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2007年11月19日 (月)

台湾(高雄・台北)を旅して

【80名のマンモス合同事務所旅行】

 20余りの法律事務所が毎年、1年に1回合同で事務所旅行を行っている。通常は1泊2日の国内旅行であるが、3~4年に1度海外旅行を企画している。今年は11月8日(木)17時55分発の日本アジア航空279便で成田を立ち11月11日(日)18時25分着の日本アジア航空206便で成田に戻った。参加者は弁護士53名(内女性4名)、事務局員27名(内女性18名)計80名(内女性22名)のマンモス海外旅行である。自由行動時間はあるが、これだけの人数になると、どうしても“団体サーン”旅行になってしまうのが残念である。
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                高雄にて

【中華民国】
                   (ウィキペディアwikipediaより

 1912年に中国国民党により、中国大陸を中心とする中国を統治する国家として成立した。しかし、日中戦争を経て第二次世界大戦後に、ソビエト連邦が支援する中国共産党との内戦において、国民党の腐敗、それに起因する民心の離反及びアメリカ合衆国による支援が減ったことなどから1949年頃には一旦崩壊状態となったが、その後中国国民党政府が台湾島に遷都し、台湾地域及び金馬地区などのみを統治する国家として1950年までに再編成され、現在は、議会制民主主義を主体とした共和制国家として、台湾海峡を挟んで中国大陸と接している台湾島・澎湖諸島(台湾省・台湾地区)、および福建省沿岸の金門島・馬祖島(金馬地区)、南シナ海の東沙諸島および南沙諸島の太平島を実効統治している。

【台湾の人々】

 私は台北は2度目である。故宮博物院も2度目の訪問である。故宮博物院に納まっている歴史的遺品は本来北京の故宮博物院に納まるべきものであろう。蒋介石が台湾に持ち去ったために北京の故宮博物院にある歴史的遺品はわずかしかない。蒋介石の偉業をたたえた中正紀念堂はそのまま残されているが国父としてはむしろ孫文が強調されていた。
 台湾の人々は穏やかで町も安全である。アジアの国々の中で最も親日的と言われている。高雄-台北間を走る“新幹線”には日本の車輌が採用された。台湾の人々にとりオランダ、次いで日本から侵略を受け、日本が戦争に負けると蒋介石率いる国民党がやってきて支配し、そして民主化が進んだ今では中華人民共和国(中国)という巨大な国家と対峙し、日本や日本人を恨む間もなかったというのが現実であろう。親日ということに甘えて、侵略し直接統治した事実を私たち日本人があいまいにしていないかと思う。
 起業家が多いといわれる台湾であるがグローバリゼーションの中で豊富な資金力を持つ日本やアメリカの企業に太刀打ちするのが容易ではなく、台湾経済は中国大陸との結びつきに活路を見出さざるを得ない側面がある。政治においても経済においても自力で自由活達に生き抜くことを制限されており、あきらめに似た思いが台湾の人々の穏やかさとつながっているように思えてならない。
 公園では家族や恋人同士が日本人よりも静かに時を共有しているのが印象的であった。
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  蒋介石執務像(中正紀念堂)       公園にて(台北)

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