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2007年6月10日 (日)

ニッポンの教育 かすむ志乏しい意欲

                     (2月8日 日本経済新聞 より)

【「易き」選ぶ医学生】

 東京都内の医学部専門予備校は毎年1月、面接対策として受験生に医学部の志望理由を書かせている。ところが最近、これを満足に書けない生徒が出てきた。「何で医師になりたいのかわからない」「ある程度稼げれば医師じゃなくてもいいとも思う・・・・」
 
 新潟大医学部では数年前、学生の5%、約数十人が留年。大学の調査に、学生は「気力がない」「医師になる目的意識が持てない」などと悩みを訴えた。「患者と向き合う医師の仕事はきれい事だけではすまない。成績だけ良くても耐えきれない生徒が出る」。黒木登志夫岐阜大学長(71)は指摘する。一例が医師の偏在問題。負担が重い産科や小児科、脳神経外科などを避け、患者の生死にかかわることが少ない眼科などの志望者が増えている。
 昨春、臨床研修を終えて脳神経外科を選択した医師は4年前より2割減った。「10年後には脳梗塞(のうこうそく)や脳出血で倒れた人を送る病院がなくなる」。“易(やす)き”に流れる医学生の増加が、医療の近未来に暗い影を落とす。

【忘れられた「知の基盤」】

 司法研修所に14年間在籍した加藤新太郎新潟地方裁判所長(56)は、“受験勝ち組”の気質の変化を肌で感じる。①試験に必要なことだけを予備校で要領よく学ぶ効率型学習の弊害 ②公的な職業に就くという意識の乏しさ ③人生をどう生きるかといったビジョンを語れない の3点だ。
 特に深刻なのが効率型学習の弊害で、試験に無関係な知識が驚くほど欠如している。研修所は2004年度から2年間、3年生判事補向け研修で古典を読ませた。05年度の課題図書は「ソクラテスの弁明」「武士道」「君主論」など。以前なら定番だったはずの古典を、司法研修生の最優秀層とされる裁判官の大半が読んでいなかった。

【学びがねじれ、劣化している】

 医学部や司法試験は受験社会の頂点。合格者は社会的地位や高収入が半ば保証されるだけに、学力に加え、高い志と豊かな人間性が求められる。その根幹が揺らぐのは、どこかで学びがねじれ、劣化しているからだ。
 劣化は他の分野でも進む。「大学院に進んだがテーマが見つからない」「就職が決められず、とりあえず入った」。大学院進学率が高まり院生が26万人になる中、学ぶ目的を持てない学生が増えている。

【リベラルアーツ】

 「本来必修の世界史を履修から外すと学内で決めたとき、世界史教師はなぜ怒らない。プライドはないのか」。昨年表面化した高校の必修科目未履修問題。ある大学教授は受験対策至上主義の高校にあきれ返る。
 どうすれば学びの本質を取り戻せるか。一つの答えは古代ギリシャにある。「リベラルアーツ」。教養科目と訳される。
 論理学や幾何、天文学などを重視した古代ギリシャが源で、実利より学びの面白さを尊び、論理的・科学的思考の育成をめざしてきた。これが「知の基盤」となり、現代の科学技術文明の発達を支えてきた。
 「深い人間理解が欠かせない医師や法曹など高度な専門職にこそリベラルアーツが必要だ。欧米ではリベラルアーツを基礎に専門教育があるが、日本にはそれがない。教養教育といいながら専門科目の初歩を教えるだけだった」。東大名誉教授で大学教育学会長の寺崎昌男氏(74)は指摘する。

【私の意見】Up63_32

 “学力に加え、高い志と豊かな人間性が求められる”というのは医師や法曹にかぎったことではなくいずれの分野にも共通することです。私が感じることは志と人間性がないと学力さえも伸びず日々劣化するということです。とりわけ医師や弁護士のように若くしても専門家風(かぜ)を吹かすことができる職業の場合には、他者に批判される機会が少なく、その分劣化のスピードがこわいほど早いと感じています。

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