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2007年7月22日 (日)

日本の若い女性は地に足のついた改革者

【「戦争知りたい」が転機 女優 麻生久美子さん】
                       (7月20日 朝日新聞 より)

 女優 麻生久美子(あそうくみこ) 78年生まれ。95年に映画デビュー。「カンゾー先生」(98年)で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞などを受賞。「贅沢な骨」「アイデン&ティティ」などに主演。中田秀夫監督「怪談」、アボルフィズル・ジャリリ監督の「ハフェズ」など公開予定作も多い。
 
 どんな失敗も、やさしくほほえみ受け止めてくれる。たおやかで、ちょっとさみしげで。男子のあこがれを凝縮したような女性を数多く演じてきた。
 だが、本人の心境は複雑だった。「別々の役を演じたつもりでも、遠目で見ると似たようなものばかり。自分の芝居も好きじゃなかったし、そう思いながらお客様にお見せするのも申し訳なくて・・・。真剣に引退を考えて悩んでいました」
 そんな時、転機となる作品と続けて出会った。ひとつはテレビドラマ「時効警察」。天然ボケの婦警・三日月役でコメディエンヌとしての魅力を開花させた。もうひとつは、映画「夕凪の街 桜の国」(28日公開)。昭和30年代初めの広島で、原爆症の不安を抱えて生きるヒロイン・皆実(みなみ)を演じた。 
 「私には想像もつかない心の傷を抱えているのに、皆実は前向きでおちゃめでたくましい。『これだけは私がやりたい!』と、初めて思った役でした」
 広島と長崎を訪れ、段ボール箱いっぱい資料を買い込んだ。読めば読むほど、自分の無知に腹が立ち、背負うものの大きさにおののいた。「理解することなど無理。知りたいと思うことが大切なんだ」。そう気持ちを切り替えて現場に臨んだ。
 同僚と恋に落ちた直後、皆実は発病する。<嬉しい?原爆を落とした人は、私を見て『やった!またひとり殺せた』ってちゃんと思うてくれとる?>。死の床のつぶやきは壮絶だ。
 「あのセリフは私も一番ショックだった。平和な時代に、これから幸せになろうという時に、死ななくてはならないなんて。悔しくて、もどかしくて、涙が止まらなかった」
 そんな時代を知る大人から、「しょうがなかった」という言葉が出る。「なぜそんなことが言えるんだろう。許せません」
 「私も、戦争のことは怖いから見ずにすませようとしてきた。でも、私たちが知らなければ、下の世代に伝える人がいなくなる。そのことの方がずっと怖くないですか」
 出世作「カンゾー先生」の終幕は、岡山から眺めた、広島の空の下に広がるキノコ雲だった。その雲の下にいた女性を演じたことに、不思議な縁を感じるという。初心に戻って、再出発。「もう辞めるなんて言わない。これからを見ていて下さい」

【働く貧困層、どう保障 
          作家 雨宮処凛(あまみやかりん)さん(32)

                    (7月19日 朝日新聞 夕刊より)

 政治はこの10年、若者を見捨てる方向で来た。
 就職氷河期、正社員になれない若者たちを、規制緩和という名目で外国人労働者と同じ「使い捨て労働力」にした。派遣で工場を転々とさせる。フリーターだからと低賃金で深夜労働させる。
 いまや非正規雇用者は労働人口の3分の1。一方、フリーターを積極的に正社員にしたい企業は、昨年の経団連の調査では1.6%しかない。一度正規ルートからはずれた人間に将来はない。
 最近、「戦争でも起きてほしい」と言ってくる30代、40代が出てきた。体力は衰えても収入が安定する見込みはない。いっそ戦争で社会が大混乱すればやり直せるかもしれない。名誉や恩給が受けられれば親孝行にもなるという。
 少子化といわれても、フリーターの男は結婚できないし、派遣の女たちは出産すれば失職する。フリーター同士で子どもを産んだら貧困から虐待にもなりかねない。10年後は、40代、50代の自殺者が急増するに違いない。
 参院選が年金問題で盛り上がるほど彼らはしらける。大多数が国民年金を払っていないから。教育改革をするなら、違法な働かせ方や危ない派遣業者の見分け方を学校で教えてほしい。だがそんな教育論も聞こえない。
 政治が悪いと理論的に言う若者は増えた。だが、体は都会のタコ部屋やネットカフェにあるのに、住民票は地元にある。帰省する金はない。怒りを投票行動に結びつけることさえできない。
 参院選の当選者にはぜひ、地元の都道府県の最低賃金で1ヶ月生活してみてほしい。ワーキングプアへの社会保障が日本の未来につながる。

【産婦人科医として石垣島に赴任した
              清水彰子(しみずしょうこ)さん(32)】

                       (7月10日 朝日新聞 より)

 大阪大の大学院終了後、研究者の道をあっさり捨て、今月1日、沖縄県・石垣島の県立八重山病院に赴任した。医学博士の学位を取った同期の女性は30人。離島医療に進んだのは1人だけだった。
 地域と診療科目の偏りに伴う医療格差が問題になっている中、選んだのは最もなり手が少ない地方の産婦人科医。だが「患者と向き合える臨床にこだわりたいだけ」と気負いはない。
 兵庫県・淡路島で生まれ育った。通ったのは全校児童が20人ほどの小学校。「指示を待たず、自分で考えて行動しなさい」と、何度も諭してくれた6年生の時の担任の言葉が生き方の原点という。
 産婦人科医の厳しさと、やりがいは実感している。大学院の学費は産婦人科のアルバイトで稼いだ。月10回以上の当直勤務では連続勤務が30時間を超えることも。妊婦の意識がとぎれ、胎児の心音が聞こえなくなったこともあった。一方で、手術が成功したときの喜びも。
 石垣島に興味を持ったのは、休暇で訪れた一昨年。故郷と同じ星空に懐かしさを覚えたからだ。医療はどうなっているのか。以来3度訪問し、病院も見学した。産婦人科のある病院は減り続け、今では八重山諸島全体で八重山病院だけに。
 周辺の島全体の出産は年に約600件。常勤4人、非常勤1人の同志とともに、最後の砦を支えていく覚悟だ。
 「自分で選んだ道です」。小学校の恩師には、そう伝えるつもりだ。

【私の意見】Up63_44

 ロスト・ジェネレーションと言われる20代後半から30代の女性たちは同世代の男性たちも苦境にあるのを肌でわかっているので、かつての多くの日本女性のように経済面で男性に頼る生き方は選択できません。ここに紹介した3人の女性だけでなく、この世代の女性たちの多くは自立をめざし、自分の生きている場から社会に真正面から向きあおうとしています。「改革!」「改革!」と叫ぶだけで中味が空っぽのリーダーとは違って、彼女たちは地に足のついた真の改革者となってくれるでしょう。明日のわが国に希望を感じ、うれしくなりました。

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