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2008年2月25日 (月)

川上未映子と芥川賞受賞作「乳と卵」

【乳(ちち)と卵(らん)】

 8月の暑い日に39歳の姉巻子が豊胸手術のため初潮まじかの娘緑子をつれて独身のわたしの東京のアパートにやってくる。巻子は十数年前に男と別れ、緑子は物心ついてから自分の父親と同居したことがない。巻子は豊胸手術のことで頭がいっぱいである。緑子は同級生の話から初潮を厭なことだと思っている。最近では巻子との対話はなく巻子の話しかけに対し緑子はノートに書いて自分の意志をつたえている。巻子の豊胸手術には“うそのものなんかいれておっきい胸にすんなんて信じられへん”と批判的である。ただ、大阪の場末のスナックで働いて疲れきっている巻子をいとおしいという気持ちをもっている。お金もないのに東京までやってきた2人をわたしはやさしくそっと包んでやりたい。寝ているときわたしにいつもより早く生理がおとずれ、シーツに血の痕が大きく残ってしまい、あ、めんくさいと思う。翌日巻子は一人で豊胸手術のコンサルタントを受けに銀座に出て行く。5時に戻ってくると言っていた巻子は6時を過ぎても7時を過ぎても9時を過ぎても戻ってこない。わたしと緑子がもしかしてと心配していると突然巻子が帰ってくる。巻子は酔っぱらっている。「緑子のおとんとこに行ってたんよ」と言ってうつぶせになる。緑子が台所にいるところに巻子が起きてきて緑子が口を開かないことに絡みはじめる。緑子は突然“お母さん”と大きな声を出して「お母さん、ほんまのことをほんまのことをゆうてよ」と搾り出すような声でいった。巻子は、はははははっはっはと大きな声で笑い出した。緑子は卵を自分の頭に叩きつけて砕きながら「お母さんは、なにがいいの、痛い思いして」「あたしを生んで胸がなくなってしもうたなら、しゃあないでしょう、それをなんで」「あたしはお母さんが大事、でもお母さんみたいになりたくない」巻子は体を震わせて泣き続ける緑子に「緑子、ほんまのことってね、ほんまのことってね、みんなほんまのことってあると思うでしょ」「でも緑子な、ほんまのことなんてな、ないこともあるねんで、何もないこともあるねんで」と言いながら巻子はハンカチを取り出して緑子の頭についた卵を拭って、ぐしゃぐしゃになった髪の毛を何度も耳にかけてやり、ずいぶん長い時間を黙ってその背中をさすり続けた。2泊して2人は大阪に帰った。2人を送って家に着くとわたしは急に眠気がやってきた。目が覚めて浴室に入って暑い湯を浴びながら、顔以外の全部を鏡に映してみた。夕方の光と蛍光灯の光が交差する湯気のなか、どこから来てどこに行くのかわからぬこれは、わたしを入れたままわたしに見られて、切り取られた鏡の中で、ぼんやりといつまでも浮かんでいるようだった

【女の体って何なの】

 「乳(ちち)と卵(らん)」という題名にぎょっとする感がありましたが、読み終えて作者が女性として女の体って何なのと問いかけたものなのかなと思いました。女性の体といっても男性との恋愛とは切り離していわば生物としての女の体を3人の女性の3日間の動きを通じて浮きぼりにしています。初潮や卵子や乳房のことが文章の大半を占めていて、多くの女性にとって楽しい小説とは言えないかもしれません。男性にとってもワクワクする“女の体”の本ではありません。

【地に足のついた作家】

 文芸春秋3月号に掲載された受賞者インタビューをあわせて読んで、私は川上未映子氏(31歳)はなかなか地に足の着いた作家だと思いました。川上氏は歌手でもあり、大阪の北新地の一流クラブのホステスでもあったということから、派手な人生を歩んできた人物かのように一部マスコミではとりあげられていましたが、インタビュー記事からどんな場面でも生まじめに生きてきた人物だろうと思いました。巻子の働いているスナックと川上氏が勤めていた北新地のクラブでは客層もホステスとしての収入も全く違っています。大阪の裕福でない家庭に育った川上氏(本人談)はラグビーの代表選手であった高校生の弟を明治大学に進学させるために北新地でホステスをします。このような話は昔はよくありました。えっ今時と私も思いました。しかし川上氏の場合は、けなげな姉が弟のために犠牲になるのではなく、姉は姉でその後小説家として大成するのですから見事です。31歳という年齢は明治、大正、昭和の作家では決して若い登場ではないのですが,現在ではとても若い作家の部類です。川上氏にとり、大阪の場末でボロ雑巾のようにすり切れて働く巻子は、自分と等身大の人物であり、決して高いところからあわれむような目で見ていません。31歳にしては川上氏の歩んだ人生の幅の広さと哲学等を究めたいという意欲から今後どのような作品を発表するのか、楽しみな人材と思いました。

【文学界の登竜門の公正さ、透明さ】

 私は芥川賞にしろ、直木賞にしろ最近の小説はほとんど読んでいませんが、今回「乳と卵」を読んでみて、また川上氏の人となりを知って、文学界における選抜制度は結構公正で透明なのかなと思いました。歌舞伎の世襲制、お茶や踊りの家元制と比べると文学の世界では力さえあれば一気にトップに立つことができるのかなと思いました。勿論どの世界でも現実にはいろいろゴタゴタはあるのでしょうが。

【石原慎太郎氏・宮本輝氏の選評】

 川上氏に最も手厳しい評価をしたのは石原慎太郎氏のようです。参考までに石原氏の選評をご紹介します。

 受賞と決まってしまった川上未映子氏の『乳と卵』を私はまったく認めなかった。どこででもあり得る豊胸手術をわざわざ東京までうけにくる女にとっての、乳房のメタファとしての意味が伝わってこない。前回の作品の主題の歯と同じだ。一人勝手な調子に乗ってのお喋りは私には不快でただ聞き苦しい。この作品を評価しなかったということで私が将来慙愧することは恐らくあり得まい。

 宮本輝氏の選評は次のとおりです。

 受賞となった川上未映子さんの作家としての引き出しの多さが『乳と卵』によってはっきりした。その引き出しのなかに転がっているものがガラクタであればあるほど、作家としての資本は豊かだということになる。前作のいささかこざかしい言葉のフラグメントは『乳と卵』では整頓されて、そのぶん逆に灰汁が強くなった。女性が書く小説の素材としては、ある意味で陳腐だが、三人の登場人物には血肉がかよっていて、それぞれの吐息が聞こえる。諸手をあげてというわけにはいかなかったが、最終的に私も受賞に賛成票を投じた。

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2008年2月18日 (月)

高裁、中曽根元総理の労組壊滅政策にメス

【中曽根康弘元総理の反労働組合主義】

 中曽根康弘氏は戦後の歴代首相の中でも最も右翼的な政治家と言えます。私が戦後の首相の中で右翼的な政治家を挙げるとすれば、岸信介、中曽根康弘、小泉純一郎、安倍晋三の4名です。その中でも岸信介と中曽根康弘は筋金入りと言えます。中曽根は1982年11月田中派の後押しで首相の座に躍り出ましたが、旧帝国海軍あがりの改憲論者で、首相就任の初会見で第二次世界大戦を<大東亜戦争>と発言、「レーガン詣で」をした時には<不沈空母>発言、靖国神社への<首相参拝>を強行して、中国などに「日本帝国主義の復活」と激昂させました。しかし当時の自民党の中で改憲論議は活発ではなく、靖国参拝もその後とりやめました。
 中曽根氏は改憲論者であるとともに反労働組合主義者で総評を中心とする当時の労働組合運動を徹底的に忌み嫌っていました。

【中曽根氏の公言 国労壊滅・総評崩壊を意識しその一念で国鉄分割・民営化を断行した】

 総理大臣として国鉄の分割・民営化を強行した中曽根氏は、分割民営化(1987年4月)の10年後位から雑誌やNHKインタビューなどで「国鉄分割・民営化」は、国労を崩壊させれば総評が崩壊し、55年体制を終末に導くことを意識し、その一念で強行したことを、自己の歴史に残る業績として随所で誇らしげに公言しています。

<AERA1996年12月30日号>

 「総評を崩壊させようと思ったからね。国労が崩壊すれば、総評が崩壊する(国鉄分割民営化は)そのことを明確に意識してやったのです」

<中曽根康弘著「自省録 歴史法廷の被告として」(新潮社、2004年)>

 「中曽根内閣」といえば、業績の大きな柱として、国鉄の分割・民営化、税制改革、教育改革、行政改革は、大きく語られ記憶されてよいと考えています。

 なかでも、国鉄分割民営化は、国労の崩壊、総評の衰退、社会党の退潮に拍車をかけて、55年体制を終末に導く大きな役割を果たしたのです。

<「文藝春秋」2005年12月号>
 中曽根氏は以下のような発言をしています。

 「国鉄民営化は、国鉄労組を崩壊させました。国鉄労組の崩壊は総評の崩壊、つまり社会党の崩壊につながります。だから国鉄改革は、日本の基盤に大きな変化を与えたんですよ。もちろん私はそれを認識して実行に移しました。私が三木内閣の幹事長をしていた時、国鉄労組が8日間のゼネストをやった。私は徹底的に戦ってストを破った。そして202億円の損害賠償を要求して以降、法廷闘争となった。その時以来、国鉄の民営化と総評・国鉄労組の崩壊を狙っていたのです。」

【国鉄の分割・民営化と徹底的な組合差別】

 1987年4月国鉄は民営化され地域別に6つのJR各社と全国1つのJR貨物に分割されました。国鉄職員は公共企業体の職員として公務員並みの身分保障がされていたのですが、中曽根元総理や国鉄当局は分割・民営化にあたり新事業体であるJRに採用されない労働者数として41,000人を意図的に作出し、国鉄当局は、当局に従順に従わないとJRに採用されないとおどし、国鉄労働組合(国労)からの脱退を執ように求めました。現実にも最後まで国労を脱退しなかった労働者はJRに採用されず、国鉄清算事業団に残され、3年後の1990年3月に解雇されました。解雇された国労所属の労働者295名が、国鉄を承継した日本鉄道建設公団を被告として2002年に提訴したのが鉄建公団訴訟で、私はその常任弁護団の1人です。これについては2005年年9月15日に第1審判決がありました。

<第1審判決>
 第1審判決は次のように述べて、国鉄の不当労働行為(組合による採用差別)を認定し、不法行為にあたると断じました。

 「国鉄が、原告らをJR北海道、JR九州の各採用候補者名簿に記載しなかったのは、主として、これら原告らが、国労に所属していることないし国労の指示に従って組合活動を行っていることを嫌悪して、国労組合員に対する能力、勤労意欲、勤務態度等の評価を恣意的に低く行い、不利益に取り扱ったことによるものであると強く推認することができる。」

 「以上によれば、国鉄がJR北海道、JR九州の各採用候補者名簿に記載しなかったのは、同原告らが、主として、国労に所属していることないし国労の指示に従って組合活動を行っていることを理由として、採用基準を恣意的に適用し、勤務成績を低位に位置付けたこと(以下「本件加害行為」という。)によるものと認められ、不法行為と評価するのが相当であり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。」

 第1審判決は不当労働行為は認めましたが、1990年解雇については時限立法にもとづく解雇でやむをえないとして解雇無効を認めず、原告らについてわずか1人500万円の慰謝料のみを認めました。これについては原告、被告双方とも不服として控訴し東京高等裁判所第17民事部で現在審理されています。

【鉄建公団訴訟で東京高裁は葛西敬之JR東海代表取締役会長の証人採用を決定】

 2月15日鉄建公団訴訟の控訴審で東京高等裁判所第17民事部の南敏文裁判長は次の4月18日の口頭弁論期日に現JR東海の代表取締役会長である葛西敬之(かさい よしゆき)氏の証人尋問を行うことを決定しました。葛西氏は国鉄が分割民営化するにあたって職員局次長の地位にあり、東京高裁は不当労働行為(組合差別)の実体と原告ら労働者の解雇の正当性の有無について、旧国鉄の指揮官を尋問する必要があると判断したことによるものです。
 葛西氏はJR東海の代表取締役会長であるほか、国家公安委員会委員、政府の教育再生会議の委員でもあり、政財界に発言力の強い人物です。地裁でも葛西氏の証人尋問を求めていましたが、東京地裁の第36民事部でも、第19民事部でも採用されませんでした。組合対策の功績が認められ、出世階段を昇りつめ、今ではすっかり大物となった葛西氏の尋問を東京高裁が決定したことに、事実解明に向けての東京高裁の強い決意を感じて、私は一瞬心がふるえました。

【中曽根元総理の意を受けて】

 中曽根内閣が誕生したのは1982年11月ですが、この頃から国労潰しの動きが鮮明になってきています。国鉄分割・民営化の直前である1985年6月から1987年1月にかけては国鉄職員29万人をまきこんだ不当労働行為(組合差別)が国鉄当局によって白昼堂々と行われました。これは時の内閣総理大臣のお墨付きがあったから国鉄当局幹部が何臆することなく、強引に組合潰しを実行しました。日本の労働運動史上前代未聞の組合潰しであり、この過程で多くの国鉄労働者が路頭に迷ったり、自殺で亡くなったりしました。血塗られた1頁として労働運動史上消し去ることができないものとなりました。

【闘う労働組合が壊滅した今 日本の社会におきていること】

 中曽根元総理や葛西氏らの企図したとおり、わが国から使用者と対立しても労働者の権利を守る労働組合が激減しました。労働組合の組織率は18%を割り、その労働組合もほとんどが御用組合で、わが国ではストライキは死語と化しています。このような国は世界でも極めてまれで、もともと労働者の権利に関する法的な秩序が存在していなかった日本の企業秩序社会において、使用者の一方的な支配に黙々と従う労働者群という構図がほぼパーフェクトな形でできあがってしまいました。
 その結果日本の社会に何が起こったでしょうか。リストラによる中高年労働者の自殺、30代を中心とするうつ病の増加、過労死、うつ病を苦にした自殺、ワーキングプア化した非正規雇用労働者等々。今やKAROSHIは日本の労働者の現状を表現する国際語と化しています。正当な労働組合活動を行う労働組合が消滅することによって、日本の労働者の屍が累々と積みあがっています。
 中曽根元総理や葛西氏は勝ち誇った如く自伝を出版していますが、彼らには日本の社会がかけがえのないものを失ったことが理解できていないと思います。葛西氏の証人採用は、中曽根元総理の労働組合潰しに裁判所がメスを入れることにつながります。健全な社会をとりもどすためにもきちんとした成果を勝ち取りたいと念じています。

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2008年2月10日 (日)

淋しく悲しい通勤風景 凍る日本人の心

【私の通勤ルート】

 私の事務所までの通勤ルートは朝(行き)は都営浅草線の西馬込駅まで15分位歩き、西馬込から23分乗って東銀座駅に着きます。東銀座から7分くらい歩いて銀座6丁目の事務所にたどり着きます。西馬込駅は都営浅草線の始発駅ですからゆっくりと座って日経新聞の朝刊を読むことができます。夜(帰り)は事務所からJR新橋駅まで8分位歩いてそこからJR大森駅まで15分位乗ります。大森駅からバスもありますが疲れているので最近はタクシーに7分位乗って帰ることが多くなりました。

【朝は障害物競走】

 他府県に行くときは早朝に家を出ますが、事務所に行くときは午前8時台に家を出ることが通常です。都営浅草線はあまり混まない線なので私にとりいろんな意味で楽ができる路線です。ただひとつ難点は西馬込駅の改札口からプラットホームまでかなりの階段があるということです。そのため発車間際になると若い男女がプラットホームまでの階段や通路を走り抜けます。女性のヒールがコンクリートをコツコツと打つ音は耳をつんざくほどです。一般の通勤時間から少し遅れているので混み具合はさほどではないのですが、朝の駅構内はまるで障害物競走です。老人や障がいをもった人は正に障害物で、私もその1つの存在です。

【階段から突き落とされた障がいをもった青年】

 私の友人で運動機能に障がいがあって身体をゆり動かしながゆっくりとしか歩けない青年がいますが、彼は階段をおりるときに2度にわたって突き落とされたと言っていました。突き落とした側の人物もおそらく突き落とすことを企図して彼の身体に触れたのではないと思います。急ぐ気持ちが、ゆっくり歩く彼を行く手を阻む存在とみて振り払ったと思われます。急ぐ人物にとり、ここでも障がいをもった人や老人は障害物なのです。

【会社や学校に遅れない!】

 日本人は“会社の定時に遅れない!”“学校に遅刻しない!”というのが至上命令として生きてきました。そのためには前に居る人を払いのけても突き落としても前に進む必要がありました。日本人は自分の属する集団の規律を乱すことがあってはならないということを、何よりも優先させてきました。ところで、これほどまで集団を大切にするのにその集団の中で心の通った血の通った人間関係が築かれているでしょうか。集団の構成員相互の関係は最近とみに無機質な人間関係になっていると私は思います。

【金曜日の夜8時過ぎの電車の中で】

 2月8日(金)夜8時過ぎにJR新橋駅から京浜東北線に乗りました。新橋駅は山手線、京浜東北線、東海道線の上下計6線の乗客が同じ改札口を出入りするのでいつも混雑しています。私とは逆の東京方面行きの電車からはき出される乗客の列に遭遇しましたが人々は我先へと進み私に道を空ける人はいません。モタモタしていると後ろからきた女の人が荷物を私の肩にあてながら、謝ることなく先に突き進んで行きました。
 プラットホームで私の前にならんでいたある男の人が松葉杖をついてシルバーシートの前に立ちました。3人の男性が座っていましたが誰一人として変わる気配を示しませんでした。私が降りた大森駅でもまだその人は立ったままでした。“私はエーッ信じられない!”と思い、座っている人たちの顔を見ましたが何も感じていない素振りで本や新聞を読んだり前を見ていました。丁度車内放送がシルバーシートでは身体の不自由な方や妊娠をした方に変わってあげてくださいと放送していましたがそれも聞こえたのか聞こえなかったのか。座っている3人の男性は50代前後でしたが身体は不自由な人はいません。自分を老人と位置づけて座り続けることを自分の心の中で正当化したのでしょうか。私はとても淋しく悲しい思いをし、日本人であることを恥ずかしく思いました。今の大人に若者を非難する資格はないと思いました。

【孤立を深める一人ひとりの日本人】

 20数年前の朝日新聞で中国の水墨画の画家が日本の男性の顔はとても美しいとほめてくれていたことがありました。電車に乗ったときなどそっとスケッチすると書いていました。当時の日本の職場も企業戦士と言われたほどですから男性たちの生き方は決して人間的なものではなく、中国人の画家がほめすぎだと思います。でも今よりはまだ企業内での仲間意識があり、面倒見のいい男性もいて、そんな男性の表情には確かに一定の魅力がありました。その後リストラによる雇用不安の嵐が吹き、成果主義で選別される職場環境の下で多くの日本人が互いに競わされました。その結果一人ひとりが孤立を深め、他者を思いやるゆとりを失ってしまったことは否定しようがありません。JRの電車や地下鉄に揺られる日本人の男性は疲れはてています。残念ながら電車の中でも銀座の街角でも多くの女性からもやわらかな眼差しが減っています。グローバル競争でたとえ日本の企業が勝ち続けても、また日本経済が他国の経済を凌駕しても、日本人一人ひとりが孤立化し、他者を愛する気持ちをもてないのなら何の値打ちもありません。心の面から私たちの国の劣化をあらためて思い知りました。

【地獄に向かって突き進むだけ】

 私の尊敬する神野直彦東京大学大学院経済学研究所教授は、小泉「構造改革」がはじまった2001年1月「『希望の島』への改革」(NHKブックス)で次のように警告していました(19~20頁)

 「競争社会」を目指す日本では、企業のコストを低めることだけに目が向けられてしまう。そのため、労務コストを低め、課税負担を低め、社会保障負担を低め、企業負担の軽減による経済成長が目指されるため、雇用が悪化し、かつ財政も破綻してしまうのである。
 経済が活性化するためには、社会を構成する掛けがえのない人間が能力を高め、意欲をもって働かなければならないという、極めて常識的な真理が、日本では忘れ去られている。機械や土地がやる気を出すわけがない。
 いま日本は、血眼になって社会から人間を排除することに全力を挙げている。何のために社会から人間を追い出すのかを、立ち止まって再考しなければならない。
 人間の幸福のために、企業があり、政府があるはずである。人間を忘れた日本は、明らかにハンドルを切り間違えたのである。ハンドルを切り間違えたのであれば、アクセルを吹かせても、地獄に向かって突き進むだけである。早くハンドルを正しい方向へ切り替えなければならない。
 人間は、人間にとっての最高の存在である。経済のために人間があるのではなく、人間のために経済はある。ところが「競争社会」では、人間は経済の「手段」にしかすぎない。人間はコストを高める妨害物と見なされ、人間が共同生活を営む「場」である社会から人間を追放してしまう。
 しかし、人間中心の「協力社会」では、人間の能力を相互に高め合い、生産性を向上させることによって、経済成長を目指すことになるのである。
 今からでも遅くはない。生まれ出ずる痛みに耐え、人間を中心とする社会を目指して「歴史の峠」を越えていこうではないか。
 つまり、日本を「希望の島」に再生するため、「競争社会」に別れを告げ、「協力社会」への道を着実に歩み始めようではないか。

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2008年2月 4日 (月)

誤字についてのおわび

 2月3日の記事(急減速の米経済とEU・中国・日本の経済)で誤字がありました。
 私の意見内の文章について、「米会社大手10社が07年後半だけで14億ドルの損失を出したのと比べると日本の主要4行で6000億円(56億ドル)は桁が2つ以上違います」となっていましたが、正しくは「米金融大手10社が07年後半だけで1億ドルの損失を~」でした。(現在記事は訂正済みです)
 訂正前の米10社が14億ドルで日本4行が56億ドルであれば日本の損失の方が大きいことになります。1千とすべきところを14としたため何だか訳の分からない文章になってしまいました。
 訂正させていただくとともに、お詫び致します。

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2008年2月 3日 (日)

急減速の米経済とEU・中国・日本の経済

【私の意見】Up63

 今回も世界経済と日本経済についてとりあげました。日本株が下落し続けていることから、マスコミは福田内閣による「改革」後退、経済無策が日本丸の沈没を招いているとの論調を強めています。ほんとうにそうなのでしょうか。
 サブプライム問題に端を発した米経済の急減速は、バブル崩壊後の日本の比ではありません。破綻の規模が巨大であり、破綻の深さもまるで泥沼に足が吸い込まれていくような不気味さを感じます。1月31日から2月2日までの経済記事を並べてみました。12月までは日本経済も日本の大手企業も堅調に推移していることが伺えます。この中で銀行と証券会社の減益はありますが、米金融大手10社が07年後半だけで1千億ドルの損失を出したのと比べると日本の主要4行で6000億円(56億ドル)は桁が2つ以上違います。今年は日本経済も日本企業も米経済の急減速により大きな影響を受けることは避けられません。しかし日本企業はかつての米国一辺倒から、アジア・EUと幅広い国々にシフトしており、総体的に見れば日本経済も日本企業も足腰がしっかりしていると思います。ですから株価だけから日本丸が沈没するというマスコミの論調は皮相的で大げさすぎるというのが私の意見です。
 以下新聞記事をご覧の上、私と一緒に考えていただければ幸いです。

【自宅失い 配給の列に 
       サブプライム震源地 雇用減少も追い討ち】

                     (1月31日 朝日新聞 より)

 殺風景で人影が少ない商店や工場が立ち並ぶ一帯を抜けると、空のダンボール箱や大きな入れ物を持った人たちが長い列をつくっていた。米カリフォルニア州の都市ストックトン(人口約29万人)。困窮者に無料で食料を配る「緊急フードバンク」には、24日朝も配給が始まる30分前から、60~70人が寒い小雨のなか、無言で待つ。ぐずる赤ちゃんを抱いた20歳代の母親もいた。
 一抱えのパンや牛乳、缶詰やクッキーなどをもらいに来るのは1日最大約260人。低所得者向け(サブプライム)住宅ローン問題の深刻化とともに、昨年秋から急に増え始め、前年より3割ほど多い。失業中などの新顔が3分の1を占める。
 「4年半ここにいるが、最悪の事態だ。食と職に困った人が押し寄せてくる感じだ」と、総括のティム・バイアルさん。昨年のクリスマスには午前5時ごろから列ができ、長さは100メートルほどに達したという。
 失業中のジョン・ラッセルさん(32)は、サブプライム住宅ローンを返済できず、友人宅に身を寄せる。月収2000~2500ドルのうち、金利上昇でローン負担が約5割増え、1200ドル余りに膨らんだ上に、住宅不況で失業。返済が滞り、差し押さえられた家を立ち退き、子供3人と妻は州南部の実家に戻った。

 ストックトンは「サブプライム震源地」といわれる。州都サクラメント近郊としても住宅開発が急成長。同時多発テロがあった01年の景気後退を受け、03年までに政策金利が約46年ぶりに低い年1%に下がったことが強力な刺激となっていた。
 昨年から本格化したサブプライムローン金利の上昇が直撃。差し押さえ手続き中の住宅の割合は99世帯に1件と全米平均の6倍強で主要都市圏のトップだ。

私のコメント:日本では住宅金融専門会社(住専)、不動産会社、ゴルフ場経営企業、金融機関の破綻はあっても、国民が家を失い、配給に列をつくったということはほとんどありませんでした。

<サブプライム問題>

 低所得者層を主な対象にした高金利の融資が「サブプライム(準優良)ローン」。米住宅ローン総額約10.4兆ドル(約1100兆円)のうち11.5%の1.2兆ドル(約130兆円)を占める。
 2~3年ぐらい前までのカネ余りでローン会社の競争が激化。借り手の収入額を実際以上に膨らませ、融資額を増やしたケースも少なくない。サブプライム住宅ローンの約4割を占めるのが変動金利型。契約当初は客寄せで6~8%の金利が2~3年後には11~12%に上昇する例もあり、途端に返済できなくなる利用者は多い。
 全米の延滞率は07年7~9月期が過去最高の16.3%に上昇、同年には約129万件が差し押さえ対象になった。ピークの08~09年には約170万件(約3670億ドル)の金利が上昇し、約140万件が延滞・差し押さえに直面する懸念も出ている。

<米金融大手10社が1千億ドル超の損失>

 住宅不況は米経済を大きく揺さぶっている。サブプライム問題で、米金融大手10社は07年後半だけで1千億ドル超の損失を出し、企業倒産も急増。米国市場を震源とする株安は日本や欧州、世界景気を支えてきた中国など新興国にも連鎖した。
 30日発表された米国の昨年10~12月期の実質国内総生産(GDP)の伸び率は急減速し、米景気後退(リセッション)への強い懸念を反映した。
 ストックトンにある困窮者が無料で宿泊できる非営利団体(NPO)「ホームレスのためのシェルター」に身を寄せる家族数は、この1年間で前年同期より約15%多い計約450世帯。運営者のジョン・レイノルズさん(56)は「ホームレスは今後も増え、ひどい時期を迎えそうだ」と警戒している。

 サブプライム住宅ローン問題の危機の広がりは予想を超え、さらに深刻化している。米経済は急ピッチで減速し、新興国や日本も不安の連鎖に巻き込む。

【米国「貸し渋り」老舗倒産 大型開発も中止危機】
                      (2月1日 朝日新聞 より)

<老舗倒産>

 「昨年10月から銀行団に融資の借り換えをお願いしてきたが、受け入れてもらえなかった」
 米住宅関連メーカーで創業100年を超える老舗プロベックス社のマック・プリジャー副社長は振り返る。融資継続の望みが絶たれた同社は1月18日、連邦破産法11条に基づく会社更生法手続を申請し、倒産に追い込まれた。

<大型開発中止>

 全米屈指の観光地ラスベガス。巨大ホテルやカジノが並ぶメーンストリートに面した一角で、新たな大型施設「コスモポリタン・リゾート・アンド・カジノ」の建設工事が進んでいる。
 ところが、開発を進めてきた米著名デベロッパーのイアン・ブルース・アイクナー氏のもとに1月16日、大手銀行から融資の継続ができない、との通知が届いた。
 短期の資金繰りに行き詰ったとみられ、「最近の金融市場や不動産市場の厳しい状況は我々の制御不能だ」とアイクナー氏。新たな融資銀行などが見つからなければ、開発は宙に浮く恐れがある。09年に開業予定の2棟の52階建て「ツインタワー」は、まだ地上5階ぐらいまでの鉄骨をさらしたままだ。
 地元の調査会社は、4年後には複数の新設ホテルの開業で約4万室増える見込みと言うが、「完成が危ぶまれている施設は他にもある」との声も広がっている。

<金融保証会社の信用不安>

 一方、サブプライム問題で、今年に入り、新たに「モノライン」と呼ばれる金融保証会社の経営不安が浮上。米当局が救済策に乗り出したが、失敗すれば「世界の銀行が最大1430億ドルの追加増資を迫られる」(英バークレーズ・キャピタル)との試算も出てきた。米金融大手10社は07年後半だけで1千億ドルの損失を出し、資本増強に追われたが、さらに資本が毀損する恐れが出てきた。
 金融機関は損失が拡大した昨秋以降、資本増強だけでは自己資本比率を健全な水準に保つのが難しいため、分母にあたる資産の圧縮を急いでいる。

<リセッション>

 空前の好決算が相次いだ米企業の業績も昨年後半に失速。頼みの個人消費も07年の年末商戦は、百貨店など小売り大手の売上高が5年ぶりの低水準にとどまるなど振るわない。消費の減速は明らかで、企業業績や設備投資には暗雲が漂う。
 サブプライム問題をきっかけにした「貸し渋り」の拡大。企業経営者たちは「リセッション(景気後退)」の足音に耳をそばだてながら、金融機関の動向に神経をとがらせている。

私のコメント:05年末の日本の対外純資産は180兆6990億円で過去最高水準です。15年連続で世界最大の債権国です(イミダス2007版より)。国民は1400兆円の貯金がありました。今は株とあわせて1500兆円の金融資産があります。「失われた10年」と言われ、日本では悲観的な見方が支配的でしたが世界の中で日本経済をみつめると何も失っていなかったのです。今も同じだと思います。

【負のらせん EU懸念 新興国に影響じわり】
                      (2月1日 朝日新聞 より)

<EU>

 ドイツ政府は08年の成長率について、昨春時点の2.4%を秋に2.0%に引き下げ、1月に入って1.7%に再び下方修正した。
 低所得者向け(サブプライム)住宅ローン問題が最初に飛び火した欧州。金融機関は巨額の損失を出し、金融市場の動揺が続く中、1月下旬、創業140年を超す英国靴売り大手「ドルシス」が経営破綻した。景気の先行き不安を感じ取った消費者は財布のひもを固くし、売上不振に拍車がかかった。
 景気後退とインフレが同時に進む(スタグフレーション)最悪のシナリオに対する懸念も台頭し始めた。
 欧州連合(EU)統計局は1月31日、ユーロ圏の消費者物価の上昇率が3.2%(1月分の速報値)だと発表。99年にユーロが導入されて以来、最大の上昇幅となった。
 「物価がスパイラルのように上がっていく事態を受け入れることはできない」。欧州中央銀行のトリシェ総裁は時に、らせん状に指を動かしながら、物価上昇が次々と波及していく事態への懸念を強調する。

<新興国>

 一方、世界景気を支えてきた新興国。ソファ、テーブル、タンス・・・。中国南部の広東省は、家具生産で全国の3分の1を占める輸出拠点だが、地元業界団体には工場経営者から不安の声が寄せられている。中国からの家具輸出222億ドル(07年)の半分前後を占める米国で住宅販売が低迷し続けると、「我々にも必ず影響が出る」(中国家具協会の朱長嶺副理事)という。
 家具に限った話ではない。中国全体の対米輸出は07年に前年比14.4%伸びたとはいえ、12月だけ見れば伸び率は6.8%に急減速した。
 株価の動きがそれを映し出す。1月22日の世界同時株安では上海、深圳での上場銘柄の過半がストップ安に。上海株は、このところ5%を超す急落を重ねている。
 アジア諸国も同じだ。

<日本>

 そして日本。6大金融・銀行グループの07年度のサブプライム住宅ローン関連の損失が、6000億円を超える見通しとなった。昨年11月時点から2倍になった。さらに国内では住宅着工件数の低迷が続き、関連産業にも影響が広がっている。石油製品や食品の値上がりも加わり、消費者心理は急速に冷え込みつつある。
 不安の連鎖が広がる中、主要7カ国財務省・中央銀行総裁会議(G7)が9日、東京で開催され、新興国の代表も参加する。国際協調でどんな対策を打ち出すのか、世界が注視している。

【日本経済の現状】

 1月31日~2月2日までの日本経済新聞と朝日新聞の日本経済に関する記事を並べてみました。

<実質1.5%成長予測 10-12月GDP年率 外需頼み、先行き不安 民間15機関平均>
                       (2月2日 日本経済新聞

 内閣府が14日発表する2007年10-12月期の国内総生産(GDP)速報値について民間調査機関15社の予測が出そろった。予測平均は物価変動影響を除いた実質で前期比0.4%増、年率換算で1.5%増の伸び。2・4半期連続で潜在成長率(1%台半ばから後半)並みの成長を確保するとはいえ、中身は前期に続く外需頼み。先行きの不安を残す。

私のコメント:労働コストを下げるだけで、賃金をおさえているばかりでは内需の起こりようがありません。外需頼みは国策の結果です。

<上場企業、経常益10.7%増 昨年4-12月 新興国けん引 米景気の減速警戒 本社集計>
                      (2月2日 日本経済新聞

 企業収益の拡大が続いている。日本経済新聞社が1日発表分までの2007年4-12月期連結業績を集計したところ、連結経常利益は前年同期と比べ10.7%増えた。経済成長の続く新興国で事業展開する建設機械や自動車、海運などがけん引した。ただ米景気の変調や円高進行などで足元では減速感が強まっており、全体の8割の企業が08年3月期通気の予想を据え置いた。年明け以降の連鎖株安など収益環境の悪化から経営者は慎重姿勢を強めている。

<キャノンが最高益 07年12月期連結 デジカメなど好調>
                         (1月31日 朝日新聞

<ホンダ売上高増 前年同期比11.9%>
                         (1月31日 朝日新聞
 07年4~12月期連結 売上高・営業利益のいずれも過去最高を更新

<車の輸出割合 56.5% 過去最高>
                         (1月31日 朝日新聞
 国内市場縮み、新興国需要拡大

<商社5社が過去最高益>
                          (2月1日 朝日新聞
 資源高騰などから

<ソニー・松下 純利益最高>
                       (2月1日日本経済新聞
 10-12月期 欧州・アジア好調
 米は先行き不透明

<8大銀 45%減益>
                       (2月1日日本経済新聞
 4-12月 サブプライム重しに
 みずほ関連損  3950億円  通期

<サブプライム 主要4行 損失6000億円超>
                          (2月1日 朝日新聞
 3月期見通し 信用不安広がる

<証券12社 減益・赤字に>
                        (2月1日日本経済新聞
 株安影響 法人部門が苦戦
 準大手・中堅の健闘目立つ 新興国シフト実る

<日産、営業益9%増 4-12月 米国向け販売堅調>
                       (2月2日 日本経済新聞

<トヨタ 中国新工場>
                       (2月2日 日本経済新聞
 吉林省に建設検討、年産100万台体制へ

<シャープ 10-12月 営業益6%増>
                       (2月2日 日本経済新聞
 液晶パネル、利益 5割稼ぐ

 
 

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