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2008年1月12日 (土)

「国家の品格」「女性の品格」の品格度

【藤原正彦著「国家の品格」(2005年11月 新潮新書)】

著者紹介(著書の巻末の記載より)

藤原正彦(ふじわら・まさひこ)  1943年(昭和18)年旧満州生まれ。東京大学理学部数学科、同大学院修士課程修了。コロラド大学助教授等を経て、お茶の水女子大学理学部教授。作家新田次郎、藤原ていの次男。著書に『若き数学者のアメリカ』『天才の栄光と挫折』等の他、共著に『世にも美しい数学入門』。

 私はこの本を2006年12月25日付の39刷版で購入しています。日本人に「品格」を問い220万部突破!と強調した赤い背表紙がついていました。この本を読めばまるで日本人の品格が高まるかの如きです。この本がつけた品格ブームに乗っかったのが前回のブログで触れた坂東眞理子著の「女性の品格」です。
 日本人に品格が欠けている部分が多いと私も思っていますが、「国家の品格」も「女性の品格」も安っぽい品格論の押しつけで、品格を欠く品格本ブームというのが私の率直な感想です。 

【第三章 自由・平等・民主主義を疑う】

<ジョン・ロック批判>
 著書「国家の品格」は欧米批判を第三章「自由・平等・民主主義を疑う」として人権思想に対して攻撃しています(65~94頁)。

 「すなわち国家とは、人民が自由を放棄した状態を言うのです。どんな自由もないというのは言い過ぎですが、次の世代のジョン・ロックのように『他人の自由と権利を侵害しない限り自由』という考えよりは、ホッブズの方が本質を衝いている。ロックの説が正しければ援助交際もオーケーとなります。」

 「ロックというのは、大物中の大物思想家です。
 個人は自由に快楽を追求してよい、全能の神が社会に調和をもたらしてくれるから、と述べました。何と無責任でデタラメな発言でしょう。ロックこそは、民主主義、功利主義、近代資本主義の祖と呼んでも過言ではない人です。」

ジョン・ロック (wikipedia より)

 ジョン・ロック(John Locke, 1632年8月29日 - 1704年10月28日)はイギリスの哲学者、社会契約論者、ピューリタン信仰者。ウェストミンスター校およびオックスフォード大学出身。アメリカ独立宣言、フランス人権宣言に大きな影響を与えた。

彼は、王権神授説を否定し自然状態を牧歌的・平和的状態と捉え、公権力に対して個人の優位を主張した。政府が権力を行使するのは国民の信託 (trust) によるものであるとし、もし政府が国民の意向に反して生命、財産や自由を奪うことがあれば抵抗権をもって政府を変更することができると考えた。抵抗権の考え方はのちにバージニア権利章典に受け継がれていく。

また彼は、名誉革命期、ハリントンの提唱した権力分立制を発展させ、立法権と行政権の分離を説いた。また、対内的な行政権を執行権、対外的な行政権を連合権と呼んだ。これがのちにモンテスキューによる三権分立論(司法権・立法権・行政権)まで発展する。

その他、政教分離を説いたり、フィルマーの家父長的政治を批判したりと、現実主義的な考えを展開している。

 正にジョン・ロックは人権思想の祖です。ロックの思想を歪曲して「ロックの説が正しければ、援助交際もオーケーとなります」という藤原氏の品格度はどう測ればよいのでしょうか。

<トマス・ジェファーソン批判>
 著者はアメリカ合衆国の独立宣言を起草したトマス・ジェファーソンを「ジェファーソンの偽善」と題して次のように批判しています(73頁)。

 「自由と平等はアメリカ合衆国の独立宣言に再登場となりますが、こちらはほとんどコメントしようもありません。『我々は次の事実を自明と信ずる。すべての人間は平等であり、神により生存、自由、そして幸福の追求など侵すべからざる権利を与えられている』と聞かされても、私は『32歳のヴァージニア州議会議員トマス・ジェファーソンはそう思ったんだな』と思うだけです。
 自明と思うものにまで神を持ち出されたら、『それはジェファーソンの信仰でしょ』というしかありません。ちなみに自由と平等のチャンピオンとも言うべきジェファーソンは、後に第三代アメリカ大統領になりますが、アメリカ先住民を大々的に迫害し、黒人奴隷を100人以上も所有していました。最近、ジェファーソン家で働いていた奴隷の子孫がジェファーソンの子孫であるらしいことがDNA鑑定により判明し、一流科学雑誌にも発表されて話題を呼びました。」

 最後のくだりについて、松山大学法文学部教授田村譲氏のサイト、多夢太夢(http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/jefasonn)によると次のように記述しています。

 「なお、ジェファーソンが夫人の没後、混血黒人奴隷のサリー・ヘミングス(Sally Hemings)との間に3人の子供をもうけていたとの風説が大統領在任時からあったが、後年、ヘミングスの子供の1人の子孫の遺伝子分析とジェファーソンの血筋のそれが一致した。そのため、嫡流(ちゃくりゅう=正統の家系)の人々で結成するジェファーソン協会(Monticello Association of the Descendants of Thomas Jefferson)の99年の年次会合にヘミングスの末えい35人が招待された。 」

 私はジェファーソンの嫡流の人々がヘミングスの末えい35人を招待したことに品格を感じますが、著者の品格の視点は全く別のところにあるのが残念です。

<日本も民主国家だった>

 「日本は少なくとも、昭和12(1937)年の日中戦争勃発までは民主主義国でした。普通選選挙法は大正14年(1925)に可決されています。アジアでは最初、イギリスより7年遅れただけです。反資本主義を掲げる社会大衆党は、昭和11年と12年の2つの選挙を経て、それ以前の5議席から36議席にまで大躍進しているのです。この頃、民政党の斉藤隆夫は国会で反軍、反戦演説をしています。日米戦の期間中は東条英機の独裁でしたが、それはルーズベルト大統領のアメリカも、チャーチル首相のイギリスも同じです。」

 著者の民主主義の認識の程度はこんなものなのでしょうか。
 1890年(明治23年)11月26日に施行され、ポツダム宣言を受諾した1945年8月15日まで効力があった大日本帝国憲法は次のように規定していました。「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」(第1条)。「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」(第3条)。「天皇ハ陸空軍ヲ統帥(とうすい)ス」(第11条)。国民は「日本国民」ではなく、「日本臣民」と既定されていました(第3章)。王権神聖説そのものの憲法であり民主主義のかけらもありません。1925年(大正14年)には普通選挙実施と引き換えに、労働運動、民主主義運動弾圧のためあの恐ろしい治安維持法が制定されています。反民主主義の体制は東条英機個人に矮小化できるものではありません。

<「真のエリート」が必要>
 「国民は永遠に成熟しない。放っておくと、民主主義すなわち主権在民が戦争を起こす。国を潰し、ことによったら地球まで潰してしまう。
 それを防ぐために必要なものが、実はエリートなんです。真のエリートというものが、民主主義であれ何であれ、国家には絶対必要ということです。この人たちが、暴走の危険を原理的にはらむ民主主義を抑制するのです。」
「昔はいました。旧制中学、旧制高校はこうした意味でのエリート養成機関でした。真のエリートには、俗世に拘泥しない精神性が求められます。」(85~86頁)

 一中、一高、東大が昔のエリートの常道。著者もエリートの流れを組む人? エリート主義は坂東眞理子著「女性の品格」と共通するものがあります。他人に「品格論」を論じる人には、高いところからしかものが見れないという共通したところがあるように思います。

【傲慢で根拠のない日本礼賛】

 著者の結論は荒廃した今の世界を救うのは日本の武士道精神であり、日本人のもつ惻隠の情であるということのようです。

<日本の神聖なる使命>

 「卑怯を憎む心があれば、弱小国に侵攻することをためらいます。惻隠の情があれば、女、子供、老人しかいない街に大空襲を加えたり、原爆を落としたりするのをためらいます。占領した敗戦国の文化、伝統、歴史を粉々にしてしまうようなこともためらいます。
 美的感受性があれば、戦争がすべてを醜悪にしてしまうことを知っていますから、どんな理由があろうとためらいます。故郷を懐かしみ涙を流すような人は、他国の人々の同じ想いもよく理解できますから、戦争を始めることをためらいます。」
 「欧米人の精神構造は『対立』に基づいています。
 精神に『対立』が宿る限り、戦争をはじめとする争いは絶え間なく続きます。日本人の美しい情緒の源にある『自然との調和』も、戦争廃絶という悲願への鍵となるものです。
 日本人はこれらを世界に発信しなければなりません。欧米をはじめとした、未だ啓(ひら)かれていない人々に、本質とは何かを教えなければいけません。それこそが『日本の神聖なる使命』なのです。」

 数学者という立場にありながら、日本人がアジアの民衆の命をうばい、アジアの女性たちの人権をじゅうりんした客観的事実にほおかむりをして、このような論陣をはる神経の太さは一寸信じられません。

<世界を救うのは日本人>

 「日本は、金銭至上主義を何とも思わない野卑な国々とは、一線を画す必要があります。国家の品格をひたすら守ることです。経済的斜陽が一世紀ほど続こうと、孤高を保つべきと思います。たかが経済なのです」
 「日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは、日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務と思うのです。ここ四世紀間ほど世界を支配した欧米の教義は、ようやく破綻を見せ始めました。世界は途方に暮れています。時間はかかりますが、この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいないと私は思うのです」

【学者としての品格を捨てた本 ベスト・セラーはつくられる】

 「国家の品格」は数学者という品格をかなぐり捨て、好き勝手なことを書いている非数学的、非論理的な著書と言えます。
 著者の好きな旧制中学、旧制高校のエリートたちの時代にこの本が仮に出版されていれば、数学者が自己の専門分野を超えて非論理的な本を世に出すのですからおそらく学者生命の終わりになったでしょう。今の時代はそれを許す社会となっています。著者はそれを見越して論理性がないのを承知の上で、日本人にただようナショナリズム的傾向に受ける文を書き散らしているとしか思えません。著者が非難する「自由」を著者が一番満喫しているのではないでしょうか。新潮社がつけたのか著者がつけたのか中味よりも「国家の品格」という書名があたりました。ベスト・セラーなんて中味ではなく、所詮つくられた仕掛け次第ということを目のあたりに見る品格本ブームです。

【政治家・経済人による日本礼賛ブーム】

 この本をきっかけに政治家や経済人による日本礼賛の大合唱がはじまりました。
  * 安倍晋三 「美しい国へ」-自信と誇りのもてる日本へ
                         (2006.7.20 文藝新書)
  * 「希望の国、日本」-ビジョン2007
                   (2007.1.1 日本経済団体連合会)
  * 麻生太郎 「とてつもない日本」-日本の底力はまだまだ凄い
                         (2007.6.6 新潮新書)

 自国礼賛論者に日本の政治や経済を託すのは危険なことです。

【坂東眞理子著「女性の品格」の品格の程度】

 「国家の品格」は賞味期限切れで、今は「女性の品格」が飛ぶように売れています。「女性の品格」の品格度について私の意見を述べます。坂東氏は品格について次のように述べています(3頁)。

 「では人間としての品格とは何でしょうか。
 正義感、責任感、倫理観、勇気、誠実、友情、そして忍耐力、持続力、節制心があり、判断力、決断力に富み、優しく思いやりがあるなどという美徳は、品格ある人間であるための重要な要素です。」

 坂東氏は内閣府初代男女共同参画局長に就任し女性官僚として男女共同参画のトップの責任者でした。にもかかわらずわが国の女性たちの社会進出度は世界の中でも著しく低いレベルにとどまっています。坂東氏に責任感、倫理観があれば、この現実を率直に認め日本の女性たちにトップ官僚としていたらなかったことをわびるのが品格ある女性のとるべき姿勢ではなかったでしょうか。坂東氏が不均等・不平等で苦しむ女性の立場からこれを改善するにはどのようにすればよいかを自らの反省をまじえて論じれば著書に自ずと品格がにじんできたことと思います。残念ながら坂東氏は自分のやり方がベストと言っているのと変わらず目線もどちらかというと男性上司と同じ目線です。「女性の品格」から処世術を学ぶことができても「倫理観」「誠実」「優しい思いやり」を女性たちが感じることはないでしょう。
 この著書もつくられたベスト・セラーといえます。藤原正彦氏と新潮社がつくり出した「品格」ブームに坂東氏とPHP研究所がちゃっかり乗っかり、品格のある女性になりたいという女心受けをねらったと思われます。それに男性が、どれどれと買ったのが加わりたちまちのうちにベスト・セラーとなりました。この本が中味に正直に例えば、「女性リーダーになるための処世術」という題名であれば、ほとんどの人は手にとることがなかったと思います。ベスト・セラーというものがつくられるものであることを「品格」本ブームからあらためて感じました。

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コメント

素晴らしいブログですね。
きょうの私のブログで紹介させていただきました。
また遊びに来ます。

「ふくろう医者の診察室」
特定健診
http://blogs.yahoo.co.jp/ewsnoopy/archive/2008/04/16

投稿: ewsnoopy | 2008年4月16日 (水) 11時50分

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