« 平岩元経団連会長死去 経済超えた見識 | トップページ | 教育再生会議 一から出直したら »

2007年5月31日 (木)

憲法解釈見直しは首相の専権か?

【社説 集団的自衛権の解釈見直しを是とする】
                 (5月19日 日本経済新聞社説全文)

 集団的自衛権の行使をめぐる憲法解釈の是非を検討する「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長、柳井俊二前駐米大使)の議論が始まった。
 安倍晋三首相は、集団的自衛権の行使を憲法9条違反だとする従来の政府見解に疑問を述べており、懇談会は明快な説明ができる形で解釈を変更する論理を考える。私たちは日本と世界をとりまく安全保障環境を考え、解釈変更を是としてきた。本格的議論の始まりを歓迎する。
 集団的自衛権は「自国と密接な関係をもつ他国に対して第三国が武力攻撃をした場合、自国が直接攻撃されていなくても自国への攻撃とみなして実力で阻止する権利」である。歴代政府は、憲法解釈上、日本は集団的自衛権は保持しているものの、権利を行使することはできない、との立場をとってきた。
 安倍首相は①公海上で米軍艦船が攻撃された場合、近くの自衛隊艦船が援護する ②米国に向かう弾道ミサイルを日本はミサイル防衛システムで迎撃する ③他国の国連平和維持活動(PKO)部隊などが攻撃された場合に自衛隊が駆けつけて救援する ④PKOの補給、輸送や医療など後方支援のあり方 の4類型を示し、検討を求めた。
 現行解釈でこれらを考えると、日米同盟の信頼関係や自衛隊の国際協力活動の支障になりかねないとの判断なのだろう。憲法解釈権は最終的には最高裁判所にあるが、政府見解の責任者は内閣法制局長官ではなく首相である。集団的自衛権を行使できる範囲は無制限ではないにせよ、首相見解は変えられる。が、それを定着させるには国民の同意が要る。新解釈に基づく法案をつくり国会で成立させるか、衆院選でそれを公約し、勝利する必要がある。
 懇談会の議論は、このための基礎資料となる。首相が懇談会の結論を踏まえて政府見解を変更すれば、憲法改正の焦点である9条の改定が実質的になされ、改憲への弾みを失うとの見方もあるが、国民投票法案が成立したとはいえ、投票ができるようになるのは3年後である。9条の解釈変更と将来の改憲との間に矛盾はない。一連の作業と呼べる。
 安全保障をめぐる議論は党派的になりやすいが、本来は幅広い国民的合意のもとに進む姿が望ましい。その点で懇談会が秋にまとめる報告書がどれだけ説得力を持つ内容になるかは、それ以降の作業にとって重要である。だが、それは参考意見に過ぎない。解釈変更が首相の判断でなされるべきなのは自明である。

【私の意見】Up63_28

 この社説には私は賛同できません。

1、最高裁判所は抽象的憲法解釈を行う場ではありません
 裁判所による違憲審査制には大別して ①特別に設けられた憲法裁判所が、具体的な争訟と関係なく、抽象的に違憲審査を行う方式(抽象的違憲審査制)と、②通常の裁判所が具体的な訴訟事件を裁判する際に、その前提として事件の解決に必要な限度で適用法条の違憲審査を行う方式(付随的違憲審査制)があります。日本国憲法が最高裁判所に与えた違憲審査権は後者です。それに日本の最高裁判所は「高度に政治的である」として自ら判断することから常に逃げています。

2、憲法解釈を時の首相が変えることができるという見解は立憲制度の否定です。
 近代立憲主義は、個人の権利、自由を確保するために国家権力を制限するものです。かつては国家権力の頂点は国王でしたが今は大統領や首相です。その首相が憲法解釈を自由に変更できるとすれば憲法秩序は破綻します。国会の発議も国民投票も必要ありません。社説の「国民投票法案が成立したとはいえ、投票ができるのは3年後である。9条の解釈変更と将来の改憲との間に矛盾はない。一連の作業と呼べる」の記述は国民投票を行っていては3年後になるから今解釈変更で実現すればよいと言っていることになります。つきつめれば、憲法の定めた改憲手続は不要ということになります。

3、誤った機関説
 歴代の内閣が内閣法制局の見解を尊重してきたのは、内閣法制局長官が内閣総理大臣の上位にあるからということからではもちろんありません。少なくとも内閣法制局長官の見解を踏み超えることは慎もうという態度が歴代の首相にはありました。それは憲法をいくら時の内閣の考えに近いものに解釈しようとしても憲法規範が超えることを許さない限界を画しているからです。社説は内閣総理大臣は内閣法制局長官より上位にあるという機関論で、首相の憲法解釈変更権を認めようとしていますが、これは「法の支配」を否定することにつながります。

4、フランス人権宣言「憲法をもつものではない」に該当
 フランス人権宣言(1789年)16条は「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない」と宣言しています。時の内閣総理大臣が憲法解釈を自分の考えにそって変更できるとすれば立法権、司法権の侵害にとどまらず憲法そのものの否定で、わが国は「憲法をもたない国」に変質することを意味します。

5、国民の生命、健康が危険にされされます
 合憲解釈をしないと「日米同盟の信頼関係や自衛隊の国際協力活動の支障になりかねない」との立場から首相を支持していますが、当の米国ですらイラク派兵は誤りであったという世論が多数派になりつつあります。その上、米国のことよりも何よりも集団的自衛権に関するこの議論は日本が戦場になることを当然の前提で展開されています。まちがいなく日本国民の多数の血が流れるでしょう。「日米同盟」や「国際協力」のようなきれいごとのために国民が支払う代償はあまりにも大きくとりかえすことができないものばかりです。

|

« 平岩元経団連会長死去 経済超えた見識 | トップページ | 教育再生会議 一から出直したら »

新聞記事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 憲法解釈見直しは首相の専権か?:

« 平岩元経団連会長死去 経済超えた見識 | トップページ | 教育再生会議 一から出直したら »