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2007年2月13日 (火)

平成の鬼平の絶頂と失意、小説「霧の旗」

【「平成の鬼平」絶頂と失意】   (2月9日 朝日新聞 夕刊より)

中坊公平(77)はいま、蟄居するかのように京都の自宅で静かに暮らしている。
かつて「平成の鬼平」ともてはやされた。だが住専の不良債権回収をめぐって、半世紀つけていた弁護士バッジを自ら外した。

中坊は弁護士を父にもち、京都で「ぼんぼん」として育つ。企業の顧問などで「稼げる弁護士」になり、40歳で大阪弁護士会副会長。当時は社会問題に切りこむタイプではなかった。その人生がぐるりと回るのは森永ヒ素ミルク事件。「嫌がる子に毒入りのミルクを飲ませてしまった」と自分を責める母親の姿に、胸を突かれた。
弁護団長として国と森永を訴え、救済に奔走する。
お年寄りたちから2千億円を集めたペーパー商法、豊田商事事件では破産管財人として、社員の税金を国から戻させ、被害者に配るという離れ業を演じた。

90年、日弁連会長になった中坊が打ち出したのが「市民に開かれた司法」である。

住専の不良債権がのしかかった96年、中坊は請われて住管機構の社長に就く。「国民に追加負担はかけない」と采配をふるった債権回収は、徹底していた。
生来の負けん気、強烈な自負、パワフル。人前で部下をきつくしかる人でもあった。民主党の管直人(60)は「首相候補」で参院選立候補を持ちかけ、首相小渕恵三は内閣の特別顧問に迎えた。

中坊の暗転もまた住専が舞台となる。検察から不正な回収を了承した疑いで調べを受け、03年10月、弁護士廃業を表明。起訴猶予になった。「部下のしたことの責任をとった」と中坊はいう。

中坊の心底にはいつも「市民のために」の思いがあっただろう。だが、そうして在野から国民のヒーローになったがゆえに、足元がおろそかになったのか。

【松本清張 著 「霧の旗」】

1959年7月から1960年3月にかけて「婦人公論」に連載された長編小説。新潮文庫(552円)。

<あらすじ>
殺人容疑で捕らえられ、死刑判決を受けた兄の無罪を信じて妹柳田桐子が九州から上京した。高名な弁護士大塚欽三に弁護を懇願するが弁護料を理由にすげなく断られる。兄は汚名を着たまま獄死し、妹の弁護士に対する執拗な復讐が始まる・・・。

大塚は50歳をすぎており妻がいたが銀座でレストランを経営している河野径子(みちこ)という女性を愛していた。径子は以前からつき合っていた杉浦健次と別れ話をするため2人の隠れ家に行ったところ健次は刃物で刺されて死亡していた。びっくりしてとび出した径子は桐子と会い桐子を殺人現場に案内して証人役を頼む。桐子はわかったと言いながら一人で現場にもどり、犯人のものと思われるライターを現場から持ち出しかわりに径子のものと思われる手袋をライターのあった場所に置いてくる。径子が逮捕され、径子は桐子のことを捜査官に述べるが、桐子は径子に会ったこともない、ライターも知らない旨述べる。大塚は径子が犯人でないことを確信し、桐子に正しい供述とライターの引渡しを求める。桐子は最後にわかったと言い、自分のアパートに深夜来るよう大塚に言う。大塚が行くと桐子は大塚に酒を飲ませベッドに押し倒し「先生が好きだったの」と言い大塚を抱きしめ、なめまわし大塚の上に乗り情交を成立させた。翌日桐子は担当検事に内容証明郵便で「大塚が桐子に偽証を強要し、ついには肉体関係まで迫り穢されてしまった。高名な弁護士の仮面を暴くため自分の恥をここに書いた」旨郵送してきた。検事は大塚を呼び桐子の手紙を見せた。大塚は桐子の復讐を知った。大塚はこれに反駁の勇気がなかった。反駁する勇気がないのは自分の恥をさらすことよりも、彼が一人の少女の純潔を奪ったという罪の意識にある。大塚はあらゆる弁護士界の役職を辞任し、つづいて弁護士という職業も辞した。彼は自分でそうしたのだが、表面の事情を知っている者は、高名な大塚欽三がその過失から余儀ない立場に追いやられたと信じた。東京から桐子の消息が絶えた。

【私の感想】Up63_5
【弁護士のバランス感覚 在野と権力】

① 私は、30年位前に倍賞千恵子が桐子役、新珠三千代が径子役、滝沢修が大塚欽三役になった「霧の旗」の映画を見ました。“こんなことがあるのかな?”と思いました。
ところが、中坊公平氏についてこれと同じような処理が行われたことに驚きました。
中坊氏は2003年10月10日大阪弁護士会に退会届を提出し廃業しました。一方告訴されていた詐欺事件は起訴猶予になりました。

② 中坊公平氏と私は直接会ったことはありません。中坊氏が住管機構の社長の頃、住管機構からの借入先(債務者)の代理人として住管の職員や担当弁護士と弁済についての折衝を10件位の事件に関し行った経験があります。
住管機構は破綻した住宅金融専門会社の債権を引き継いだものから成り立っており債権は銀行より劣位の不良債権が多かった。ところが住管機構のバックには警察や国税局があり、しかもすぐに警察が動き出すのでおっかなくってみんな黙って従うしかない状況がつくりあげられました。上位の金融機関は勿論、裁判所さえも泣く子と住管には勝てないという意識が浸透していました。

③ 民事の世界に刑事をもち出すもので、私は不公平きわまりないと思いましたが、中坊公平氏は「国民に追加負担はかけない」という大義を強調し住管機構は民事上のルールを無視した債権回収を要求して、実現しました。

④ 中坊氏は弁護士として攻め続けることで脚光をあびました。企業の再建や清算事件の債務者側代理人というのは基本的に債務者という弱い立場の代理人です。のみならず債務者の内部でも社長、取締役、株主、親族、従業員とそれこそさまざまな立場の人の利害が錯綜していて、その錯綜した利害を調整しながらみんなが納得いく解決をめざしていかなければなりません。

正しいと思ってやっていても、どこから攻撃のたまがとんでくるかわかりません。自分の依頼者と思っていた人が後ろからたまを打ってくることだってあり得ます。中坊氏は攻める立場に立つことが常態であったために攻められた場合のことを考えるのがおろそかになったのではないかと思います。

朝日新聞は「在野から国民のヒーローになったがゆえに、足元がおろそかになったのか」としていますが、私は中坊氏は在野とはいうものの権力者的地位が長かったために足元がおろそかになったのではないかと思います。

⑤ 告訴された詐欺事件については多くの人々が厳しい指摘をしています(宮崎学氏HP「中坊RCC社長辞任事件の真相」他)。「霧の旗」の大塚欽三弁護士は自らの意思でバッジをはずしましたが、中坊氏はどうだったのでしょうか。「敗軍の将兵を語らず」ということわざがありますが、中坊氏が「部下のしたことの責任をとった」と述べている点にあらためてがっかりしました。

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