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2008年10月19日 (日)

脳性まひの数学教師ガクちゃんがんばれ!

 ガクちゃんこと三戸 学(さんのへ まなぶ)さんについて何回かに分けてご紹介します。

[三戸 学] 1976年、秋田県生まれ。出生時に脳性マヒとなり、手足や言葉などに障害がある。秋田市立日新小学校、秋田市立秋田西中学校、秋田県立秋田南高等学校、山形大学教育学部を卒業。教員採用試験に三度目の挑戦で合格する。秋田市の土岐中、秋田西中を経て、2007年4月から由利本荘市の本荘東中に赴任、現在に至る。担当教科は数学。「生徒と一緒に」がモットー。2007年11月には、秋田県で開催された秋田わか杉大会(第7回全国障害者スポーツ大会)に卓球選手として出場。上肢に不随意運動のあるブロックで金メダルを獲得する。「子ども向けバリアフリー学習のガイドライン作成に向けた有識者検討会(国土交通省)」委員。

【関原美和子 著「がんばれ!ガクちゃん先生」 03年7月 小学館】

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 この本は、教育専門紙記者、出版社編集者を経てフリーランスとなった関原美和子さんが、ガクちゃんが生まれてから教師3年目のはじめまでを書いたものです。
 

【小学校1年生の運動会】

 お母さんの慶子さんは固い決意でガクちゃんを小学校1年生のときから普通学校に通わせました。
 この本の中でガクちゃんの小学校1年生のときの運動会の様子について次のように書かれています。

[先生によってこんなに変わるなんて!]
<ビリでもいいんだよ>
 「順位を気にしているかも知れないけれど、最後まで走ることが大切なのよ」
 担任の女性教師が、不安げなガクちゃんにそっと声をかけた。
 もうすぐ1年生の80メートル競走が始まる。かけっこをしてもいつもビリなのは、今に始まったことではない。それでも走りたいという思いと、初めて、運動会で全校生徒やたくさんの大人たちの前で走る不安とで、ガクちゃんの胸ははち切れそうだった。
 担任のことばに少し安心したのもつかの間、いよいよ出番が回ってきた。六人がスタートラインに並ぶ。
「位置について、ヨーイ、ドン!」
 スタートラインから、あっという間に差がついてくる。20メートルを走った辺りで、他の子たちがゴールするのが見えた。あとの60メートルは、自分との闘いだ。
・・・・と思ったら、周りから大きな声が聞こえてきた。
「がんばれ! がんばれ!!」
 高学年のお兄さんお姉さん、友だち、見学しているお父さんやお母さん、いつの間にか、校庭にいる全ての人が、ガクちゃんを応援しているのがわかった。
 ゴールに近づけば近づくほど大きくなる声援に、背中を押されながら、無事ゴール。教師たちが再び張ってくれていたテープを無我夢中で切ると、担任が力いっぱい、ガクちゃんを抱きしめた。
 自分の力を出しきったからこそ、自分を誇れる。そう、たとえビリだって。
 家に帰ると、ガクちゃんはさっそく母親に報告した。
「お母さん、ぼくが走っているとき、みんなが応援してくれたよ」
「うん、お母さんも見ていた。とてもうれしかったね」
 実は、運動会の前日に担任から「学君のことを多くの人たちに理解してもらうためにも、ビリでもいいから走ってほしい」と電話があったことを母から告げられた。
 さっき抱きしめてくれた担任の温かさが、じーんとよみがえってきた。

 この担任の先生との出会いは、三戸学さんのその後の人生にとって大きな励ましとなっています。でも世の中このような人はむしろ例外で、三戸さんは生まれてから今日まで差別・偏見・いじめの中で生きてきました。関原さんは大学時代の三戸さんのことについても触れています。大学1年生だったガクちゃんは家庭教師を目指し、苦い体験をしています。

【「きみみたいな人は困るんだ」】

 家庭教師。
 教師を目指すガクちゃんにとって、そのアルバイトは何とも魅力的に感じられた。周りの友だちから家庭教師の話を聞くうちに、自分としてもやってみたいという気持ちが大きくなっていった。
 そこでさっそく、家庭教師の斡旋所に行ってみた。
 ところが応対した職員の反応は冷たかった。
「いろいろ問題がありますね。まずことばの問題。あなたの言っていることを、子どもたちは聞き取れますか?」
「今、あなたが聞き取れているんだから、大丈夫じゃないでしょうか」
「あなたは障害がありますよね?」
「はい。脳性まひです」
「そうですか。こちらの信用問題もあります。きみのような人間を斡旋して、信用を損ねたらどうするのですか?」
 何を言っても、「困る」の一点張り。
「きみみたいな人に家庭教師になってもらうのは困るんだよな」
 そこまではっきり言わなくてもいいのに・・・。履歴書すら受取ってもらえず、ガクちゃんは屈辱感を抱いたまま、家路についた。
 友だちが一緒に出向いてくれたこともあったが、結局、山形市内にある四か所の斡旋所全てから、体よく断られてしまった。中には履歴書を預かってくれた斡旋所もあったが、実際に話が来ることはなかった。ガクちゃんより後に斡旋を頼んだ友だちが、先に紹介されている事実を目の当たりにすると、さすがに落ち込んでしまう。
「どうしておまえに来て、おれに来ないんだよ」
 -友だちに当たってもしかたがないことは充分わかっている。ただ、やり場のない気持ちをガクちゃんはずっと持てあましていた。

【無料で家庭教師やります!】

 これでめげないのが三戸さんの底力です。大学の友人の力を借りて家庭教師の依頼が殺到するようになりました。最初に家庭教師の依頼を受けるまでの様子を関原さんの本で見てみたいと思います。

 (友人との)話し合いの結果、まずは、ガクちゃんが家庭教師先を見つけるための具体的な方法として、街頭でビラを配ることに決まった。
 最終的に残った男子六人、女子四人とともに、六月半ばには、サークル「障害と共に歩む会」を結成し、大学にサークルの届けを出した。

<無料で教えます!>
 「家庭教師やります」
 ガクちゃんの似顔絵を載せたビラに、大きく書いた八文字。まずは、夕方の繁華街で、母親と子どもたちをターゲットにビラを配ることにした。
 実はガクちゃんには、大きな“ウリ”がある。
 家庭教師料、100パーセントオフ!これ以上の価格破壊はない。斡旋所と対抗するには、安さで勝負というわけだ。「子どもに勉強を教えてみたい」という目標を達成するためなら、無料でもかまわないと考えたのだ。
 「えっ!? 無料でやるんですか?」
 だれもが信じられないという反応を示す。
 
 ビラを配ってから二週間。少し落ち込みかけたとき、電話が鳴った。
「あのー、家庭教師のことでお聞きしたいことがあるんですけれど・・・。今日の夕方五時にお会いできませんか?」
 小学二年生のお母さんからの電話だった。喜びのあまり、電話を持つガクちゃんの手が震えた。

【「ガクちゃん先生から教えてもらいたい!」】

 「こんにちは」
 少女を連れた両親が(三戸さんに会いに喫茶店に)やって来た。
「夏休みの間、勉強を教えてくれる人を探していたんです。・・・・ただうちの子は三戸さんのことばを理解できるかしら?」
 お母さんは正直に疑問をぶつけてきた。
「確かに、最初のうちは聞き取りにくいかも知れないけれど、慣れるとまったく問題ありませんよ」
 隣に座っていた仲間の答えに、両親は納得したようだった。

 お母さんが、横にいる少女に問いかけた。
「ねえ、エリナ。ガクちゃん先生から、お勉強ならってみたい?」
「うん。ガクちゃん先生から教えてもらいたい!」
エリナちゃんがうれしそうに答えた。

「なぜ、ぼくを選んだのですか?」
お父さんが答えた。
「ちょうどだれかに頼もうとしていたときに、あなたのビラを見たんです。あちこちにビラが貼ってあるのを見ているうちに、そこまで家庭教師をやりたいというなら、その熱意にかけてみようと思ったんです」
 ガクちゃんは胸が熱くなった。「こちらこそよろしくお願いします」と深々と頭を下げた。
 夏はもう目の前にきていた。

【私と三戸さん】

 私は06年2月8日教師5年目の三戸さんの願いを実現するため、秋田県教委員会、秋田市教育委員会、秋田市立西中学校校長に会いに行きました。三戸さんの願いは3つありました。①学級担任をもつこと ②1年生、2年生、3年生と持ち上がりの経験をすること ③障害のある教師が働きやすい職場環境に改善すること。3つのうち②は、06年4月から2年生に持ち上がりとなりました。修学旅行で生徒を引率して上京することを私に伝えてきたときの三戸さんのうれしそうな声が忘れられません。③はかなり改善されました。三戸さんは今エレベータのある学校で勤務しています。①はまだ実現していません。
081020book_myvector_2 三戸学さんは、今年の3月「マイ・ベクトル 夢をあきらめないで」(グラフ社) を出版しました。この本から三戸さんの辛抱強くて明るい生き方がじんじんと伝わってきます。この本のことで、久しぶりに三戸さんの声を聞き尋ねたところ、担任はあいかわらず持たされていないということでした。三戸さんのようなすばらしい先生を担任にしないのはおかしいと思い、あらためて三戸さんを法律家としてサポートすることにしました。三戸さんのことや担任を持つための今後の動きなどについてまた時々ブログでご紹介します。

Sannohephoto1 10月13日(月)銀座通り法律事務所にて  

 Sannohephoto2 10月13日(月)銀座中央通りにて

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