星の王子さまと銀河鉄道の夜
星を主題にした、この2つの著名な童話をこの暮にはじめて読みました。何度も何度も読み直している人が多いのに、この年になってはじめてということからも私の少年時代、青年時代がいかに非文学的であったがわかると思います。
今回もかつて子どもの部屋にあった本が、私の目に触れるという偶然がなければ一生読まずに終わっていた可能性があります。
【 星の王子さま 】
サン=テグジュペリ作。フランス語原題
Le Ptti Prince、直訳は「小さい大公」「小さな王子」。フランス人パイロット・小説家のアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの代表作で、1943年にアメリカで出版されました。サン=テグジュペリは1944年7月敵軍の偵察に向かうための飛行機で基地を飛び立ったまま、消息を絶ち、2度と戻ってきませんでした。
<作品>
作者は冒頭で「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない)」と述べています。作品中でキツネと王子が次のような会話をしています。
キツネがいいました。「さっきの秘密をいおうかね。なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」「かんじんなことは、目には見えない」と、王子さまは、忘れないようにくりかえしました。
<日本語訳>
岩波書店が独占的な翻訳権をもち内藤濯の訳で出版していましたが著作権保護期間が2005年に終了したため、数社から新訳が出版されています。新訳も「星のおうじさま」の書名が多いのですが「小さなおうじさま」「小さな王子」というのもいくつかあります。
<異説>
「星の王子さま」はファンタジーであるというこれまでの通説に対して異説も主張されています。塚本幹夫の「星の王子さまの世界 ~ 読み方くらべへの招待」(中央公論新社)は、本書は「ヨーロッパで戦争に巻き込まれて辛い思いをしている人々への勇気づけの書」であるとのことです。
<私の感想>
作品は、その時代の作者の置かれている状況の中で生まれ訳本も訳する時代を反映しているように思います。また作品(訳も含め)は読み手の年令や置かれている状況によってさまざまな輝きを放つものと思います。全世界で5000万部日本で600万部売られたとのことですが、それほどこの作品は多くの人に輝きを放つ力をもっているということだと思います。
非文学的な私の感想はこの程度にして、この本についての感想や感じたことがあればお聞かせください。
<宮沢賢治>
引用:花巻市ホームページより
「雨ニモマケズ」、「風の又三郎」、「銀河鉄道の夜」など、たくさんの名作を遺した宮沢賢治は、明治29年(1896年)花巻で生まれました。賢治は盛岡高等農林学校卒業後、花巻農学校の教師として農村子弟の教育にあたり、多くの詩や童話の創作を続け、30歳の時に農学校を退職、独居生活に入ります。ここで羅須地人協会を開き、農民講座を開設し、青年たちに農業
を指導しました。その後、2度病に倒れ、ついに昭和8年(1933年)9月21日、37歳の若さで永眠しました。
宮沢賢治は、童話と詩が有名ですが、教育者であり、農業者でもあり、天文・気象・地理・歴史・哲学・宗教・化学・園芸・生物・美術・音楽・・・・・あげていけばきりがないほど多彩な内面を持っています。
<銀河鉄道の夜>
引用:ウィキペディア(Wikipedia)銀河鉄道の夜より
1924年ごろから執筆が開始され、1933年の賢治の死の直前まで推敲がくりかえされた。
あらすじ(最終稿)
一、午後の授業 疲れていたジョバンニは、天の川が本当は何なのか先生に質問されたが答えることができない。次に指されたカムパネルラも、ジョバンニのことを思いわざと答えない。
二、活版所
ジョバンニは冷たい大人たちの中で活字拾いをする。仕事を終え、パンと角砂糖を買って家へ急ぐ。
三、家
病気の母と、漁に出たきり帰ってこない父のことやカムパネルラのことなどを話す。
四、ケンタウル祭の夜
母の牛乳を取りに牛乳屋に行くが、出てきた老婆は要領を得ず牛乳をもらえない。いじめっ子のザネリたちに悪口を言われ、一人町外れの丘へ向かう。
五、天気輪の柱
天気輪の柱の丘でジョバンニは一人寂しく孤独を噛み締め、親友カムパネルラのことを思う。
六、銀河ステーション
突然、耳に「銀河ステーション」というアナウンスが響き、目の前が強い光に包まれ、気がつくとカムパネルラと銀河鉄道に乗っている。
七、北十字とプリオシン海岸
白鳥停車場の20分停車の間にプリオシン海岸へ行き、化石の発掘現場を見る。
八、鳥を捕る人
気のいい鳥捕りが乗車してくる。彼は、鳥を捕まえて売る商売をしている。ジョバンニとカムパネルラは鳥捕りに雁を分けてもらい食べるが、お菓子としか思えない。突然鳥捕りが車内から消え、川原でさぎを捕り、また車内に戻ってくる。
九、ジョバンニの切符
車掌が来る。ジョバンニの切符は、ほかの乗客のものとは違っていた。気がつくと鳥捕りの姿は消え、鷲の停車場の手前で青年と姉弟が現れる。彼らは、乗っていた船が氷山に衝突して沈み、気がつくとここへ来ていたのだという。 やがて、サウザンクロス(南十字)で、乗客達は降りてゆき、列車内はジョバンニとカムパネルラの二人だけとなる。二人はどこまでも一緒に行くことを誓うが、カムパネルラがいつの間にかいなくなってしまう。一人丘の上で目覚め、町へ向かったジョバンニは、カムパネルラが川に落ちたザネリを救おうと川に入って行方不明になっていることを知る。
<私の感想>
賢治は、地道な農業実践指導者であるとともに、宇宙から社会や人々を見つめています。信心深い仏教徒でありながら、キリスト教を深く理解しています。明治期にこのようなスケールの大きい人間が育ったことは驚きですが明治期だからこそ育ったといえるかもしれません。明治から昭和の初期にかけての子どもたちや青少年に賢治の童話についていくのは至難のことだったろうと思います。賢治の作品が賢治の在世中はあまり人に知られず、そのすぐれた価値はかくれていましたが、死後年を追うごとに多くの人に親しまれるようになったとのことです。ただ、この物質的豊かな時代の人間に賢治の心をほんとうに汲みとることができるのかが大きな問題だと思います。
「銀河鉄道の夜」についての感想や感じたことがあればお聞かせ下さい。
「星の王子さま」とあわせて、一度意見交換会を持つのも一つかと思います。そのときは是非ご参加下さい。
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