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2007年7月 7日 (土)

米決議 日本は価値観を共有できる国か

【冷泉彰彦  慰安婦決議 深い認識差に気づこう】
                 (7月2日 朝日新聞 私の視点 より)

  [冷泉彰彦(れいぜい あきひこ):
作家。 59年生まれ。米国在住。著書に「『関係の空気』『場の空気』」「911セプテンバーイ  レブンス」など。]

 6月26日に米下院外交委員会は,いわゆる「従軍慰安婦問題に関する謝罪要求決議」を可決した。7月にも本会議で採択される可能性が強く,日本では戸惑いと反発が広がっている。
 
 決議に先立ち,6月14日付の米紙ワシントン・ポストには,日本の言論人や国会議員が「強制的に従軍慰安婦にされたことを示す文書は見つかっていない」などとする意見広告を掲載した。この広告が逆の効果をもたらしたという解説も聞かれるが,それはわずかな要素に過ぎない。少なくとも,訪米直前の安倍首相による「狭義の強制はなかった」という発言のインパクトとは比べ物にならない。
 
 慰安婦への謝罪要求が簡単に合意され,39対2という大差で可決されたという事実は深刻だ。なぜこうしたことになったのか,背景を十分に理解しておく必要があるだろう。
 まずアメリカの世論は,日本政府が「戦前の名誉回復」に熱心になる心理がまったく理解できないのである。
 近所に住む親日家のアメリカ人は,安倍首相の発言を引用しながら「自分の知っている日本は立派な国だが,戦前の名誉にこだわるのを見ると,昔の欠点を今でも持っているのかと心配になる」と言っていたし,別のユダヤ系アメリカ人は「日本が大好きだが,戦時中の不名誉を認めない日本を見るとナチスとの関係を今でも反省していないのかと思って複雑な気持ちにさせられる」と言っていた。
 アメリカの世論は,すしに代表される食文化や,アニメやゲームといったポップカルチャー,自動車やハイテク機器などの現代の日本文化は大好きだ。だが,その日本とは,戦後に民主国家として再出発した日本であって,第2次大戦を戦った敵国日本とはキチンと区別をしているのである。自分たちが区別してつきあっているのに,相手の方が過去からの連続性にこだわっているというのは感覚として全く理解されないのだ。
 安倍首相の発言にある「狭義の強制ではなく,広義の強制」という弁明が受け入れられないのも同様だ。仮に当初の徴用が民間ベースの任意のものであっても,戦地へ送られて逃亡の自由がなければ現在の価値観からすれば奴隷なのであり,それに対する「狭義の強制はなかった」という説明は賛成反対以前に,全くピンとこないのだ。
 意見広告に見られたような,「歴史的事実を問う」というスタイルも有効ではない。「歴史的事実」より戦後処理と和解という「政治的判断」がすべてだった,というのが米国の歴史認識だからだ。
 内政干渉だという批判もあたらない。米国の人にとって中国系や韓国系アメリカ人は,日系アメリカ人と同様に「同胞」であり,現に痛みを感じて名誉回復を求める同胞がいる以上は,彼らを救うことは米国の国内問題であるからだ。

 現時点において,決議そのものが日米関係に与える影響は軽微だろう。だが今回の問題では,両国の間に多くの深刻な「コミュニケーション・ギャップ」が存在することを示した。このような行き違いが繰り返され,「民法300日問題」に代表される女性の名誉の軽視や,子育て中の女性が正規雇用を得にくい現状,アニメやマンガの性描写への反発と重ねられていくと,「価値観を共有できない国」だとして,日米関係を軽視する口実に発展する可能性は十分にある。
 そうした意味では,決議は本質的で深刻な問題もはらんでいる。テロ対策を通じて蜜月だったブッシュ政権はまもなく終わる。08年秋の大統領選で,仮に民主党のヒラリー・クリントン政権が誕生すれば,環境問題や地域間格差の解消など,先進国が共有できる「共通の価値観」が,いま以上に重視されるようになっていくだろう。日本だけが過去の名誉にこだわり,独善的でその場しのぎと受け取られるような対応を繰り返していては,そうした動きに取り残されていく恐れがあるのだ。

【早野透 問われる「改憲の品格」 安倍政権の空気】
          (5月14日 朝日新聞 ポリティカにっぽん より)

早野透(朝日新聞コラムニスト)
 
 私がこれぞ「安倍政権の空気」のルーツと思ったのは,97年に「従軍慰安婦」が中学教科書に載ることに反対した自民党議員たちの「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」である。代表は中川昭一氏,幹事長は衛藤晟一氏,事務局長は安部氏。例えば,かつての従軍慰安婦におわびと反省を述べた「官房長官談話」の河野洋平氏を呼んでこんなやりとりをした。
 K議員 「この程度のことを外国に向けてそんなに謝らなきゃいかんのか。兵隊にも何も楽しみがなくて死ねとはいえない。楽しみもある代わりに死んでくれと言っているわけでしょう」
 河野氏 「この程度というが,女性一人一人の人生には決定的なものではなかったか。戦争だから,女性が1人や2人,ひどい目にあってもしようがないんだとは思わない」
 衛藤氏 「軍が直接,女性を引っ張った事実はあったのか。料金は内地よりも3倍だとか」
 安部氏 「慰安婦の証言の裏付けをとっていないではないか」
 従軍慰安婦がこの程度!  当時は公娼制度があったんだ,韓国にだってキーセンハウスがある,慰安婦にはカネを払っていた,軍が強制した証拠はどこにあるのかといった発言がとびかっている。そこには,女性の尊厳も,軍への戒めも,戦争そのものへの反省も,国家が個人を苦しめる強制装置になるという洞察もうかがえない。その「若手議員の会」から安倍政権の閣僚など多数の要職を出している。
 安部氏は中国,韓国の目をかいくぐって靖国神社に5万円の「真榊」を供えたり,従軍慰安婦の「強制性」に疑問をはさんではブッシュ大統領に釈明してみたり,どうも「若手議員の会」の発想を抜け出ていない。「新憲法」もまたこんな姑息な「空気」の延長上でつくられるのでは困る。
 いまの憲法は「戦争の反省」からつくられた。その「憲法改正」でなく,あえて「新憲法」と言うのは,もはや「戦争」は博物館に入れ,国家運営から「戦争の記憶」を消し去るということではないか。
 「戦後レジームからの脱却」がそういう意味であれば,国民投票法の成立は確かに,米国と肩を並べて「戦争のできる国」になるべく,その第一歩ということになる。

【私の意見】Up63_41

 安倍首相や「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」は正に語るに落ちる人たちです。私もできの悪い後輩たちを語るたびに,心にむなしさを感じています。しかし,語らないとこれら品格のない指導者者たちによって私たち日本人は自らの過ちを認めない反人権主義民族として,世界の嫌われ者になり孤立してしまいます。不本意ではありますが,たとえ小さな声でもあげ続けていく必要があります。

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» イカサマ安倍政権(季刊ピープルズ・プラン36号から) [今日、考えたこと]
武藤一羊さんが季刊ピープルズ・プラン36号で書いている安倍政権の評価がとても明解だ。こんな風に書いてある。 === (95年の植民地支配を詫びた)村山談話に盛られた歴史認識こそ、安倍がその否定を自己の立脚点としてきたものである。それこそが彼の政治的自己証明だったのである。極右の同志たちで固めた彼の政権がその村山談話を踏襲すると宣言することは、彼ら・彼女らが二週間ほどの間に何かを悟り、反省し、考えを根本的に変えたのでないかぎり、控えめに言っても、不誠実である。正確にはイカサマである。彼ら...... [続きを読む]

受信: 2007年7月 7日 (土) 22時12分

コメント

そして、さらに腐敗していると感じるのは安倍首相が「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」だった頃の価値観を維持しているにもかかわらず、口では河野談話を継承すると言い、その矛盾をどのマスコミもちゃんと追求しないということだと思います。

投稿 tu-ta | 2007年7月 7日 (土) 22時12分

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