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2008年12月

2008年12月29日 (月)

品川正治氏談 人間見ようとしない経営

【人間見ようとしない経営 品川正治さん(経済同友会終身幹事)】
                    
(12月28日 朝日新聞 より)

 品川 正治(しながわ・まさじ) 24年生まれ。旧年日本火災海上社長を経て93~97年経済同友会専務理事。現在は国際開発センター会長。

 職を失う非正規労働者が今年10月から来年3月までに8万5千人に達すると厚生労働省が発表した。来春採用の内定を取り消された大学生や高校生も800人近くいるという。異常な数字である。
 米国発の金融危機が欧州や新興国を巻き込み、実体経済に波及した。それが日本では雇用という経済社会の基本を揺るがす問題として浮かび上がっている。「構造改革なくして成長なし」という成長至上主義の呪縛にとらわれた米国型改革で派遣労働が緩和された結果、労働者が最大の犠牲を強いられている。
 これまで日本の資本主義には、果実は国民が分けるという実質があった。それが修正主義と批判され、果実は株主や資本家のものという考えが幅を利かせた。いったんは回復した景気の実感さえ得られないまま、リストラという名目で労働者への分配は減らされ、浮いた利益を配当に回すことで経営者の報酬を増す。そういう米国型の経営手法が当然とされてきた。
 非正規労働者を調整のための「物」とみなす風潮の横行に今年、労働者の危機感は高まった。小林多喜二の小説「蟹工船」が若い人たちの間で話題となり、「搾取」という古い言葉が議論に欠かせなくなった。労働者の危機感は現実となり、いまや「路頭に迷わせるな」というこれまた古い言葉が、切実さをもって復活している。
 話が飛ぶようだが、私は憲法9条を行動の指針としている。復員の船の中で初めて読んだ条文の根底に、国家ではなく、人間の目で戦争をとらえる確かな視線を感じたからだ。経済も人間の目でとらえることができるか。経営者として私は自ら問うてきた。
 現状はどうか。人間の目どころか国家の目でもとらえられないものに、経済は変質した。国際金融資本や多国籍企業の視線に、国家も国民も振り回されている。痛みは大きいが、米国型金融資本主義が崩壊したことに安心さえ覚える。あと5年も米国化が進行していたら、経済の変容は行き着くとことまで行き、労働者も今以上に商品化されていたことだろう。
 米国では80年代から進んだグローバル化も、日本で本格的に進んだのは00年以降のことた。日本企業はまだ米国型に100%染まってはいない。役員会で労働者を切って配当を確保しようとする財務担当者に対して、雇用を守ろうと必死に主張する人事担当者がいると信じたい。
 雇用の確保が成長を遅らせるという反論に対する答えはノーだ。家も借りられず結婚もできない若い労働者は、内需のマーケットから完全に除外されている。彼らの生活の再生産と将来設計を可能にする雇用の保障は、長い目でみて外需頼みから内需への転換を促す要素になるはずだ。
 経営者は本来、資本家のためだけではなく、従業員や代理店などすべての利害関係者のために仕事をするものだ。いま、職と家を失った非正規労働者の受け皿を、他の企業や自治体が用意する動きが急速に広がっている。彼らは人間の目で、人間を見ている。あなたには見えますかと、経営者に聞くとよい。  (聞き手・今田幸伸)

【私の意見】Up63

 12月28日の朝日新聞「耕論 雇用危機の姿」という欄に、品川正治さん(経済同友会終身幹事)、鴨桃代さん(全国ユニオン会長)、生田武志さん(野宿者ネットワーク代表)の談話が掲載されていました。そのうち品川さんのお話を紹介しました。
 品川さんは「日本企業はまだ米国型に100%染まってはいない。役員会で労働者を切って配当を確保しようとする財務担当者に対して、雇用を守ろうと必死に主張する人事担当者がいると信じたい」と言っています。しかし、今の日本の会社の取締役会は社長(会長)のツルの一声ですべてが決まっていきます。財務担当者がAを主張し、人事担当者がBを主張し、民主的議論の結果Bに落ちつくというシナリオはほとんどないのではないでしょうか。当の社長の多くが自分が在任中の目先の業績しか考えておらず、その結果売上げが減少すればためらうことなく人減らしという選択肢をとります。
 12月に発表された日本経団連の来春闘方針は「雇用の安定が最優先」とした当初案から「安定に努力する」に後退しました。
 品川さんの講演を伺ったことがあります。経営者の進むべき王道を力説されているのに感銘しました。しかし今の日本の経済界では一人の昔気質の老御意見番という程度の位置づけで、残念なことに品川さんの意見を真摯に受け入れようとする現職の経営者は数少ないのが現実です。

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2008年12月16日 (火)

英シティに寒風、日米自動車産業の逆転

【私の意見】Up63

 長い引用となりますが、同じ12月14日の日本経済新聞の2つの記事を掲載します。
 日本経済が低迷していると言われていた十数年前、アメリカやイギリスの金融街はわが世の春を謳歌していました。市場経済学者や金融大臣、財務大臣は英米モデルを絶賛していました。アメリカの自動車産業は常に世界のガリバー企業であり、日本の自動車メーカーにとっては、その背中も見えないほど遠い存在でした。今では日本の自動車メーカーが危機にひんしているアメリカの自動車メーカーをとらえ追い抜きつつあります。私の青年時代のことを思うと隔絶の感があります。アメリカの自動車メーカーの油断と日本の自動車メーカーのコツコツと積み上げた努力が逆転劇につながったのだと思います。日本の大企業の一定割合はグローバル競争の勝ち組みです。しかし、トップに立ちつつある日本のメーカーが世界同時不況下の販売不振を理由に直ちに派遣労働者や期間工を解雇する様を見ると、心から喜ぶことができませんし、ほめたたえることはとてもできません。

【さらばロンドン金融街 雇用不安、増える転身】
                  (12月24日 日本経済新聞 より)

 ロンドンの金融街に寒風が吹き付けている。米国発の金融危機の影響を受け、銀行などが相次ぎ数千人規模の人減らしに動いており、金融サービスを中核に拡大してきた雇用市場も大きく揺れている。金融に見切りをつけ、独立や転職などに動く人も増えてきた。

<ケーキ販売・教師・・・>

 世界有数の金融街シティーにあるメリルリンチに勤めていたサラ・ヒラリーさん(26)が退社を決意したのは今年8月。富裕層向け部門のマネージャーとして数十億円の資産運用を任されていたが、大幅な収入源が見込まれたため、将来に見切りをつけた。「収入は不安定になるが、やりがいはある」と選んだ仕事はケーキ販売。オフィス探しに市内を歩く日々だ。
 ロンドン東部の新金融街カナリー・ウォーフ。11月中旬、ホテルの一室で開かれた「教師への転職セミナー」に40人近い人が集まった。「金融危機後、問い合わせが増えてきた」とアドバイザーのジェーン・ワグスタッフさん(50)。

<減収覚悟、やりがい求め>

 「人生のクオリティーは給料の高さとは関係ないことが分かった」と体験談を語ったジェフ・ハイネスさん(41)は英銀大手バークレイズを辞めて教師に転じた。「最近の様子を見ると、あの世界に戻る気がますますなくなった」と話す。
 シャンパングラスを片手に談笑するバンカーでにぎわっていたシティー中心部の高級レストランは空席が目立つ。一方、カナリー・ウォーフ駅前のカフェでは「クレジットクランチスペシャルベーグルとコーヒーで2.5ポンド(約380円)」と銘打ったメニューを掲げる店が繁盛。値段の手頃な宅配ピザも売り上げが急増している。
 サッチャー政権時代の1980年代、英国は規制緩和を通じて産業構造の転換を進めた。株式委託手数料を自由化する86年の「ビッグバン」を通じ、ロンドンは世界的な金融機関の集積地に変身。世界のマネーを貪欲(どんよく)に吸収して金融業の発展から周辺サービスの拡充という好循環をもたらし、15年連続の経済成長を謳歌(おうか)した。
 だが米国発の金融危機は金融界の光景を変えてしまった。調査会社オックスフォード・エコノミクスの予測によると、来年は金融業を中心に、ロンドンの労働者の約2%にあたる10万人弱が職を失う見通しだ。日本が金融立国を目指す上で手本にしたカナリー・ウォーフのビルには「空室」の看板が増えている。
 もっともロンドン市民に漂うのは失望感ばかりではない。ケーキ販売で独立するヒラリーさんは「ロンドンは可能性にあふれる街」と言い切り、将来、市況が回復したら金融業に戻ることも考えているという。
 危機は一つの時代の終わりではなく、変革のための挑戦-。苦境を前にしても、したたかなロンドン市民の気概は衰えていないようだ。

【自動車産業に構造変動 [今を読み解く 東京理科大学教授 伊丹敬之]】
                 (12月24日 日本経済新聞 より)

 世界の金融危機を契機に、自動車産業の激震が報道されることが多くなった。アメリカ市場のみならず、あちこちの国の自動車市場が大幅減速、あるいは崩壊に近いような状態になっている。アメリカ市場がとくにそうである。前年比3割減というような需要の減少は、まさに激震である。そのあおりで、日本ではトヨタ自動車が2008年度の営業利益が1兆円も予想より下回ると発表した。アメリカでは、GMもフォードも国の支援を仰いで経営者が議会の公聴会で責められている。両者とも、米国政府の支援がなければ実質倒産状態に近い。日本市場も大きな停滞状態だし、頼みの中国をはじめとする新興国市場も足踏みないしは下降である。
 時はあたかも、フォードT型の発売でアメリカの自動車産業で革命が起きてからちょうど100年である。今回の世界的需要収縮が自動車産業の没落のはじまりではないだろうが、しかし2008年は世界の自動車産業で歴史的な構造変動が起きた年として後世語り継がれることになるだろう。

<需要収縮に抗する日本 脱石油で覇者は>

 イアン・カーソン・ヴィジェイ・ヴェイティーズワラン著『自動車産業の終焉』(黒輪篤嗣訳、二見書房・2008年)は、この邦訳タイトルとは裏腹に、「石油が問題をもたらし、自動車が解決をもたらす」と説く。石油を大量に消費する自動車の時代が終わり、新しいエネルギーで走る自動車の時代が始まる、というのである。つまり、ガソリン自動車産業の終焉なのである。この本は、自動車産業の将来を書いた本でもあるが、同時に石油の時代の終わりを書いた本でもある。そして新しい時代に勝ち残りそうな筆致で書かれているのは、日本の自動車産業である。「プリウスが手本」、「GMが滅亡する日」などという小見出しがいくつかの章にちりばめられている。
 日本の自動車メーカーを実力ランキングで世界の1位から3位までランクしているのが、土屋勉男ほか著『世界自動車メーカーどこが一番強いのか?』(ダイヤモンド社・2007年)である。この本は自動車産業の調査を長年にわたって行ってきた著者たちが、さまざまなデータを駆使して綿密に欧米、アジア、そして日本の自動車メーカーを調べた本である。各企業を「生産規模・効率」、「環境対応・技術水準」、「収益体制」の3点から評価している。結果は、2007年時点ではトヨタ自動車1位、本田技研工業(現ホンダ)2位、日産・ルノー、ダイムラークライスラー、フォルクスワーゲンが同点3位、となった。1999年と比べると、日本企業はランキングを上げてきているという。
 しかし、すでに日本市場をはるかに上回る規模にまでなった中国の自動車メーカーや躍進している韓国メーカーの動向は、エレクトロニクス産業で東アジア企業の競争力に追われている日本企業の姿を知るものにとっては、気になる存在である。読売新聞クルマ取材班著『自動車産業は生き残れるか』(中公新書ラクレ・08年)には、その点の議論がかなりある。この本の基本トーンは、日本の自動車メーカーは生き残れる、ということであろうが、見えてきた日本の自動車産業の死角などという章もある。

<技術蓄積が強みに>

 それを読んで私は、80年代初頭にアメリカにいた頃に、日本から来られたビジネスパーソンが「韓国の自動車メーカーに日本はすぐに負けるのではないか」と言っていたことを思い出した。その時の私の返答は「自動車のような総合機械産業では新興国が国際競争力で追いつくには長い時間がかかるだろう」というものであった。
 今回も、私は同じ感想をもつ。3万点の部品を組み立てる自動車産業は、企業の総合力がいったん落ち始めると、アメリカのビッグスリーのように立ち直りは容易ではない。そこで起きた今回のような需要収縮は彼らにとってきつい。そして、総合力がまだ十分についていない国の企業は、まだまだ追いつくのに時間がかかる。
 2008年の世界的激震の砂ぼこりが消え去ったときにわれわれの目に映るのは、相変わらず愚直に効率向上と技術蓄積に励む日本の自動車メーカーのしっかりした歩みであろう。

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2008年12月 1日 (月)

08年11月後半の私の弁護士日誌

 前回11月14日にブログ記事を書いてもう16日がたちました、今週も事件準備に追われ、まとまった記事を書くゆとりがありません。11月14日以降の私の弁護士日誌を公開させていただくことで替えさせていただきます。

〔11月14日(金)〕 
午前
 コンプライアンスの確立について顧問企業と相談
 私はいくつかの企業のコンプライアンス委員会の外部相談窓口を担当しています。私はコンプライアンス確立のためには“上からのべからず集の徹底”では不十分で、コンプライアンスの確立は働きやすい職場につながることを社員の側から確信することが大切だという考えをもっています。暗い重たいコンプライアンスではなく、社員の側に立った明るいコンプライアンスを提唱しています。
 セクシュアルハラスメントについても男性の管理職による男性に対するべからず集ではなく、女性社員の側からの女性にとって働きやすい職場とは何かという視点から考えることが大切だと思います。顧問企業の担当者(男性)も私の考えに賛同していただきました。

午後
 東京高裁第17民事部 鉄建公団訴訟についての今後の進行協議
 08年12月17日 双方最終準備書面を提出
 08年12月24日  最終弁論の上結審
 このスケジュールでいくと09年3月頃に判決の見通しです。

〔11月15日(終日)〕
 赤城山麓富士見村より日本の農業を考える
 群馬県勢多郡富士見村は赤城山頂を含む豊かな農村で、銀座通り法律事務所のベテラン事務局員小野清美さんの実家のある村です。11名が参加し小野さんのご両親や弟さんご家族のお世話になりながら農の重みをずしりと受け止めました。

〔11月19日(水)〕

 労働問題事例検討
 個人加盟の地域ユニオンの組合員の方々と現に緊迫している労働問題の事例の検討会を行いました。

〔11月22日(土)〕
午前
 全国働く障害者ユニオン執行委員会
 私はこのユニオンで顧問の立場にありますが、執行委員と11月30日(日)の「労働・雇用分野における障害者権利条約の国内法化を推進するネットワーク」(仮称)設立準備会のもち方について相談しました。
午後
 映画「蟹工船」を見ながら考える会
 映画を見たあと蟹工船当時の他の職場の労働環境(富岡製糸工場など)とわが国の現在の労働環境について意見交換をしました。

〔11月25日(火)〕
午後
 金沢大学法科大学院で「障害のある人の人権」というテーマで講演

〔11月27日(木)〕
午後
 東京都労働委員会
 労働組合の団交拒否事件についての調査期日


 鉄建公団訴訟弁護団会議

〔11月28日(金)〕
午前
 東京簡易裁判所墨田で労働事件に関する調停(第2回)

午後
 東京地裁民事20部で民事再生事件について申立代理人や裁判所と協議(2件)。私は監督委員の立場にあります。

〔11月29日(土)〕
 顧問会社の創立35周年のパーティーに出席。中小企業ですが、緊張感をもちながらも社員全員が前向きな姿勢をもっていて会社の将来の明るさを感じました。

〔11月30日(日)〕
午後
 「労働・雇用分野における障害者権利条約の国内法化を推進するネットワーク」(仮称)設立準備会
 障害をもって働く労働者の厳しい現実を変える力をもつ兵(つわもの)どもが勢揃いした感があり、うれしく思いました。
 
 

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