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2008年12月16日 (火)

英シティに寒風、日米自動車産業の逆転

【私の意見】Up63

 長い引用となりますが、同じ12月14日の日本経済新聞の2つの記事を掲載します。
 日本経済が低迷していると言われていた十数年前、アメリカやイギリスの金融街はわが世の春を謳歌していました。市場経済学者や金融大臣、財務大臣は英米モデルを絶賛していました。アメリカの自動車産業は常に世界のガリバー企業であり、日本の自動車メーカーにとっては、その背中も見えないほど遠い存在でした。今では日本の自動車メーカーが危機にひんしているアメリカの自動車メーカーをとらえ追い抜きつつあります。私の青年時代のことを思うと隔絶の感があります。アメリカの自動車メーカーの油断と日本の自動車メーカーのコツコツと積み上げた努力が逆転劇につながったのだと思います。日本の大企業の一定割合はグローバル競争の勝ち組みです。しかし、トップに立ちつつある日本のメーカーが世界同時不況下の販売不振を理由に直ちに派遣労働者や期間工を解雇する様を見ると、心から喜ぶことができませんし、ほめたたえることはとてもできません。

【さらばロンドン金融街 雇用不安、増える転身】
                  (12月24日 日本経済新聞 より)

 ロンドンの金融街に寒風が吹き付けている。米国発の金融危機の影響を受け、銀行などが相次ぎ数千人規模の人減らしに動いており、金融サービスを中核に拡大してきた雇用市場も大きく揺れている。金融に見切りをつけ、独立や転職などに動く人も増えてきた。

<ケーキ販売・教師・・・>

 世界有数の金融街シティーにあるメリルリンチに勤めていたサラ・ヒラリーさん(26)が退社を決意したのは今年8月。富裕層向け部門のマネージャーとして数十億円の資産運用を任されていたが、大幅な収入源が見込まれたため、将来に見切りをつけた。「収入は不安定になるが、やりがいはある」と選んだ仕事はケーキ販売。オフィス探しに市内を歩く日々だ。
 ロンドン東部の新金融街カナリー・ウォーフ。11月中旬、ホテルの一室で開かれた「教師への転職セミナー」に40人近い人が集まった。「金融危機後、問い合わせが増えてきた」とアドバイザーのジェーン・ワグスタッフさん(50)。

<減収覚悟、やりがい求め>

 「人生のクオリティーは給料の高さとは関係ないことが分かった」と体験談を語ったジェフ・ハイネスさん(41)は英銀大手バークレイズを辞めて教師に転じた。「最近の様子を見ると、あの世界に戻る気がますますなくなった」と話す。
 シャンパングラスを片手に談笑するバンカーでにぎわっていたシティー中心部の高級レストランは空席が目立つ。一方、カナリー・ウォーフ駅前のカフェでは「クレジットクランチスペシャルベーグルとコーヒーで2.5ポンド(約380円)」と銘打ったメニューを掲げる店が繁盛。値段の手頃な宅配ピザも売り上げが急増している。
 サッチャー政権時代の1980年代、英国は規制緩和を通じて産業構造の転換を進めた。株式委託手数料を自由化する86年の「ビッグバン」を通じ、ロンドンは世界的な金融機関の集積地に変身。世界のマネーを貪欲(どんよく)に吸収して金融業の発展から周辺サービスの拡充という好循環をもたらし、15年連続の経済成長を謳歌(おうか)した。
 だが米国発の金融危機は金融界の光景を変えてしまった。調査会社オックスフォード・エコノミクスの予測によると、来年は金融業を中心に、ロンドンの労働者の約2%にあたる10万人弱が職を失う見通しだ。日本が金融立国を目指す上で手本にしたカナリー・ウォーフのビルには「空室」の看板が増えている。
 もっともロンドン市民に漂うのは失望感ばかりではない。ケーキ販売で独立するヒラリーさんは「ロンドンは可能性にあふれる街」と言い切り、将来、市況が回復したら金融業に戻ることも考えているという。
 危機は一つの時代の終わりではなく、変革のための挑戦-。苦境を前にしても、したたかなロンドン市民の気概は衰えていないようだ。

【自動車産業に構造変動 [今を読み解く 東京理科大学教授 伊丹敬之]】
                 (12月24日 日本経済新聞 より)

 世界の金融危機を契機に、自動車産業の激震が報道されることが多くなった。アメリカ市場のみならず、あちこちの国の自動車市場が大幅減速、あるいは崩壊に近いような状態になっている。アメリカ市場がとくにそうである。前年比3割減というような需要の減少は、まさに激震である。そのあおりで、日本ではトヨタ自動車が2008年度の営業利益が1兆円も予想より下回ると発表した。アメリカでは、GMもフォードも国の支援を仰いで経営者が議会の公聴会で責められている。両者とも、米国政府の支援がなければ実質倒産状態に近い。日本市場も大きな停滞状態だし、頼みの中国をはじめとする新興国市場も足踏みないしは下降である。
 時はあたかも、フォードT型の発売でアメリカの自動車産業で革命が起きてからちょうど100年である。今回の世界的需要収縮が自動車産業の没落のはじまりではないだろうが、しかし2008年は世界の自動車産業で歴史的な構造変動が起きた年として後世語り継がれることになるだろう。

<需要収縮に抗する日本 脱石油で覇者は>

 イアン・カーソン・ヴィジェイ・ヴェイティーズワラン著『自動車産業の終焉』(黒輪篤嗣訳、二見書房・2008年)は、この邦訳タイトルとは裏腹に、「石油が問題をもたらし、自動車が解決をもたらす」と説く。石油を大量に消費する自動車の時代が終わり、新しいエネルギーで走る自動車の時代が始まる、というのである。つまり、ガソリン自動車産業の終焉なのである。この本は、自動車産業の将来を書いた本でもあるが、同時に石油の時代の終わりを書いた本でもある。そして新しい時代に勝ち残りそうな筆致で書かれているのは、日本の自動車産業である。「プリウスが手本」、「GMが滅亡する日」などという小見出しがいくつかの章にちりばめられている。
 日本の自動車メーカーを実力ランキングで世界の1位から3位までランクしているのが、土屋勉男ほか著『世界自動車メーカーどこが一番強いのか?』(ダイヤモンド社・2007年)である。この本は自動車産業の調査を長年にわたって行ってきた著者たちが、さまざまなデータを駆使して綿密に欧米、アジア、そして日本の自動車メーカーを調べた本である。各企業を「生産規模・効率」、「環境対応・技術水準」、「収益体制」の3点から評価している。結果は、2007年時点ではトヨタ自動車1位、本田技研工業(現ホンダ)2位、日産・ルノー、ダイムラークライスラー、フォルクスワーゲンが同点3位、となった。1999年と比べると、日本企業はランキングを上げてきているという。
 しかし、すでに日本市場をはるかに上回る規模にまでなった中国の自動車メーカーや躍進している韓国メーカーの動向は、エレクトロニクス産業で東アジア企業の競争力に追われている日本企業の姿を知るものにとっては、気になる存在である。読売新聞クルマ取材班著『自動車産業は生き残れるか』(中公新書ラクレ・08年)には、その点の議論がかなりある。この本の基本トーンは、日本の自動車メーカーは生き残れる、ということであろうが、見えてきた日本の自動車産業の死角などという章もある。

<技術蓄積が強みに>

 それを読んで私は、80年代初頭にアメリカにいた頃に、日本から来られたビジネスパーソンが「韓国の自動車メーカーに日本はすぐに負けるのではないか」と言っていたことを思い出した。その時の私の返答は「自動車のような総合機械産業では新興国が国際競争力で追いつくには長い時間がかかるだろう」というものであった。
 今回も、私は同じ感想をもつ。3万点の部品を組み立てる自動車産業は、企業の総合力がいったん落ち始めると、アメリカのビッグスリーのように立ち直りは容易ではない。そこで起きた今回のような需要収縮は彼らにとってきつい。そして、総合力がまだ十分についていない国の企業は、まだまだ追いつくのに時間がかかる。
 2008年の世界的激震の砂ぼこりが消え去ったときにわれわれの目に映るのは、相変わらず愚直に効率向上と技術蓄積に励む日本の自動車メーカーのしっかりした歩みであろう。

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