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2007年7月30日 (月)

安倍首相不信任 参院選自民歴史的大敗

                (7月30日 朝日新聞 より)

【自民歴史的大敗  首相は続投表明
              公明も惨敗 政権運営厳しく】

 安倍政権の信任が問われた第21回参院議員選挙は29日開票された。自民党は改選の64議席から30議席台に減らし、89年に宇野首相が退陣した過去最低の36議席に匹敵する歴史的大敗となった。公明党も選挙区で擁立した5人中3人が落選する惨敗で、非改選を含む与党の議席は過半数を割り込んだ。しかし、安倍首相は同日夜、続投を表明した。一方、民主党は改選議席32議席から60議席に躍進し、自民党が55年に結党してから参院で占めてきた第1党の座が初めて入れ替わった。民主党幹部は同日夜、安倍首相の退陣と衆院の早期解散を要求。朝日新聞社が全国で実施した投票者への出口調査でも56%が安倍首相に「代わってほしい」と回答している。安倍首相の政権運営は厳しくなり、進退論がくすぶり続けるのは必至だ。

【辞任に値する審判】
                     政治エディター 西村陽一

 いくつもの「信」が問われた選挙だった。年金制度は信頼できるのか。「政治とカネ」の問題に自浄作用が働いたか。そして詰まるところ、安倍首相の政策と指導力、政権運営能力である。
 この大敗をみれば有権者の答えは明らかだ。政権は国民による信任度チェックに落第した。安倍首相にとって辞任に値する厳しい審判である。
 なるほど参院選は、総選挙と違って、政権選択の選挙ではない。しかし、前政権の巨大な衆院議席の上に生まれた安倍政権が、初めて全国規模で受けた洗礼である。何より、「私と小沢さんのどちらが首相にふさわしいか」と問いかけたのは、首相自身だった。
 逆風の直接のきっかけは社会保険庁の失態と政府の初動ミスに対する怒りであり、透明性を欠く政治資金問題への批判だった。だが、それらが引き金となり、もっと深いところでじわじわ進んでいた支持基盤の変容を刺激し、国民にくすぶっていた疑問に火をつけた。
 安倍首相には二つの顔があった。ひとつは、急進的な新自由主義改革を追い求めた小泉政権の継承者。もうひとつは、伝統的な規範、憲法や教育の再生を掲げる新保守主義的な為政者の顔である。
 継承者としての安倍政権は、急進的な構造改革に疎外感を強めていた地方で票を失った。長年の貯金がなくなったかのような保守王国の総崩れ現象は、安倍氏が継いだ小泉時代の「負の遺産」を物語る。
 一方、保守思想色の濃い課題は、身近な問題を重んじる有権者に、「政治は今、何を優先すべきか」をめぐるずれを実感させた。首相が本来手がけたい課題と国民が切実に解決を求める課題との不一致である。
 英米には新自由主義と新保守主義とが共存した先例もある。安倍政権は、両者のほどよい均衡点をみいだせなかった。
 しかし、それ以上に大きかったのは、一連の問題閣僚の任命責任や危機の際の対応ぶりにみられた、指導者としての器量と技量への疑問だった。
 安倍首相は続投を表明する際、失われた「信」の回復策を語らなかった。「国造り」と「改革」をいうならば、それを根本から定義し直し、実行体制とあわせ、国民に示さなければならない。かつて選挙の顔として安倍氏を担いだ自民党は、この再定義に全面的に関与する責任がある。
 民主党の勝利には戦術的成功の側面がある。自民党からはがれた支持層を安定的に固めきる再編を成し遂げたわけではない。政局に頭を奪われ、国会に混沌をもたらすだけでは、次の選挙で痛いしっぺ返しを食らうだろう。年金、税制、格差、政治資金、農業、分権、対テロなどで、法案と政策を政権準備構想としてまとめるべきだ。
 内政と外交で、国会が緊張感に満ちた論争を行い、とくに2大政党の違いが浮き彫りになれば、その時こそが、衆院解散、総選挙で国民に信を問う機会となる。選択の時は早い方がいい。
 年末から来年にかけて、すでに「ブッシュ時代の終わり」が始まった米国をはじめ、ロシア、韓国、台湾などで新しい指導者が次々と現れる。中国は五輪開催に国家の威信をかける。参院選後に長い政治の低迷が続くだけでは、日本は国際潮流を読み違え、「ポスト冷戦後」の世界から取り残される恐れがある。

【首相、改憲実現に固執 「基本路線国民は理解」】

 首相は29日夜のテレビ番組で「惨敗の責任は私にある」としつつ、「基本路線については多くの国民のみなさまに理解していただいている」と強調した。閣僚の不祥事や年金記録問題などが問われた自民惨敗であり、自らの理念が否定されたわけではない-。首相の発言には、そんな思いがにじんだ。
 首相は昨年9月の自民党総裁選で「戦後レジュームからの脱却」「美しい国、日本」という二つのスローガンを掲げた。共通する思想は「戦後保守主義の再構築」だ。
 しかし、今回の選挙戦で「安倍カラー」は確実に色あせた。選挙戦では憲法改正に向けた国民投票法の成立などを必死にアピールしたが、ずさんな年金記録の問題や相次ぐ閣僚の不祥事の逆風にあおられ続けた。
 大敗を喫しても首相が続投に固執するのは、ようやく国民投票法の成立にこぎつけた今、ここで退陣すれば、憲法改正の発議に向けた道筋を固められないという思いがある。また、集団的自衛権の行使を禁じた憲法解釈の変更を視野に入れた有識者懇談会が9月に結論を出す見通しの中、退陣すれば棚上げにされるとの考えもある。
 さらに、来年7月には北海道洞爺湖で開く主要国首脳会議(G8サミット)で首相が議長を務める。米中印など温室効果ガスの主要排出国を巻き込んだ日本独自の地球温暖化対策を5月に発表した首相は、新たな国際的枠組みづくりに向けて主導的役割を果たしたいという思惑もある。
 首相がこうした目標を抱えていることから、周辺では「(不祥事や失言が続いた)閣僚が悪いのであって、首相自身に失政はない」など首相の責任論を否定する意見が主流で、選挙結果にかかわらず続投すべきだとの声が強かった。
 しかし、首相は問題を起こした閣僚をかばう姿勢に終始し、年金問題では支持率急落を受けて、初めて本格的な対策の検討に入ったのが実情だった。有権者が今回の参院選で首相の政権担当能力に疑問を投げかけたのは間違いないだけに、続投しても自らの思惑通りに進むとは限らない。
 改憲の道筋についても参院選の大敗で必要な3分の2の議席確保は遠のき、民主党との協調の再構築も難航するのは必至。公明党が立て直しのため首相の憲法観との違いを鮮明にする可能性もある。首相が描く10年以降の改憲への道筋は大きく崩れることになった。
 首相は29日夜、「信念を貫きながら、民主党にも耳を傾けながら結果を出していきたい」と語った。国会での法案審議などで民主党と協調する姿勢を示したものだが、首相の行く手は全く見えない状況だ。

【退潮の流れ止められず 社民】

 社民党は改選3議席を上回ることができない見通しで、退潮傾向に歯止めをかけられなかった。選挙区と比例区で計7議席を目標に「安倍政権への不信任選挙」と位置づけて批判票への受け皿をねらった。しかし選挙区では01、04年に続き議席を得られず、比例でも低迷した。

【比例伸び悩む 共産】

 共産党は比例区でも伸び悩み、改選5議席を維持できない見通しだ。非改選4議席とあわせても1ケタにとどまり、党首討論に参加できない状況も変わらなかった。前回、45年ぶりに全敗した選挙区では、東京、大阪などで接戦に持ち込んだが、議席には届かなかった。志位委員長は29日深夜、「次はぜひつなげたい」と語った。

【私の意見】Up63

 自民党が大敗し、ほっとしました。安倍首相の強行な国会運営には危険なものを感じていましたから、まずそれを止められるというのでやれやれ。それにしても自民党王国であった1人区で自民党がここまで大敗するとは驚きでした。地方を見捨てて格差を拡大した小泉改革路線に地方がはじめて憤りを示したと言えます。一方憲法9条を守ることを政策の中心としてきた社民党や共産党も退潮著しく、2大政党の流れに飲み込まれていきそうです。憲法9条と自衛隊については民主党の中に安倍首相と同じ考えの議員がたくさんいます。当面は憲法9条改正問題は前面に出ることはないでしょうが、憲法改正の発議ができる3年後には政治情勢も国民の意識もどのように変わっているかわかりません。不安要素はたくさんあります。国民のひとりひとりに根づいた憲法9条を守る市民運動を今から地道にひろげていく必要があります。

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2007年7月26日 (木)

スペイン「金曜半ドン」政府が音頭

【ところ変われば・・・  スペインから】
                    (7月14日 日本経済新聞 より)

 快適な地中海性気候で「欧州で最も住みやすい都市」に連続10年以上選ばれているスペイン第2の都市バルセロナ。100メートルおきに「バール」と呼ばれる小さな居酒屋が並び,夜8時を過ぎると一杯ひっかける市民でいっぱいになる。だが,金曜日はちょっと違う。午後3時には,大勢の市民が明らかに仕事帰りのいでたちでワインやビールを飲んでいるのだ。
 これは昨年11月からスペイン政府などの音頭取りで始まった金曜日の半日出勤制度で,“週休2日半”を楽しんでいるため。カタルーニャ州政府に勤めるラファエル・ムレロさんは「普段会わない友人と話したり,趣味や遊びに時間をたっぷり費やすんだよ」と笑顔を見せる。サマータイムで日の入りが午後9時半近くのこの時期は,午後を目いっぱい余暇にあてられる。
 スペインはもともと長い昼休みが有名。昼食後の昼寝を意味する「シエスタ」とも呼ばれ,昼食は午後2時ごろからゆったりととる習わし。通常の勤務時間は,朝から午後1時すぎと,午後4時から7時ごろまで。南部アンダルシアなど夏に日中の気温が40度を超える地域では昼休みはさらに長い。
 ところが欧州域内の経済統合で,英国やドイツなど「働きバチの国々」との日中のやり取りが欠かせなくなり,3時間あった昼休みはどんどん短くなっていった。
 始業・終業時間は変わらなかったため,必然的に労働時間は増加。そこで編み出されたのが金曜日の“半ドン”制だ。月曜日から木曜日までの増えた労働時間をまとめると,金曜日の午後が丸々休める計算という。
 導入から1年もたっていないが,今では官公庁や大企業だけでなく,芸術家の工房などにも広がっているという。
 長時間労働が目立つ日本人から見るとうらやましい限り。日本政府も見習ったらどうだろうか。

【出生1人当たり42万円支給】
                    (7月7日 日本経済新聞 より)

 スペインは子供が生まれるたびに,1人あたり2500ユーロ(約42万円)を親に支給する制度を設けた。2006年の合計特殊出生率が推定で1.37人と,欧州で最低水準にあるスペインでは少子傾向に歯止めをかけることが急務。ただ,野党などからは,来春の総選挙目当ての人気取りだとの批判が出ている。
 新たな給付金の創設はサパテロ首相が3日の議会演説で明らかにした。
 「スペインの発展にはもっと子供が要る」と述べ,長期的に経済成長を保つには育児支援を広げて少子化を脱することが必要との考えを強調。合法的な居住者であれば外国人も支給対象とする。
 スペイン経済は年4%ペースでの高い成長を続けている。だが労働力は海外からの移民流入に頼る面が大きく,国内の出生率は低くとどまっている。

【私の意見】Up63

 Hola!(オラ!)お金がたっぷりあるんだから,もっとのんびりゆかいに生きたらどうかね!というスペイン国民の日本国民に対する声が聞こえてきそうです。
 スペインは大航海時代を経て一時期世界で最も強力な国家となりましたが,1588年にスペインの無敵艦隊がイギリス艦隊に敗れたのを機にイギリスが力をつけ,17世紀後半には大英帝国へと発展していきました。20世紀になってスペインは内戦を経て1939年にフランコ独裁政権が成立し,独裁政権がフランコが死亡する1975年まで続きました。フランコ死亡後立憲君主制に移行し,ゴンザレスを首相とする社会労働党政権,アスナールを首相とする保守党政権を経て,2004年のマドリードのテロ発生事件を機に再びサパテロ首相の率いる社会労働党政権になりました。サパテロ首相はスペイン軍を直ちにイラクから撤兵させるとともに,内政的には社会民主的な政策を次々と行ってきました。対イラク政策においてサパテロスペイン政府と小泉・安倍日本政府とは対照的で,このために,両国間の関係は必ずしも良好とはいえません。サパテロ政府は国民の立場に立った新しい政策をどんどん行っています。この点においても権力優位の安倍政府とは大きく違っています。国民にとっては,サパテロ政府の方が安倍政府よりものどかな夢を届けてくれます。

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2007年7月22日 (日)

日本の若い女性は地に足のついた改革者

【「戦争知りたい」が転機 女優 麻生久美子さん】
                       (7月20日 朝日新聞 より)

 女優 麻生久美子(あそうくみこ) 78年生まれ。95年に映画デビュー。「カンゾー先生」(98年)で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞などを受賞。「贅沢な骨」「アイデン&ティティ」などに主演。中田秀夫監督「怪談」、アボルフィズル・ジャリリ監督の「ハフェズ」など公開予定作も多い。
 
 どんな失敗も、やさしくほほえみ受け止めてくれる。たおやかで、ちょっとさみしげで。男子のあこがれを凝縮したような女性を数多く演じてきた。
 だが、本人の心境は複雑だった。「別々の役を演じたつもりでも、遠目で見ると似たようなものばかり。自分の芝居も好きじゃなかったし、そう思いながらお客様にお見せするのも申し訳なくて・・・。真剣に引退を考えて悩んでいました」
 そんな時、転機となる作品と続けて出会った。ひとつはテレビドラマ「時効警察」。天然ボケの婦警・三日月役でコメディエンヌとしての魅力を開花させた。もうひとつは、映画「夕凪の街 桜の国」(28日公開)。昭和30年代初めの広島で、原爆症の不安を抱えて生きるヒロイン・皆実(みなみ)を演じた。 
 「私には想像もつかない心の傷を抱えているのに、皆実は前向きでおちゃめでたくましい。『これだけは私がやりたい!』と、初めて思った役でした」
 広島と長崎を訪れ、段ボール箱いっぱい資料を買い込んだ。読めば読むほど、自分の無知に腹が立ち、背負うものの大きさにおののいた。「理解することなど無理。知りたいと思うことが大切なんだ」。そう気持ちを切り替えて現場に臨んだ。
 同僚と恋に落ちた直後、皆実は発病する。<嬉しい?原爆を落とした人は、私を見て『やった!またひとり殺せた』ってちゃんと思うてくれとる?>。死の床のつぶやきは壮絶だ。
 「あのセリフは私も一番ショックだった。平和な時代に、これから幸せになろうという時に、死ななくてはならないなんて。悔しくて、もどかしくて、涙が止まらなかった」
 そんな時代を知る大人から、「しょうがなかった」という言葉が出る。「なぜそんなことが言えるんだろう。許せません」
 「私も、戦争のことは怖いから見ずにすませようとしてきた。でも、私たちが知らなければ、下の世代に伝える人がいなくなる。そのことの方がずっと怖くないですか」
 出世作「カンゾー先生」の終幕は、岡山から眺めた、広島の空の下に広がるキノコ雲だった。その雲の下にいた女性を演じたことに、不思議な縁を感じるという。初心に戻って、再出発。「もう辞めるなんて言わない。これからを見ていて下さい」

【働く貧困層、どう保障 
          作家 雨宮処凛(あまみやかりん)さん(32)

                    (7月19日 朝日新聞 夕刊より)

 政治はこの10年、若者を見捨てる方向で来た。
 就職氷河期、正社員になれない若者たちを、規制緩和という名目で外国人労働者と同じ「使い捨て労働力」にした。派遣で工場を転々とさせる。フリーターだからと低賃金で深夜労働させる。
 いまや非正規雇用者は労働人口の3分の1。一方、フリーターを積極的に正社員にしたい企業は、昨年の経団連の調査では1.6%しかない。一度正規ルートからはずれた人間に将来はない。
 最近、「戦争でも起きてほしい」と言ってくる30代、40代が出てきた。体力は衰えても収入が安定する見込みはない。いっそ戦争で社会が大混乱すればやり直せるかもしれない。名誉や恩給が受けられれば親孝行にもなるという。
 少子化といわれても、フリーターの男は結婚できないし、派遣の女たちは出産すれば失職する。フリーター同士で子どもを産んだら貧困から虐待にもなりかねない。10年後は、40代、50代の自殺者が急増するに違いない。
 参院選が年金問題で盛り上がるほど彼らはしらける。大多数が国民年金を払っていないから。教育改革をするなら、違法な働かせ方や危ない派遣業者の見分け方を学校で教えてほしい。だがそんな教育論も聞こえない。
 政治が悪いと理論的に言う若者は増えた。だが、体は都会のタコ部屋やネットカフェにあるのに、住民票は地元にある。帰省する金はない。怒りを投票行動に結びつけることさえできない。
 参院選の当選者にはぜひ、地元の都道府県の最低賃金で1ヶ月生活してみてほしい。ワーキングプアへの社会保障が日本の未来につながる。

【産婦人科医として石垣島に赴任した
              清水彰子(しみずしょうこ)さん(32)】

                       (7月10日 朝日新聞 より)

 大阪大の大学院終了後、研究者の道をあっさり捨て、今月1日、沖縄県・石垣島の県立八重山病院に赴任した。医学博士の学位を取った同期の女性は30人。離島医療に進んだのは1人だけだった。
 地域と診療科目の偏りに伴う医療格差が問題になっている中、選んだのは最もなり手が少ない地方の産婦人科医。だが「患者と向き合える臨床にこだわりたいだけ」と気負いはない。
 兵庫県・淡路島で生まれ育った。通ったのは全校児童が20人ほどの小学校。「指示を待たず、自分で考えて行動しなさい」と、何度も諭してくれた6年生の時の担任の言葉が生き方の原点という。
 産婦人科医の厳しさと、やりがいは実感している。大学院の学費は産婦人科のアルバイトで稼いだ。月10回以上の当直勤務では連続勤務が30時間を超えることも。妊婦の意識がとぎれ、胎児の心音が聞こえなくなったこともあった。一方で、手術が成功したときの喜びも。
 石垣島に興味を持ったのは、休暇で訪れた一昨年。故郷と同じ星空に懐かしさを覚えたからだ。医療はどうなっているのか。以来3度訪問し、病院も見学した。産婦人科のある病院は減り続け、今では八重山諸島全体で八重山病院だけに。
 周辺の島全体の出産は年に約600件。常勤4人、非常勤1人の同志とともに、最後の砦を支えていく覚悟だ。
 「自分で選んだ道です」。小学校の恩師には、そう伝えるつもりだ。

【私の意見】Up63_44

 ロスト・ジェネレーションと言われる20代後半から30代の女性たちは同世代の男性たちも苦境にあるのを肌でわかっているので、かつての多くの日本女性のように経済面で男性に頼る生き方は選択できません。ここに紹介した3人の女性だけでなく、この世代の女性たちの多くは自立をめざし、自分の生きている場から社会に真正面から向きあおうとしています。「改革!」「改革!」と叫ぶだけで中味が空っぽのリーダーとは違って、彼女たちは地に足のついた真の改革者となってくれるでしょう。明日のわが国に希望を感じ、うれしくなりました。

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2007年7月17日 (火)

中流層こそ日本の「宝」

【分裂にっぽん】
                      (3月29日 朝日新聞 より)

<生活ぎりぎり 展望も見えず>
 取材班は暮らしの変化を直視するよう努めた。昨年2月にとりあげた大都市勤労者の典型的マイホーム,東京・高島平団地の地域には,会社や家族という共同体の弱まりでリストラと老後不安に漂う団塊世代,孤島のような高層棟でぎりぎりの生活を強いられる高齢者,社会参加どころか展望のない生活を続ける30歳フリーターらがいた。

<成長と安定の「バランサー」>
 資本主義経済では,中流層は労働と消費の「核」として「成長を支えると同時に経済を安定させるバランサー」(佐伯啓恵・京大教授)で,民主主義の安定装置としても機能してきた。

 中流育成にいち早く成功した「戦後日本」は幸運だった。だが90年代以降の地球規模の市場経済化とIT(情報技術)化は中流層の育成と維持を難しくする。わずかな差で先んじれば利益が膨らみ,富が一部に集中しがちだからだ。

 日本もこの競争から逃れるわけにはいかない。だが,バブル崩壊後の経済の長期停滞を脱するためだったとはいえ,市場メカニズムに委ねる「改革」の負の作用を軽視。中流層の分厚さを「悪平等。貧富差が小さいとやる気をそぐ」とし,格差拡大を「活力」と勘違いしていたのではないか。
 中流層の崩れを食い止めるには,将来を見通せる雇用確保が不可欠で,企業の役割は大きい。ところがこの10年で正社員数は1割減,非正社員数は6割増。非正社員が働き手の3分の1を占めるまで膨らんだ。長期安定雇用による連帯感は日本型経営の強みで,消費者層の維持にもつながった。非正社員を酷使する「低コスト経営」競争にどんな未来があるのか。

<グローバル化 政府は対策を>
 「短期の結果を追う米国流社会ではいつ解雇されるかわからず,企業への忠誠心を失う。長期発展への技術開発もおろそかになり,いずれ成長も衰える。安定した中流層は重要」とノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大学教授は警告する。
 技術や産業構造の変化にあわせ,働き手が新たな技能を身につけて再び仕事を得るには,職業訓練の充実など政府の支援も必要だ。貧困の再生産を防ぐには,公教育による底上げも欠かせない。貧しくても教育を受けて努力すれば進路が広がり,それで厚みを増した中流層から自然とエリート層も生まれる・・・・。だが現場では「競争は敗者をつくるが,いったん敗者になった学校や子どもに手をさしのべる施策がない」(高島平の公立中学校長)との声は強い。
 グローバル化の「果実」を得るためにも,分厚い中流層こそ日本の「宝」だと,いま一度気づくべきだ。

【「格差」の6年】
                       (7月8日 朝日新聞 より)

 6年前の参院選の光景を思い出す。確かに首相は叫んでいた。「改革には痛みを伴う」と。
 あのとき有権者は「恐れず,ひるまず,とらわれず」という首相の掛け声に応じて,痛みの中身を知らないままに支持した。その結果の小泉旋風が,時代の変わり目だった。
 「強い人がいれば弱い人を守ることができる」と訴えて,小泉首相は改革の旗を振った。製造業への派遣労働の解禁,1円起業の制度化などは,その典型例だ。
 だが,どうだろう。企業が最高益を更新しても,パートなどの非正規雇用が増えた。生活保護世帯も増えている。一方で,過疎化と高齢化が重なる。65歳以上が5割を超す過疎集落は全国で7800を超える。
 いまや「格差」は,所得,雇用,都市と地方など,さまざまな言葉と結びついて語られる。
 振り返れば,まるで「格差」の6年だ。そんな「格差」の現場で,参院選はどう語られているのか。

<アルバイト>
 東京・山谷。三門洋丈さん(21)は6月から,1泊1500円の2畳半で暮らす。「サウナやマンガ喫茶でも過ごしたけど割高だった」。仕事は引っ越し会社のアルバイト。18歳の夏から同じ職場で,日当は6500円。休みは月平均3日ほど。「いつ切られるか不安」。今春,妻子と別れ養育費を払う。

<タクシー業>
 熊本市中心部。客待ちの長い列にタクシー乗務員・菊池満穂さん(55)が並ぶ。月収は約19万円。02年の規制緩和で台数が増えた業界は,全国で運転手の待遇が悪化し,料金値上げ申請が相次いでいる。

<産科医不足>
 まもなく2人目を出産予定の主婦舘山乃奈さん(27)は青森県五所川原市の助産所に通う。助産師は福士レイ子さん(75)。だが,ここも来春で閉所される。高齢の嘱託医が産科を扱わなくなるからだ。「子どもが少ないから産め,産めと世間は言うけれどお医者さんがいない」。青森県の産婦人科・産科医は00年102人が04年94人に減った。人口10万人あたり6.3人で全都道府県で45番目。

<進む高齢化>
 石川県輪島市の輪島塗職人の大江喜八郎さん(71)は,3月の能登半島地震で自宅を失った。4畳半2間の仮設住宅に妻と住む。滞在できるのは長くて2年。「自宅を建てたいが,年をとって借金もできない」
 輪島市の65歳以上が人口に占める高齢化率は,00年の31.8%(全国平均17.3%)から,05年には35.0%(同20.1%)に。

【私の意見】Up63_43

 再び1億総中流社会をめざそう
 格差拡大の国会論戦で小泉前首相は「言われているほど日本社会に格差はない」「格差は悪いこととは思っていない」と言い張りました。各国のジニ係数を比較し,日本の格差は小さいと指摘する論調もあります(2006年12月6日 日本経済新聞)。しかし現実の格差は無視して良い差とは到底言えません。明らかに不平等であり,不公正です。同じ人として,同じ国民として格差のない社会をめざすのが国の本来の姿だと思います。今からでも私たちは再び1億総中流社会をめざしていきましょう。総中流社会はなまけ者が楽をし,才能のある人が埋もれるというのは市場原理主義を推進する政治家や「学者」たちがつくりあげたデマゴギーです。
 

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2007年7月14日 (土)

山口論文 安倍晋三は遅れてきた岸信介

【戦後政治の分水嶺 いま戦後レジームを再考する
           北海道大学大学院教授 山口 二郎氏】

                     (「世界」2007年8月号 より)

 今月の参議院選挙は,まさに戦後政治の分水嶺となる重大な選挙となるに違いない。安倍晋三首相は「戦後レジームからの脱却」を政権の看板政策に据え、自民党は参院選向けの「155の重点政策」の冒頭で新憲法制定の推進を謳っている。選挙戦の論争の重点は年金や社会保障に傾くのであろうが、このような争点を掲げて闘った以上、選挙に勝てば改憲が支持されたと主張して、具体的な動きを早めるに違いない。

【戦後レジームの綻びと改革】

 残念ながら、戦後レジームは、内側から弊害を克服し、時代の変化に適応するという展開をたどることはなかった。むしろ、大きな時代の変化によって徐々に掘り崩されてきた。
 戦後レジームをゆるがせた最大の要因は、冷戦の終わりとアメリカによる一極支配の出現であった。アメリカの信奉する自由と市場経済が絶対的価値になり、「9.11」によってそうした傾向がさらに加速されると、日本もアメリカの側につくのか反対するのかという単純な二者択一を今までよりも露骨に押し付けられるようになる。
 また、市場競争主義が経済のみならず社会のあらゆる分野に浸透するようになると、当然のことながら勝者と敗者の格差が拡大した。雇用における規制緩和と非正規雇用の増加、地方交付税や公共事業の削減による地方の疲弊など、21世紀に入ってからの格差、不平等の拡大は、規制緩和や財政緊縮という政策の帰結であった。1980年代中ごろに出現した「総中流社会」の崩壊は、もはや誰の目にも明らかであった。

 こうした時代状況に、小泉政権が登場してきた。他ならぬ、規制緩和や財政緊縮によって損をするはずの人々が小泉改革を支持した。それは合理的な反応ではない。しかし、変人小泉が進めた改革が、パターナリズムやコンフォーミズムを打破するという爽快感をもたらしたことは確かであろう。

 また、アメリカ対テロリズムという極端な二者択一を受け入れてアメリカの側につくことを小泉政権は明確に選んだ。もはや、自衛隊は専守防衛の枠をはみ出し、アメリカ軍と一体化しつつある。日米安保条約は日本を守るための軍事同盟から、アメリカの軍事戦略を日本が支持するための同盟に変質した。

 このように、小泉時代には「改革」や「テロとの戦い」という大義名分の下で、戦後レジームは事実上掘り崩されてきたが、そのことを政策テーマとして自覚的にとらえるということはなかった。安倍首相自身が戦後レジームという言葉を頻繁に使うようになって、ようやくこのテーマについて議論することが可能になった。

【遅れてきた岸信介】

 安倍首相は、遅れてきた岸信介である。彼自身、祖父の果たし得なかった憲法改正を自らの手で成し遂げるという強い意欲を表明している。安倍の最大の錯誤は、第一の戦後という幻影を相手にシャドーボクシングをしている点である。冷戦の発想を引きずる安倍にとっては、北朝鮮のイメージが「第一の戦後」における革新勢力と重なって見えるのであろう。

 何よりも、安倍は戦後という時代の意味を理解していない。今、生きている日本人にとっての戦後レジームとは、1960年代以降の統治の枠組みに他ならない。それはまさに自民党政権が築いたものであり、戦後レジームには戦後保守政治の神髄が現れている。

 革新勢力がイデオロギー的であったのに対して、保守政治は、具体的な問題解決に向き合ってきた伝統を持っていた。戦後レジームの創設者であった池田勇人首相を支えたのは、前尾繁三郎、大平正芳などの保守政治家であった。

 前尾や大平は当時上り坂だっった社会主義勢力への対抗のために、保守政治の理念を彫琢した。しかし、その言葉は、今読むと安倍政治への警告として正鵠を射ている。そして、その点は、安倍が手本とする岸政治が実は日本の保守政治の中で異質な存在だったことと関連する。岸は、戦前、戦中の総動員体制のデザイナーであった。岸にとって国家改造の目的は、日本がアジアにおける盟主になることであった。敗戦で挫折した後も、岸の発想は持続し、政権獲得後は積年の野望を実現しようとした。しかし、岸は保守主義を踏み外して性急に変革を起こそうとしたがゆえに、国民に拒絶された。すでに定着していた平和と民主主義を覆されることへの不安こそ、岸に反発した世論の根底に存在した。岸政治が国民によって拒絶されたからこそ、その後の日本の繁栄と自民党の長期政権が可能になったことを、安倍は直視すべきである。安倍が祖父への身びいきのあまり、戦後レジームを否定することは、自民党政治を否定することであり、天に向かって唾するようなものである。
 時代は異なるが、安倍と岸には、ある種の急進主義が共通しているように思える。安倍には、戦後レジームへの不満が鬱積するあまり、一気に現状を変革しようという冒険主義を感じる。かつて言及した核武装や敵基地先制攻撃の検討、集団的自衛権の行使などはいずれも戦後レジームの根幹を自ら破壊したいという欲求の現れであろう。それは、戦後においてなお日本帝国の栄光を追い求めた岸の野望と重なる。昔は左翼小児病という左派の心情主義、冒険主義を揶揄する言葉があったが、左派が凋落した今、冒険主義は右派の売り物になった感がある。

 具体的な政策課題に向き合い、まじめに政策を作るためには、知的な忍耐力や持続力が必要である。逆にそうした能力を欠いた政治家は、常に観念論や精神論を振りかざし、過激な言説を競うものである。

 安倍政権の政策は、事実を無視した決めつけと、それに基づいて人目を引く対策をてんこ盛りにするから成り立っている。

 厳しい現実を突きつけられて逃れられなくなると、政府指導者は周章狼狽し、「矢継ぎ早」に対策を打ち出すことで国民の支持をつなぎ止めようとする。

 一連の政策形成過程からは、安倍政治の病理が浮かび上がってくる。それは、劣等感や自信欠如に由来する右往左往である。繰り返しになるが、安倍は岸信介をを尊敬し、彼に匹敵する大宰相になりたいという願望を持っている。しかし、政治家としての実力のなさも自覚している。だからこそ、いつも動き回っている様を国民に見せることによって、評価してもらおうとする。腰を据えて物を考えることを怠慢や無為と受け止められるという事態を極度に恐れているために、動作の空回りが亢進するのである。

 やたらと動き回ることの裏側には、同時に他人の意見を聞き入れない依怙地さも張り付いている。

 このように安倍政権における政策形成や政権運営を観察すると、リーダーシップの危機が進行していることが明らかとなる。安倍首相は、いわば小心な過激派であり、戦後レジームを作り出した自民党の先達が備えていた保守政治家としての美徳から程遠いのである。

【私の意見】Up63_42

 山口二郎教授の分析には敬服します。第一の戦後と第二の戦後。岸信介と池田勇人、前尾繁三郎、大平正芳。安倍晋三は遅れてきた岸信介。劣等感と自信欠如に由来する右往左往。小心な過激派。いずれも鋭く本質をついた指摘です。 
 

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2007年7月 7日 (土)

米決議 日本は価値観を共有できる国か

【冷泉彰彦  慰安婦決議 深い認識差に気づこう】
                 (7月2日 朝日新聞 私の視点 より)

  [冷泉彰彦(れいぜい あきひこ):
作家。 59年生まれ。米国在住。著書に「『関係の空気』『場の空気』」「911セプテンバーイ  レブンス」など。]

 6月26日に米下院外交委員会は,いわゆる「従軍慰安婦問題に関する謝罪要求決議」を可決した。7月にも本会議で採択される可能性が強く,日本では戸惑いと反発が広がっている。
 
 決議に先立ち,6月14日付の米紙ワシントン・ポストには,日本の言論人や国会議員が「強制的に従軍慰安婦にされたことを示す文書は見つかっていない」などとする意見広告を掲載した。この広告が逆の効果をもたらしたという解説も聞かれるが,それはわずかな要素に過ぎない。少なくとも,訪米直前の安倍首相による「狭義の強制はなかった」という発言のインパクトとは比べ物にならない。
 
 慰安婦への謝罪要求が簡単に合意され,39対2という大差で可決されたという事実は深刻だ。なぜこうしたことになったのか,背景を十分に理解しておく必要があるだろう。
 まずアメリカの世論は,日本政府が「戦前の名誉回復」に熱心になる心理がまったく理解できないのである。
 近所に住む親日家のアメリカ人は,安倍首相の発言を引用しながら「自分の知っている日本は立派な国だが,戦前の名誉にこだわるのを見ると,昔の欠点を今でも持っているのかと心配になる」と言っていたし,別のユダヤ系アメリカ人は「日本が大好きだが,戦時中の不名誉を認めない日本を見るとナチスとの関係を今でも反省していないのかと思って複雑な気持ちにさせられる」と言っていた。
 アメリカの世論は,すしに代表される食文化や,アニメやゲームといったポップカルチャー,自動車やハイテク機器などの現代の日本文化は大好きだ。だが,その日本とは,戦後に民主国家として再出発した日本であって,第2次大戦を戦った敵国日本とはキチンと区別をしているのである。自分たちが区別してつきあっているのに,相手の方が過去からの連続性にこだわっているというのは感覚として全く理解されないのだ。
 安倍首相の発言にある「狭義の強制ではなく,広義の強制」という弁明が受け入れられないのも同様だ。仮に当初の徴用が民間ベースの任意のものであっても,戦地へ送られて逃亡の自由がなければ現在の価値観からすれば奴隷なのであり,それに対する「狭義の強制はなかった」という説明は賛成反対以前に,全くピンとこないのだ。
 意見広告に見られたような,「歴史的事実を問う」というスタイルも有効ではない。「歴史的事実」より戦後処理と和解という「政治的判断」がすべてだった,というのが米国の歴史認識だからだ。
 内政干渉だという批判もあたらない。米国の人にとって中国系や韓国系アメリカ人は,日系アメリカ人と同様に「同胞」であり,現に痛みを感じて名誉回復を求める同胞がいる以上は,彼らを救うことは米国の国内問題であるからだ。

 現時点において,決議そのものが日米関係に与える影響は軽微だろう。だが今回の問題では,両国の間に多くの深刻な「コミュニケーション・ギャップ」が存在することを示した。このような行き違いが繰り返され,「民法300日問題」に代表される女性の名誉の軽視や,子育て中の女性が正規雇用を得にくい現状,アニメやマンガの性描写への反発と重ねられていくと,「価値観を共有できない国」だとして,日米関係を軽視する口実に発展する可能性は十分にある。
 そうした意味では,決議は本質的で深刻な問題もはらんでいる。テロ対策を通じて蜜月だったブッシュ政権はまもなく終わる。08年秋の大統領選で,仮に民主党のヒラリー・クリントン政権が誕生すれば,環境問題や地域間格差の解消など,先進国が共有できる「共通の価値観」が,いま以上に重視されるようになっていくだろう。日本だけが過去の名誉にこだわり,独善的でその場しのぎと受け取られるような対応を繰り返していては,そうした動きに取り残されていく恐れがあるのだ。

【早野透 問われる「改憲の品格」 安倍政権の空気】
          (5月14日 朝日新聞 ポリティカにっぽん より)

早野透(朝日新聞コラムニスト)
 
 私がこれぞ「安倍政権の空気」のルーツと思ったのは,97年に「従軍慰安婦」が中学教科書に載ることに反対した自民党議員たちの「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」である。代表は中川昭一氏,幹事長は衛藤晟一氏,事務局長は安部氏。例えば,かつての従軍慰安婦におわびと反省を述べた「官房長官談話」の河野洋平氏を呼んでこんなやりとりをした。
 K議員 「この程度のことを外国に向けてそんなに謝らなきゃいかんのか。兵隊にも何も楽しみがなくて死ねとはいえない。楽しみもある代わりに死んでくれと言っているわけでしょう」
 河野氏 「この程度というが,女性一人一人の人生には決定的なものではなかったか。戦争だから,女性が1人や2人,ひどい目にあってもしようがないんだとは思わない」
 衛藤氏 「軍が直接,女性を引っ張った事実はあったのか。料金は内地よりも3倍だとか」
 安部氏 「慰安婦の証言の裏付けをとっていないではないか」
 従軍慰安婦がこの程度!  当時は公娼制度があったんだ,韓国にだってキーセンハウスがある,慰安婦にはカネを払っていた,軍が強制した証拠はどこにあるのかといった発言がとびかっている。そこには,女性の尊厳も,軍への戒めも,戦争そのものへの反省も,国家が個人を苦しめる強制装置になるという洞察もうかがえない。その「若手議員の会」から安倍政権の閣僚など多数の要職を出している。
 安部氏は中国,韓国の目をかいくぐって靖国神社に5万円の「真榊」を供えたり,従軍慰安婦の「強制性」に疑問をはさんではブッシュ大統領に釈明してみたり,どうも「若手議員の会」の発想を抜け出ていない。「新憲法」もまたこんな姑息な「空気」の延長上でつくられるのでは困る。
 いまの憲法は「戦争の反省」からつくられた。その「憲法改正」でなく,あえて「新憲法」と言うのは,もはや「戦争」は博物館に入れ,国家運営から「戦争の記憶」を消し去るということではないか。
 「戦後レジームからの脱却」がそういう意味であれば,国民投票法の成立は確かに,米国と肩を並べて「戦争のできる国」になるべく,その第一歩ということになる。

【私の意見】Up63_41

 安倍首相や「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」は正に語るに落ちる人たちです。私もできの悪い後輩たちを語るたびに,心にむなしさを感じています。しかし,語らないとこれら品格のない指導者者たちによって私たち日本人は自らの過ちを認めない反人権主義民族として,世界の嫌われ者になり孤立してしまいます。不本意ではありますが,たとえ小さな声でもあげ続けていく必要があります。

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2007年7月 4日 (水)

ノブレス・オブリージュ「高貴な義務」

【ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)】
                 
ウィキペディア(Wikipedia) より)

 ノブレス・オブリージュ (noblesse oblige) は、フランス語で文字通り「貴族の義務」あるいは「高貴な義務」を意味する。一般的に財産、権力、社会的地位には責任が伴う事を言う。

この言葉の意味する概念自体は聖書に由来している。「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される」(「ルカによる福音書」12章48節)(新共同訳)。
 
倫理的な議論では、特権は特権を持たない人々への義務によって釣り合いが保たれるべきだという「モラル・エコノミー」を要約する際にしばしば用いられる。最近では主に富裕者、有名人、権力者が社会の模範となる様に振る舞うべきだという社会的責任に関して用いられる。

ノブレス・オブリージュは、「高い地位には義務がともなうのは当然だ」という心構えを示したものだ。これを理解しないと、「自分たちばかり義務を負わされることは人権侵害だ」と被害感を受けるようになる。

なお、法的な義務となっている場合には、「ノブレス・オブリージュ」とは呼ばず、ただの法的な義務と見なされるのが普通だ。(たとえば財産税や富裕税などは、ノブレス・オブリージュではなく、ただの法的な義務だ。)

【超富裕層 税負担減る 05年分申告  証券優遇税制で】
                   (4月10日 朝日新聞 夕刊 より)

 05年に5000万円を上回る申告所得があった富裕層の所得税負担率が,所得が3000万円超5000万円以下の層より低くなった。逆転は10年ぶり。03年から上場株の売却益や配当への税率が軽減されており,株価上昇に伴う恩恵が富裕層にもたらされたとみられる。税の所得再分配機能が低下していると言える現象で,今後本格化する税制改革論議に影響を与えそうだ。

<「累進」逆転10年ぶり>

 国税庁がまとめた所得税の確定申告の調査で分かった。各所得階層が,申告した所得金額の合計に対して,実際に支払った税額の割合を税負担率として比較した。
 それによると,05年は申告所得の合計が5000万円超の層の税負担率は平均21.8%。一方,3000万円超~5000万円以下の層では税負担率は22.7%で,こちらの方が重かった。高額所得層での逆転は95年以来となる。
 一方,600万円超~700万円以下の中所得層の負担率は7.1%で,ここ数年大きな変化はなかった。
 所得税には,所得が多い人ほど税率が高くなる「累進構造」があり,最高税額は05年時点で37%だった。仮に,申告所得の合計額が約5000万円で全額が給与だったとすると,実効税率は27%前後だったとみられる。
 実際は所得5000万円超の層が約22%ですんだのは,株式や預金利子などからの金融所得が給与などの所得とは別扱いとされ,税率も額によらず一律になっているためだ。基本税率は20%だが,03年からは上場株式の売却益と配当について,10%に引き下げる証券優遇税制が導入されている。
 この恩恵は少数の富裕層に集中し,05年に個人が株式売却などで稼いだ所得として確定申告した額の65%を,人数で4%にすぎない総所得5000万円超の人で占めていた。
 証券優遇税制は07年度が期限だったが,06年末に1年延長の方針を決めた。税制関連法案の国会審議では,野党から「金持ち優遇だ」との批判も出たが,3月に与党の賛成多数で成立した。
 税制に詳しい関口智・立教大准教授は「高額所得者が金融資産を多く持っていることが,そのまま統計に反映されたのだろう。現在の10%の軽減税率は国際的に見ても低い。給与所得と合わせて課税する総合課税や軽減の廃止などを検討すべきだ」と話している。

【「海のレクサス」トヨタ攻勢 大型艇「ポーナム45」】
                        (7月3日 朝日新聞 より)

 参入から10年を迎えたトヨタ自動車のプレジャーボート事業。乗用車の高級ブランドになぞらえて「海のレクサス」と呼ばれる高級艇の発売を機に,攻勢をかけようとしています。事業の出発点は創業家の「陸海空の総合輸送機器メーカー」への思いにあるとされます。その「夢」の実現に向けながらも,効率と利益を追い求める姿に,トヨタの強さがかいま見えます。

 トヨタの「フラッグシップ」は,05年10月に発売した全長約15メートル,約9400万円の高級大型艇「ポーナム45」。内装は最高級の国内材。車の電子制御を応用し,1本のスティックを操作するだけで全方位に平行移動できる最先端技術を備える。

<景気が回復,狙い的中>

 国内のプレジャーボート市場は中大型艇の回復が目立つ。06年の出荷実績は隻数では減少が続くものの,高額な中大型艇の増加で,金額では132億円と5年ぶりに100億円を突破。その中大型艇の市場で,トヨタは高級路線が奏功し,06年のシェアは最大手ヤマハ発動機(50%),ヤンマー子会社のヤンマー舶用システム(28%)に次ぎ,15%の3位にまで成長している。
 ヤマハによると,大型高級艇の購入者はIT(情報技術)企業などの若手経営者が目立ち,都市部での購入者の平均年齢は03年の63歳から06年には46歳に下がった。「バブル期は富裕層も仕事に追われて余暇を楽しむ時間がなかったが,今はお金と時間を上手に使う『アクティブな富裕層』が増えた。」(担当者)

【私の意見】Up63_40

 日本のお金持ちたち,とりわけ最近のお金持ちたちは儲けたものは当然自分のものという感覚しかもちあわせていないように思えます。何に使おうが自分の勝手。ノブレス・オブリージュなんて知りもしないし,ほとんどの人がその感覚も持ち合わせていません。それどころか,本来富裕者の法的義務である財産税や富裕税を日本政府はわざわざ低くしています。このような国で国民相互の信頼関係が醸成される筈がありません。

 

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2007年7月 2日 (月)

国連調査 「豊かな国」日本が世界1位

【世界の富 「豊かな国」日本が1位
                 1人2000万円保有 国連調査】

                   (2006年12月6日 朝日新聞 より)

 国連の研究機関が5日発表した「世界の個人の富の状況」調査で、為替レートで計算した1人あたりでは米国や欧州、産油国も上回って日本が世界で最も豊かな国となる結果が出た。また、世界の成人人口の1%が世界中の家計の「富」の約4割を所有し、世界の約半数を占める貧しい人々は「富」の1%しか所有していないという地球規模の格差の実態も浮き彫りになった。
 調査は、国連大学直属の研究機関である国連大学世界開発経済研究所(ヘルシンキ)が初めて実施。00年時の各国政府や国際機構の統計をもとに、不動産や預貯金などの個人の資産から借金などの負債を差し引いたものを「富」と定義した。
 それによると、世界中の家計の富を合計すると125兆ドル。1人あたり2万500ドルとなった。国別に見ると日本は1人あたりの富が18万1千ドル(約2千万円)でトップ。米国の14万4千ドルなどを上回った。ただ、物価水準を考慮した購買力平均で計算すると、日本はスイスや米国、英国などを下回った。
 日本の特徴について、調査は「90年代の不動産や株式の市況の低迷も反映し、預貯金など流動性の高い資産を強く好んでいる」と指摘している。
 貧しい地域では、コンゴ(旧ザイール)が1人あたり180ドル、エチオピアは193ドルなどで、北米やヨーロッパ、日本などとの千倍規模の激しい格差を示している。世界を10人の集団にたとえると、1人が99%の富を独占し、残りの1%を9人が分けている状態だという。

【国連調査 世界の富 最も豊かな上位1%の層を
                日米だけで3分の2近くを占める】

                (2006年12月6日 日本経済新聞 より)

 最も豊かな層に属し、成人人口の1%に相当する人々が所有する富は、世界の4割に相当。「上位1%」を国別に分類すると、米国が最多の37%、日本は2番目に多い27%となった。日米だけで上位1%の3分の2近くを占めた。1人あたりの富の平均は2万6千ドル。日本は18万1000ドルで米国の14万4000ドルを抑えてトップ。中国は2600ドル、インドは1100ドルだった。

<ジニ係数比較 日本、格差小さめ>

 今回の調査では富の分配の格差を示す「ジニ係数」も国別に算出。値が1に近づくほど格差が大きくなる。日本は0.55で、米国の0.80などと比べ格差は比較的小さかった。世界全体のジニ係数は0.89。最も貧しい層を含む成人人口の50%が所有する富の合計は、世界全体の1%にとどまった。富は年々蓄積されるため、単年度の所得などに比べて偏りが発生する傾向が強い。
 調査を指揮したカナダの西オンタリオ大学経済学部教授のジェームズ・デイビス氏は「日本は(富の母数となる)貯蓄を重視する文化があり、比較的平等な富の国内分配につながっている」と分析した。

【ファミリー経済 エコノ探偵団
  米国の格差 ITや株高が背景に 富裕層ほど所得が増加】

                    (7月1日 日本経済新聞 より)

<上位1%に資産集中>

 ブルッキングズ研究所上級研究員で、米連邦準備理事会(FRB)の副議長も務めたことのあるアリス・リブリンさんに話を聞いた。「米国の所得格差は広がっています。富裕層の所得増加のスピードが速くなっているためです」
 米商務省の統計によると、所得の上位20%の世帯の平均年収は1995年から2005年にかけて14.7%増えた。上位40-60%の世帯の増加率6.7%、下位20%の0.4%を大幅に上回る。この結果、上位20%の所得が全所得に占める割合は50.4%に達した。
 次にニューヨーク大学を訪れ、経済学部教授のエドワード・ウルフさんに聞いた。「上位層、特にトップ1%くらいの人がより豊かになっています」
 ウルフさんがFRBの資料を基に分析したところ、04年には所得の上位1%の世帯が米国の個人資産全体の34.3%、上位10%の世帯が同71.2%を保有していることがわかった。

<専門職の生産性向上

 大規模になった取引を獲得するため、金融業界は高度な金融知識を持つ人材を確保しようと高給を競った。その結果、上位層の所得の伸びが大きくなったという。
 大手証券、ゴールドマン・サックスの最高経営責任者(CEO)が06年に5400万ドル(約65億円)、メリルリンチのCEOが4800万ドル(約57億円)もの巨額報酬を得たことは米国でも大きく報道された。
 CEOの報酬が上がったのは金融業界だけではない。あるシンクタンクの調査では、米大手350社のCEOが05年に受け取った報酬の平均は、一般社員の平均年収の411倍に上る。格差は10年前の180倍から大きく拡大しており、米労働総同盟産業別会議(AFL・CIO)など労働団体は批判を強めている。
 FRBの資料によると、04年の所得の上位10%の世帯では9割が株式を保有していた。他方、上位40-60%では半分以下、20%以下では1割の世帯しか株式を保有していない。

<賃金の二極化が加速>

 「IT化で工場労働者などの仕事が消える一方、経営者など高度な知識を必要とする仕事とサービス業の仕事は減らないため、賃金の二極化が加速しました」とマサチューセッツ工科大学の准教授デイビット・オーターさん。
 ニッセイ基礎研究所の主任研究員、土肥原晋さんにも聞いてみた。「米国では努力しだいで高給が取れ、そうした人が国全体を引っ張ればいいという考えが根強くあります。しかも日本より経営者の権限が強いため、CEOの報酬は高くなりやすいのです。ただ、技術革新による格差拡大は日本でも起こりうることです」「IT化や株高などで、金持ちがますます金持ちになる傾向が強まっています」

【家計の金融資産1536兆円】
                    (6月15日 日本経済新聞 より)

<昨年度末、1%増>

 日銀が15日発表した2006年度末の資金循環統計(速報)によると、家計が保有する預金や株式などの金融資産の残高は前年度に比べ1%増の1536兆1628億円となり、年度末では過去最高となった。内訳をみると、預貯金から他の金融資産への資金シフトが進み、国債と投資信託の保有残高は過去最高を更新した。
 資金循環は家計や企業、政府などの経済主体ごとのお金の流れを分析した統計。景気回復を受けて家計の金融資産残高は03年度以降、緩やかに増えている。
 今回は年度末としては最高だったが、四半期末でみると、06年12月末(1541兆9000億円)に及ばなかった。年末のボーナス資金が消費に回ったため減少したとみられる。

<国債・投信が最高>

 金融資産のうち、国内外の株式や債券で運用する投資信託は前年度末比24.5%増の68兆4000億円。保険、年金準備金は2.5%増の401兆9000億円だった。
 一方、現預金は0.1%減の769兆9000億円。金融資産全体に占める割合は50.1%と1995年度末以来の低水準となった。

【ファミリー経済 エコノ探偵団
                所得黒字が貿易黒字超える】

                    (2月25日 日本経済新聞 より)

 所得黒字は正確には「所得収支の黒字」。日本から海外への投資で得た利子や配当が、海外から日本への投資で支払う利子や配当分を上回れば黒字になる。つまり「外国との投資のやり取りでお金が手元に残る」状態だ。モノの輸出額から輸入額を差し引く貿易収支と共に、外国との取引動向を示す経常収支を構成する二本柱になっている。
 「実際にどれくらい増えているのかな」。財務省国際収支室に聞いてみると「2006年の所得黒字は13兆7449億円で20.8%増え、3年連続で過去最高を更新しました」。2年連続で貿易黒字額(06年は9兆4596億円)を上回ったという。

 実際、日本が海外に持つ資産の残高から負債残高を差し引いた「対外純資産残高」は05年末で180兆6990億円。1996年末の1.7倍に増えており、世界の中でも断トツの1位だ。
 「そういえば個人の海外投資も人気らしいな」。コスモ証券経営企画部長の宮内幸雄さん(49)に聞くと「外債投信のほか、最近は中国株やインド株の投信も一般の方に人気です」と教えてくれた。
 「日本が海外に持つ資産が増えたことで配当や利子も増え、所得黒字の増加につながっています」。

【私の意見】Up63_39

 世界の富、日本人の富に関する記事を並べてみました。
1、1945年8月15日以前に生まれた者にとって生死をさまよった戦争中の体験と廃墟の中を必死に生き延びてきた記憶が鮮明に焼きついているため、私たち日本人が世界一のお金持ちになっているなんて思いもよらないことです。しかし、一人一人の日本人の資産をとっても、また日本人が総体として持つ対外資産をとっても、日本は最も豊かな国であり、日本人は資産持ちの民族になったと言えます。

2、今では日本人は汗水を流して自分たちのその日の糧を得て生きる民族ではなく、他国の労働者の労働の果実の恩恵をも受けながら豊かさを享受する民族となりました。大きな枠組みの中で日本と世界を見れば、日本は世界に冠たる資本家国家であり、日本人は資本家集団ということになります。
 私は今さら社会主義国家を肯定する立場でものを言っているわけではありません。私が言いたいのは日本は富んだ国であるという現実を直視する必要があるということです。富める北の国の国民として、この瞬間にも病気と飢えでたくさんの子どもたちが命を失っている南の国に心を痛めるべきなのです。

3、日本のジニ係数0.55は米国の0.80などと比べて小さいという見方は、もっと格差が広がっても良いという考えにつながります。しかし、私たち日本人が米国モデルを模範にすることはほとんどの点でマイナスの結果を招くと思います。
 日本でも「貯蓄から投資へ」ということがあたかも時の流れであり、真理であるかのように言われています。ところが伝統的に株投資が当たり前の米国においても所得下位20%の層では1割の人しか株式を保有していません。株式投資できる富裕層が配当所得によって更に豊かになる社会は公正な社会とは私には思えません。

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