定

【一審判決とほぼ同じ】

 3月25日鉄建公団訴訟の控訴審判決がありました。鉄建公団訴訟の控訴審の審理については2008年2月18日付ブログで「高裁、中曽根元総理の労組壊滅政策にメス」という記事で紹介しました。中曽根元総理の考えに忠実に国鉄当局は徹底した組合差別(不当労働行為)を行いましたが、東京高裁第17民事部(裁判長南敏文)はこれにメスを入れるべく、当時の国鉄における労働組合対策の指揮官葛西敬之氏(現JR東海会長)と国労副委員長の嶋田俊男氏の証人尋問を行いました。南裁判長は電通事件(若い電通社員が長時間勤務でうつ病になり自殺した事件)で電通の責任を全面的に認めた裁判官です。原告団も私たち弁護団も今回の判決に期待していました。不当労働行為(組合差別)はきめ細かく認定してくれましたが、結論としては残念ながら控訴審判決は2005年9月15日に言渡された一審判決(東京地裁民事36部)と同様の内容でした。私たちが訴えていた解雇無効は一審判決同様認めず、JRに採用されるとの期待権が侵害されたとして500万円の慰謝料と弁護士費用50万円のみを認めました。一部の原告については請求が全部又は一部棄却されました。弁護士費用は控訴審になって追加請求したため全体として4億1000万円増え一審判決によって回収した25億円余りとあわせ29億円余りが原告団に入金したことになります。
 なお、20年余りにわたり国労側のエース証人であった嶋田敏男さんがつい先日亡くなりました。私は証人尋問を担当し、嶋田さんのお住まいの敦賀市に3度打ち合わせに行きましたが論理的ですばらしい人を失い、さびしい限りです。

【中西判決】

 ところで東京地裁民事19部(裁判長中西茂)は2008年3月13日原告らの請求権は21年の時間の経過のうちに消滅時効が完成し消滅したとして原告の請求をすべて棄却するという判決(以下「中西判決」という)を言渡しました。これについては2008年3月16日付ブログ記事「JRにも旧国鉄にも労働者敗訴の裁判」で触れました。中西判決の後の高裁判決であっただけに原告団の中には「最悪の事態は避けることができた」とほっとした面もありました。東京高裁の南裁判長は最後に「判決を機に1047名問題が早期に解決できることを望みます」と付言しました。
 22年に及んで排除され続けた国鉄労働者と家族の辛苦は大変なものです。解雇無効を認めず500万円の慰謝料のみを認めるというのは被告に甘い判決です。組合差別はとりもなおさず憲法28条違反であり、そのことに踏み込まず、解雇の有効を認めた一連の判決(今回の判決を含む)は原告弁護団としては不当な判決と言わざるを得ません。

【次は最高裁】

 次は最高裁です。2003年12月22日JRの責任を否定した最高裁は旧国鉄とこれを承継した清算事業団(現在は本件被告の独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備機構)の責任について次のように明確に述べています。

 「承継法人の職員に採用されず国鉄の職員から事業団の職員の地位に移行した者は、承継法人の職員に採用された者と比較して不利益な立場に置かれることは明らかである。そうすると、仮に国鉄が採用候補者の選定及び採用候補者名簿の作成に当たり組合差別をした場合には、国鉄は、その職員に対し、労働組合法7条1号が禁止する労働組合の組合員であることのゆえをもって不利益な取扱いをしたことになるというべきであり、国鉄、次いで事業団は、その雇用主として同条にいう『使用者』としての責任を免れないものというべきである。」

原告らは今度こそ最高裁に旧国鉄の憲法28条違反行為について正面から向き合うよう求め、旧国鉄の現在の承継人独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備機構に「使用者」としての全責任を負わせる判決を求めていきます。

【マスコミ報道】

マスコミの論調は総じて組合差別を受けた国労組合員に同情的でした。

<3月25日朝日新聞夕刊>

 JR不採用訴訟 二審も組合差別認定 “解雇は有効”一部慰謝料を増額

<3月25日日経新聞夕刊>

 JR不採用訴訟 二審も組合差別認める 地位確認は退ける 慰謝料を増額

<3月25日NHK>

 正午のニュースで同様の内容で報道されました。

<3月26日朝日新聞>

 JR不採用訴訟 国労組合員解雇19年続く闘い 老後見通せぬ暮らし 

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2009年3月23日 (月)

障害者権利条約の批准と国内法の大改正を

【条約の批准と国内法の改正】

 21世紀の重要な人権条約として、障害者の権利条約が2006年12月13日に採択され、2008年5月3日に発効しました。1987年に、障害者差別撤廃条約の策定が国際的に初めて提案されてから、すでに20年以上もの時が過ぎ去っています。日本政府(福田康夫内閣)は、2007年9月28日に条約に署名したものの、まだ批准はしていません。条約は差別の定義をひろげ障害者に合理的配慮をしないことは差別だとしています。合理的配慮とは、労働の場合は例えば車椅子の労働者には車椅子でも移動可能なように職場へのアクセスや職場内移動が可能なように段差をなくすこと、視覚障害者の場合にはパソコンについて音声変換のソフトを提供したり、介助者をつけたりすることです。事業者がこれをしないと差別であるとして、障害者は法的救済を受けることができます。現在、日本政府は条約批准に向け、国内法制を点検中ですが、理念規定の改正だけでお茶を濁す可能性があります。その場合は条約は批准したけれど障害者の権利はあいかわらずあいまいで、事業主の法的義務が明記されない危険があります。

【弱くもろい社会】

 障害は障害者その人に属するのではなく、障害者と環境の間にあります。「社会は、一般的な物理的環境、社会保健事業、教育、労働の機会、それからまたスポーツを含む文化的・社会的生活全体が障害者にとって利用しやすいように整える義務を負っているのである。これは単に障害者のみならず、社会全体にとっても利益となるものである。ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会なのである。障害者は、その社会の他の者と異なったニーズを持つ特別な集団と考えるべきではなく、その通常の人間的なニーズを充たすのに特別の困難を持つ普通の市民と考えられるべきなのである」(国連総会で採択された「国際障害者年行動計画」より)。効率と管理を優先させ、やっかい者扱いをして障害者を閉め出す社会は、障害者だけでなく、障害をもたない人にとっても息のつまるような社会です。障害者を閉め出し、効率と管理を優先させてきたわが国の社会は、自殺の増加、未来への夢を失っている子供たち等、すっぽりと閉塞感におおわれてしまっています。障害ある人にとっても、障害のない人にとってもこの国は弱くもろい社会となっています。

【これまでの日本政府の対応】

<社会権規約委員会の勧告への対応(2002年)>

 2001年8月国連の経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会(社会権規約委員会)は、「委員会は、締約国(注・日本を指す)が法令における差別的な規定を廃止し、障害者に関連するあらゆる種類の差別を禁止する法律を制定することを勧告する」としました。これは日本に障害者差別禁止法の制定を求めたものです。
 小泉純一郎内閣のもとで、福田康夫国務大臣・官房長官(当時)は、勧告を受けた後の第154回国会衆議院本会議(2002年3月29日)において、「障害者の権利法の必要性についてお尋ねがございました。障害者等に対する不当な差別的取扱いの禁止につきましては、今国会に提出した人権擁護法案で手当てしているところでありますが、さらに、米国のように、障害者に対する雇用やさまざまなサービス提供における差別についての救済措置として、一般企業、事業者の特別の賠償責任等を認める仕組みを我が国に導入することについては、検討すべき課題が多いものと考えております。」旨答弁しています。
 第155回国会参議院共生社会に関する調査会(2002年11月20日)における質問に対し、米田建三内閣府副大臣(当時)は、「障害者差別禁止法の策定の方向付けをすべきではないかというお尋ねかと思いますが、基本的な立場といたしまして、障害者等に対する不当な差別的取り扱いの禁止につきましては今国会で御審議をいただいている人権擁護法案で手当てされているものというふうに考えております。」旨同様の答弁をしています。そして福田があいまいにしていた点については、「障害者差別禁止法の制定を新しい障害者基本計画に具体的に盛り込むということになりますと、幾つかの問題点があるかというふうに考えております。一つは、年齢、差別など他の差別事象とのバランスをどう考えていくのか、また二点目は、一般企業や事業者の理解を得ることが可能なのかどうか、これらの点について熟考さらに重ねませんと、現段階ではいわゆる検討すべき課題が多く、難しいというふうに考えております。」旨立法化をはっきりと否定しました。増田敏男法務省副大臣(当時)も「現在、法務省としては、この問題でなくて人権擁護法案の方に含んでお願いをいたしております。したがって、これを取り上げてこの検討をという形は取っておりません。」同様に法制化を明確に否定しています。
 これら答弁から、障害者差別禁止法制定の世界の流れを黙殺し、その一歩すら踏み出そうとしない日本政府の態度が浮き彫りにされています。

<人権擁護法案について>

 国会答弁でしきりに強調された人権擁護法案というのは、2002年3月小泉内閣が提出し、2003年10月廃案となった法案です。この法案では障害による差別は第2条で、人種差別、性差別等の人権侵害の中の1つのものとして位置づけられているにすぎません。

 第2条 この法律において「人権侵害」とは、不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為をいう。
 3 この法律において「障害」とは、長期にわたり日常生活又は社会生活が相当な制限を受ける程度の身体障害、知的障害又は精神障害をいう。
 5 この法律において「人種等」とは、人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的志向をいう。

労働に関する部分は次のように法案は定めています。

 第3条 何人も、他人に対し、次に掲げる行為その他の人権侵害をしてはならない。
 不当な差別的扱い
 ハ 事業主としての立場において労働者の採用又は労働条件その他労働関係に関する事項について人種等を理由としてする不当な差別的取り扱い

 人権擁護法案のように単に抽象的規定で「不当な差別的取り扱い」をしてはならないと規定するのみでは、事業主に具体的義務が発生せず、裁判規範となりません。裁判で訴えることができないのです。これでこと足りるというのがこれまでの日本政府の態度でしたが、この基本的姿勢は今のところ変わっていません。
 1980年代に国連を中心に「障害者の完全参加と平等」がうたわれ、日本でも少しずつ障害者のノーマライゼーションが進みつつあるように思いました。ところが、小泉内閣は2005年障害者自立支援法という欺瞞にみちた名称の法律をつくり障害者を奈落の底に突き落とし、歴史の針を30年逆にもどしてしまいました。最近になって与党も野党も障害者自立支援法の見直しを言っていますが、小泉内閣がつくった負を元にもどすことができないのが現状です。

【障害者権利条約の批准とともに国内法の大改正が必要!!】

なぜなら、
・現行国内法では障害者の労働は「権利」として認められていませんし、事業主の合理的配慮義務が法的義務としてどこにも定められていません。
・障害者基本法は、障害者雇用は事業主の経済的負担(負)であるとの考えが基底にあります。
・障害者雇用促進法は、障害者を権利の主体ではなく措置の客体と位置付けています。
・障害者雇用促進法では障害者サポート機器や介助者の申請を障害者自らができない制度になっています。
・厚生労働省は昔から障害者雇用促進法上の障害者雇用は非正規(有期)雇用でも常用労働者にカウントしてよいと事業主に甘い運用をしています。

【障害者権利条約と日本国内法整備の必要性】

<障害者権利条約と障害者基本法、障害者雇用促進法>

① 全く異質
 障害者権利条約(以下「条約」という)と障害者基本法(以下「基本法」という)・障害者雇用促進法(以下「促進法」という)は、障害者の権利についての法律の思想が全く異質のものです。
② 条約・・障害者の権利を明確にうたう。
 [条約27条] 
 「締約国は、障害者が他の者と平等に労働についての権利を有することを認める。」と障害者の権利を明確にしています。また「合理的配慮の否定」は差別だと明確に定義しています(第2条)。
 基本法・促進法 
 「社会連帯の理念に基づき」としている。
  社会連帯の理念というのは裏を返せば、善意・慈悲の世界にとどめるものです。しかも努力義務にしかすぎません。
 [基本法16条2項]
 事業主は、社会連帯の理念に基づき、障害者の雇用に関し、その有する能力を正当に評価し、適切な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るよう努めなければならない
 [促進法5条]
 すべて事業主は、障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責務を有するものであって、その有する能力を正当に評価し、適当な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るように努めなければならない

<障害者の雇用は経済的負担>

 基本法の法思想は障害者雇用は事業主にとり経済的負担であるとの考えに基づいています。これは障害者雇用は事業主にとり負の存在(お荷物)であるという考え方が基底にあり、労働者としての障害者の尊厳を基本的に否定するものです。
 [基本法16条3項]
 国及び地方公共団体は、障害者を雇用する事業主に対して、障害者の雇用のための経済的負担を軽減し、もってその雇用の促進及び継続を図るため、障害者が雇用されるのに伴い必要となる施設又は設備の整備等に要する費用の助成その他必要な施策を講じなければならない。

<促進法は事業主を主体とする法律>

 促進法は事業主を主体とする法律で、障害者を権利の主体とする法律ではありません。経済的負担となる障害者雇用について事業主同士の調整を図る法律で、障害者は措置の客体にすぎないという位置づけです。
 促進法の1条(目的)そのものに「措置」という障害者福祉の世界では過去のものとなっている用語が3度も登場します。同条の雇用義務等に基づく雇用の促進も事業主の側から見た促進で、障害者側から見ていません。
 [促進法1条]
 この法律は、身体障害者又は知的障害者の雇用義務等に基づく雇用の促進等のための措置、職業リハビリテーションの措置その他障害者がその能力に適合する職業に就くこと等を通じてその職業生活において自立することを促進するための措置を総合的に講じ、もって障害者の職業の安定を図ることを目的とする。 

<促進法の納付金制度は事業主間の経済的負担の調整のための制度>

 「障害者雇用ガイドブック」独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構編
                       (平成19年 365頁)
 「障害者雇用納付金制度の趣旨
 障害者を雇用するには、作業施設、設備などの改善、職場環境の整備、特別の雇用管理などが必要とされる場合が多く、健常者の雇用に比べると経済的に負担を伴うことは否定できません。このため雇用義務を誠実に履行している事業主とそうでない事業主とでは、経済的負担に差が生じることとなります。
 障害者を雇用することは、事業主が共同して果たしていくべき責務であるとの社会連帯責任の理念に立って事業主間の障害者の雇用に伴う経済的負担を調整するとともに、障害者を雇用する事業主に対して助成、援助を行うため、事業主の共同拠出による障害者雇用納付金(以下「納付金」という。)制度が設けられています。
 納付金制度は、まず第一に、基準雇用率(以下「雇用率」という。)未達成」
事業主から納付金を徴収し、雇用率を超えて身体障害者、知的障がい者又は精神障害者を雇用する事業主に対して、障がい者雇用調整金(以下「調整金」という。)を支給することにより、事業主間の身体障害者、知的障害者又は精神障害者の雇用に関する事業主の共同連帯責任の円滑な実現を目的とするものです。第二に、障害者の雇入れ又は雇用の継続を図る事業主が、作業施設や作業設備の設置・整備又は継続のための措置などについて一時的に又は継続して多額の費用負担を余儀なくされる場合に、その費用について助成金を支給することにより、障害者の雇用の促進及び雇用の継続を容易にし、もって全体としての障害者の雇用水準を引き上げようとするものです。

<障害者から助成申請ができない>

 促進法によれば助成金は事業主の申請によって給付されるもので、障害者に給付されるものではありません。したがって、障害者が視覚障害者のための音声変換パソコンや介助者を自ら申請することができません。

<厚生労働省は昔から非正規(有期)雇用でも常用労働者にカウントしてよいと事業主に甘い運用>

 厚生労働省は今のように一般労働者に非正規雇用が増大する前から障害者雇用は非正規(有期)雇用でも常用労働者にカウントしてよいとして、甘い運用を行ってきました。このため障害者の多くは契約社員か嘱託社員の不安定で低賃金労働でがまんすることを余儀なくされています。
  労働省職業安定局監修、日本障害者雇用促進協会編「障害者雇用ガイドブック」(平成11年版305頁)は常用労働者につき次のように記載しています。

  「常用労働者
 雇用義務の算定の基礎となるのは、『常時雇用される労働者』に限定されますが、『常時雇用される労働者』とは、雇用契約の形式のいかんを問わず、事実上期間の定めなく雇用されているすべての労働者をいい、実体的に判断されるべきものです。
 具体的には、次のような労働者をいいます。
 ① 期間の定めなく雇用される労働者。
 ② 一定の期間(例えば、1ヵ月、6ヵ月等)を定めて雇用される労働者であって、
その雇用期間が反復更新され、事実上期間の定めのない労働者と同様の実態にあると認められる労働者。すなわち、過去1年を越える期間について引き続き雇用されている労働者又は雇い入れのときから1年を超えて引き続き雇用されると見込まれる労働者。
 ③ 日々雇用される労働者であって、雇用契約が日々更新されて事実上期間の定めのない労働者と同様の実態にあると認められる労働者。すなわち、②の場合と同様に、過去1年を超える期間について引き続き雇用されている労働者又は雇入れのときから1年を超えて雇用されると見込まれる労働者。」

この運用は、日雇いであっても「1年を超えて雇用されると見込まれる労働者」であれば「常用労働者」にカウントしてあげるという取り扱いです。法の「常時雇用される労働者」というのは正規雇用すなわち①を指していることは明らかです。厚生労働省自ら障害者を不利な条件で固定化させるもので、国による障害者差別の固定化と言えます。

【条約の批准だけでは障害者の権利は確保できない】

 日本政府にまかせっきりでは、障害者の権利はいつまでも確立されず、世界の中で遅れている日本の法制度や行政の施策が続きます。黙っていると条約を批准しても有名無実なものになってしまいます。誰でもいつかは障害や疾病をもつ身となります。障害のある人の権利の確立は障害のない人にとっても決して他人事ではありません。

 

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2009年3月 8日 (日)

父の33回忌を終えて

【33回忌】

 3月7日に父の33回忌を終えました。父は1898(明治31年)に生まれ、1977年(昭和55年)に79歳で亡くなりました。33回忌は33年目(亡くなった年を含めて)行う法要です。仏教では亡くなってから33年がたつとどんな人でも無罪放免となり、極楽浄土に行けるとされているそうです。そのため年忌法要は33回忌で弔い上げ(とむらいあげ)とするのが一般的だそうです。私の長兄は1986年に亡くなり、兄嫁や長兄の長男(私の甥)が主宰して兵庫県川西市で執り行ってくれました。私も含めて他のきょうだいは33回忌を忘れるところでしたが、兄嫁がしっかりと気にとめていてくれて、無事法要を終えることができました。これから見ても弔い上げといわれるのがわかります。

【パックスブリタニカ時代の外国航路の船乗り】

 父は高等小学校卒業後、日本郵船株式会社に入社し、外国航路の船乗りになりました。父の船員時代は大英帝国の最盛期でパックス・ブリタニカの時代です。独学で英語を勉強し、船友から「清水は寝言も英語でしゃべっている」とからかわれたそうです。父の口からロンドンの話題はたびたび出ましたが、サンフランシスコやニューヨークの話題はほとんどありませんでした。
 戦前は人もモノも船で運ばれていましたから、横浜と神戸は新しい文化の発信基地として町全体があか抜けていました。今では人は飛行機でやってきますので、港にはコンテナしか運ばれてきません。港町が文化の発信基地の地位を走るのは容易ではなくなっています。父は1944年に妻(私の母)を亡くし、船を降りますが、父の華やかな時代もここで終わります。そして第二次世界大戦を境にパックス・ブリタニカの時代は終わり、パックス・アメリカーナの時代となります。

【姪と甥の成長】

 長兄と兄嫁の間には、娘、娘、息子の3人の子供がいます。長兄が亡くなったときは、25歳、23歳、18歳でしたが、それぞれ今では、4児、2児、4児の親となっています。頼りなくみえた姪や甥が人の親として成長している姿は驚きであり喜びです。片や私たち7人きょうだいは長兄以外は今まで元気に過ごしてきましたが、老化の波が押し寄せてきています。世の常とは言え、世代交代を感じさせてくれた父の33回忌でした。

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