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2008年3月16日 (日)

JRにも旧国鉄にも労働者敗訴の裁判

【JR不採用 国労組合員ら敗訴 東京地裁 「損賠請求は時効」】

                  (3月13日 日本経済新聞 より)

 国鉄分割・民営化に伴いJRに採用されなかった国労組合員ら35人が不採用は組合差別が原因として、国鉄清算事業団を引き継いだ「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」に損害賠償を求めた訴訟の判決が13日、東京地裁であった。中西茂裁判長は「損害発生はJRに採用されなかった1987年。訴えは時効(3年)」として原告の請求を退けた。
 原告はJRを相手取った訴訟が最高裁で敗訴した2003年12月以降、旧事業団を相手に賠償請求訴訟を起こした。同裁判長は「事業団ではなくJRを相手にしたのは原告らの選択の結果。時効までに賠償請求できたのに権利を行使しなかった」と指摘した。
 判決によると、原告は87年の国鉄分割・民営化の際、JRへの採用を希望したが採用候補者名簿に登載されなかった。87年4月に旧国鉄清算事業団に移り、90年4月に解雇された。
 JR不採用訴訟では、別の国労組合員と旧全国鉄動力車労働組合が旧事業団を提訴。東京地裁判決はいずれも時効を認めず、同機構に500万~550万円の賠償を命令。双方が控訴している。

【私のコメント】Up63

 国労組合員が原告となりすでに第1審判決のあった鉄建公団訴訟については、このブログの2008年2月18日の記事2007年11月8日の記事で記述しました。日経新聞に記述されていますように、同種の事件について過去2つの判決があり、被告の時効の主張を認めず原告らの請求の一部を認めました。ところが今回は組合差別には踏み込まず、分割・民営化(1987年4月)の3年後には請求権が時効で消滅したという理由で労働者側の請求を全く認めませんでした。徹底した差別を受けて鉄道の職場から追い出された労働者に対し、けんもほろろの判決です。21年間苦しまされ続けた労働者や家族に対する配慮が微塵もない不当判決です。この事件にあたっても私は原告側常任弁護団の一員で、原告団は控訴の上不当判決の取消しを求めていきます。

【判決に登場する中曽根康弘元総理と橋本龍太郎元運輸大臣】

 この判決は国労壊滅の中曽根総理(当時)の意図を認定しながら、橋本運輸大臣(当時)の発言を引用して中曽根総理の不法な意図を打ち消すという、主・従逆転した珍妙な論法を次のとおり展開しています(判決37-39頁)

 「次に、国鉄改革関連8法が国労組合員の団結権を侵害するものか検討する。証拠(甲13.226)によれば、雑誌『AERA』平成8年12月30日号や、雑誌『文藝春秋』平成17年12月号に、中曽根元総理がインタビューを受け、国鉄改革を振り返り、『総評を崩壊させようと思ったからね。国労が崩壊すれば、総評も崩壊するということを明確に意識してやったわけです』『国鉄民営化は、国鉄労組を崩壊させました。国鉄労組の崩壊は総評の崩壊、つまり社会党崩壊につながります。だから国鉄改革は、日本の基盤に大きな変革を与えたんですよ。もちろん私はそれを認識して実行に移しました』と発言している記事が掲載されていることが認められ、中曽根元総理が、国鉄改革が国労崩壊につながることをも意識して国鉄改革に臨んだことは明らかである。しかし、他方で、証拠(甲141、287、454(添付疎甲415))及び弁論の全趣旨によれば、国鉄改革関連8法が審議された第107回国会日本国有鉄道改革に関する特別委員会において、橋本元大臣が、『新たな会社の職員は、国鉄職員の中から新会社の設立委員が提示する採用の基準に従い新規に採用される仕組みとなっておるところでありまして、この場合においても所属組合等による差別があってはもちろんならないでありましょう。』『あくまでもこの基準というものは設立委員などがお決めになるものではありますけれども、私はその内容について、所属する労働組合によって差別が行われるようなものであってはならないと思います。』と答弁しているほか、第107回国会日本国有鉄道改革に関する特別委員会(参議院)において、昭和61年11月28日、『各旅客鉄道株式会社等における職員の採用基準及び選定方法については、客観的かつ公正なものとするよう配慮されるとともに、本人の希望を尊重し、所属労働組合等による差別等が行われることのないよう特段の留意をすること』との附帯決議がされていると認められるように、国鉄改革関連8法が、国労や国労組合員を初めとしていかなる労働組合に対しても不利益取扱いをしないことを前提として制定されたことは明らかである。現に、国鉄改革関連8法の各条文の内容をみても、特に国労や国労組合員に対する差別意図を窺わせる条文も存在しない。 (中略) 
 以上によれば、国鉄改革関連8法自体が、国労の団結権を侵害するものであるともいえない。
 したがって、国鉄改革関連8法が憲法に違反する法律であり、これらの法律に基づいて行われた本件解雇が無効であるとの原告らの主張は採用できない。」

 本件で重要なことは、橋本運輸大臣が当時どのように述べたか、附帯決議がどうであったかということよりも、現実に組合差別があったのか否かなのです。ところがこの判決はその最も重要な部分についての判断をすることなく時効で労働者の請求を切り捨てました。
 故橋本龍太郎氏は当時中曽根氏の意図を知らず、本気で組合差別があってはならないと考えていましたが、その後実態を知り、ピエロの役割を演じさせられていたことを、大変後悔していたと聞いています。

【JRに対しても旧国鉄に対しても国鉄労働者の請求を認めない裁判所】

 鉄建公団訴訟の提訴が2002年で、今回の事件の提訴が2004年です。採用差別をされたのが1987年4月1日であり、解雇されたのが1990年4月1日ですから採用差別から今日まで21年が経過しています。どうして今頃と思われるかもしれませんが、この間国労や国労組合員は闘い続けてきました。1987年4月1日付で国鉄は国鉄清算事業団となり、鉄道事業はすべてJR各社に移行しました。組合差別によって不採用となった労働者はJR各社を相手に採用を求めて各都道府県の労働委員会に救済申立をしました。すべての全国の都道府県労働委員会は1988年~1989年に組合差別を認定しJR各社に原告ら組合員を採用するよう命令を出しました。これを不服としてJR各社は中央労働委員会に各地方労働委員会の命令の取消しを求めましたが、中央労働委員会は同様に組合差別(不当労働行為の存在)を認め、公正な選別を行うよう各JRに命じました。ところがJRは中央労働委員会の命令に従わず、これの取消しを求めて東京地裁に命令取消しの行政訴訟を提起しました。驚いたことに東京地裁は採用名簿を作成したのは旧国鉄であり、別の法人であるJR各社は不当労働行為の責任を負う主体ではないとして命令を取り消しました。しかし、橋本運輸大臣は国会で、国鉄とJR設立委員の関係について「国鉄は設立委員の採用事務を補助する者で民法上の準委任に近いものである」旨繰り返し答弁しています。先に引用したと同様に、本判決が橋本元運輸大臣の発言を立法者意思として重視する立場をとるならば、国鉄の採用差別は当然JR各社の採用差別となります。そもそも採用差別をした旧国鉄の幹部たちは国鉄清算事業団ではなく、JR各社の幹部となり、常務、社長、会長と出世階段を昇りつめ、JR各社を仕切ってきました。その上、国鉄清算事業団はJR各社の100%株主です。判例法上確立している法人格否認の法理からしても旧国鉄の不当労働行為はJR各社の不法労働行為に該当することは明らかです。ところが、東京地裁は形式的に法人格が別であることを根拠にJR各社の責任を認めず、それは東京高裁、最高裁でも踏襲されました。

【最高裁 2003年12月22日判決】

 JR採用差別事件で2003年12月22日最高裁第一小法廷判決は3対2の僅差で中労委の救済命令の取消を認めた原審判決を支持し、次のように述べて中労委と組合側の上告を棄却しました。

 「(国鉄)改革法は、設立委員自身が不当労働行為を行った場合は別として、専ら国鉄が採用候補者の選定及び採用候補者名簿の作成に当たり組合差別をしたという場合には、労働組合法7条の適用上、専ら国鉄、次いで事業団にその責任を負わせることとしてものと解さざるを得ず、このような改革法の規定する法律関係の下に置いては、設立委員ひいては承継法人が同条にいう『使用者』として不当労働行為の責任を負うものではないと解するのが相当である。」

 ところで最高裁の多数意見も、本来この判決に記載不要であるにもかかわらず、旧国鉄とこれを承継した清算事業団の責任についてわざわざ次のように言及しています。

 「承継法人の職員に採用されず国鉄の職員から事業団の職員の地位に移行した者は、承継法人の職員に採用された者と比較して不利益な立場に置かれることは明らかである。そうすると、仮に国鉄が採用候補者の選定及び採用候補者名簿の作成に当たり組合差別をした場合には、国鉄は、その職員に対し、労働組合法7条1号が禁止する労働組合の組合員であることのゆえをもって不利益な取扱いをしたことになるというべきであり、国鉄、次いで事業団は、その雇用主として同条にいう『使用者』としての責任を免れないものというべきである。」

【改革法の合憲解釈をする上で、最高裁多数意見も不当労働行為の責任を負う者が誰もいないという「怪談」で終わらせることができなかった】

 ジャーナリストや労働法学者は国鉄改革法23条の形式的な文言解釈に終始した1998年5月28日の東京地裁判決に対し、「JR採用差別事件は、不当労働行為の責任を負う者が誰もいなくなるという『怪談』で決して終わらせてはならない」と指摘しました(中野隆宣「法の番人」週刊労働ニュース1998年7月6日号。西谷敏「国鉄改革とJRの使用者責任-東京地裁民事第11部・第19部判決をめぐって-」ジュリスト1998年10月15日号)。上告審では改革法の合憲性が上告理由で問題とされました。さすがの最高裁多数意見も改革法23条の合憲判断をする上で不当労働行為の責任を負う者が誰もいなくなるという「怪談」で終わらせることができず、「国鉄、次いで事業団の『使用者』としての責任を免れない」と断じざるを得なかったのです。

【怪談が現実に登場】

 ところが今回の判決はJRも旧国鉄を承継した本件被告も責任を負わないという怪談を、時の経過を大上段に振りかざして堂々と登場させました。しかし旧国鉄は不採用を決めたのはJRの設立委員であるとして自らの責任を否定し続け、国家機関(国労委・地労委・中労委・地裁・高裁・最高裁)の判断自身も2転3転しており、21年前にお前たち労働者が旧国鉄を訴えなかったのだから、お前たちの責任だということが通用すれば労働者にとって救われる余地が全くありません。
 私は2005年8月10日発行の労旬1605号で「この裁判で問われているのは日本の司法そのものである」と論述しました。
   (論文:「不当労働行為と1990年解雇の無効」)
 私たちは、国家の行為を疑う姿勢を欠く日本の司法を、国民の基本的人権を守る司法に変えるため、例え時間がかかっても根気よく取組んでいかなければなりません。

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