【主文】
2008年3月2日のブログ記事で紹介した自閉症児校内転落事故について東京地方裁判所八王子支部民事第3部(裁判長裁判官河合治夫、裁判官桑原宣義、裁判官佐藤哲郎)は5月29日午後1時15分次のとおり判決を言い渡しました。
[主文]
1 被告小金井市は、原告Aに対し、397万3564円及びこれに対する平成16年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告Aのその余の請求、原告B及び原告Cの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用中、原告Aと被告小金井市との間に生じたものはこれを4分し、その3を原告Aの負担とし、その余を小金井市の負担とし、その余の各費用は原告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決が命じる結論の部分を主文と言い、河合裁判長はこの主文を読み上げました。原告Aが自閉症児のA君、原告BがA君の父親、原告CがA君の母親です。被告は小金井市と心身障害児学級の担任Dとその学校の校長Eです。
判決は小金井市に397万3564円と事故日から支払いまでの年5分の割合の金員を付加して支払うよう命じたもので、約3年6ヶ月経過していますので計約470万円の支払いを命じたことになります。
【学校の校長及び地方公共団体は知的障害を有する児童の安全を確保すべき高度の注意義務を負う】
1 この判決の中で最も評価できる点は、校長及び地方公共団体の児童に対する安全配慮義務について、知的障害を有する児童に対する安全配慮義務は高度の注意義務を負うことを明らかにした点にあります。判決(67頁)は次のとおり述べています。
「一般に、公立小学校の設置者である地方公共団体と在学する児童との間には、在学関係類似の法律関係が存在し、この法律関係のもとに、教師らは、学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係において児童らを指導するのであるから、公立小学校の校長及び当該地方公共団体の教育委員会は、上記法律関係の付随義務として小学校における教育活動につき児童の安全に配慮すべき義務を負うと解される。そして、学校教育法81条が、特別支援学級を設置できる旨規定し、学校教育法施行規則140条2号が、「特別の指導を行う必要がある」ものの中に『自閉症者』を規定していることに鑑みれば、特別支援学級の設置されている学校の校長及び当該地方公共団体は、自閉症児をはじめとする知的障害を有する児童の安全を確保すべき高度の注意義務を負っているものと解するのが相当である。」
この判示は知的障害児の安全確保について学校関係者に警告を発するもので、知的障害児の安全確保のためにきわめて重要な指摘です。
2 判決は、学校の建物に転落防止のための柵などを設けていなかった瑕疵があると原告が主張した点に関し、次のように判示しています。(78-79頁)
「国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理に瑕疵があったと認められるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきであるところ、本件学校のように、心身障害児学級を併設する学校においては、健常児に比べて危険認知能力に乏しい児童も在籍していることから、これらの心身障害児学級の児童が日常使用する施設については、特に高度の安全性が要請されるというべきである。」
これは学校の建物についても高度の安全性の確保が必要であることを指摘するものです。本件では学校建物の設置又は管理の瑕疵は認められませんでしたが、この判示部分はきわめて重要です。
【2階倉庫3の窓から落下した際負傷と認定】
被告らは最後までA君がどこでどのような態様で負傷したか特定できないと争いました。担任DはA君は2階の窓から安全に降りてから走っているときに転倒して負傷した可能性があるとまで主張しました。2階倉庫の窓は地上から5.21メートルの高さがあり、負傷なく降りることなど考えられないにもかかわらず、根拠を欠く無責任な主張を平然と行っていました。裁判所はこの点については関係証拠から「原告Aの傷害は、原告Aが倉庫3の腰高窓から出て地面に落下するまでの間、若しくは地面に落下した際に生じたものと認められる」と明確に事故の態様を認定しました(56頁)。A君の両親(B氏、C氏)が訴訟に踏み切らざるを得なかったのは、事故の発生状況をあいまいにしようとする担任D、校長E、小金井市の不誠実な対応に対し、A君の将来のためにもどういう状況で負傷したかを明確にする必要があると考えた点にあります。この点も判決により明確となりました。
【心身障害児学級の担任は、障害をもつ児童一人一人の行動の特質に対し日頃から注目し、危険を回避すべく十分な指導や配慮をすべき義務がある】
1 判決は心身障害児学級の担任の注意義務について次のように述べています(58頁)。
「一般に、公立小学校の担任の教員は、学校教育法の精神や教師としての職務の性格、内容からの当然の帰結として、学校における教育活動及びこれと密接不離な関係にある生活関係より生ずる恐れのある危険から児童を保護すべき義務を負うものであるところ、被告Dは、心身障害児学級の担任として、学校における教育活動及びこれと密接不離な生活関係に関する限り、障害を持つ児童一人一人の行動の特質に対し日頃から注目し、自ら危険行為に出るおそれのある児童については、かかる結果の発生を回避すべく十分な指導や配慮をすべき義務があると解される。もっとも、かかる義務も、心身障害児学級における集団教育の場における注意義務であるから、心身障害児学級の教育の場において教育者として通常予見し、又は予見可能性がある事故についてのみ責任があるものと解するのが相当である。」
2 判決は本件について担任Dの注意義務違反、予見可能性について次のように述べています(59-63頁)。
「原告Aが、被告Dから、倉庫3内において、少し強い口調で怒っていることを示すようにして『倉庫に入ってはいけないと言ったでしょう。そんなに入っていたければ入っていなさい』と叱責された上、倉庫3の扉を閉められ倉庫3内に一人の状態に置かれたことによって、原告Aに相当程度の不安や混乱が生じたことは容易に推認できる。」
「倉庫3内において、被告Dから、少し強い口調で怒った態度を示すようにして、『倉庫に入ってはいけないと言ったでしょう。そんなに入っていたかったら入っていなさい』と叱責された原告Aが、原告Aにとって未知の場所、もしくはほとんど入ったことのない場所である倉庫3内に一人の状態にされ、しかも被告Dの注意の内容を理解していない状態で不安や混乱を生じ、パニックに陥った原告Aが倉庫3内から逃げ出そうとして、倉庫3の腰高窓から外に出たか、あるいは、原告Aがパニックに陥っていなかったとしても、多動という自閉症の特徴を持つ原告Aが、不安や混乱の中で倉庫3内から逃げ出そうとして、倉庫3の腰高窓から外に出たことは、十分推認することができるというべきである。」
「そうである以上、被告Dとすれば、被告Dの前記言動により、原告Aに不安や混乱が生じて、倉庫3から脱出するために倉庫3の腰高窓から外へ出ることは十分予見可能であったというべきである。なお、証拠によれば、原告Aが自閉症児として高いところに登ってしまうなどの危険行為に出る特性を有することを被告Dにおいて具体的に認識していたとの事実は認められないが、たとえそうであったとしても、自己の言葉の意味や意図を理解していない様子の原告Aが、不安や混乱に陥り、被告Dにおいてその行動を監視できない状況下で倉庫3の腰高窓から出てしまうことは、約5年という少なからぬ経験を有する心身障害児学級の担任教諭であれば、当然予見すべきであったというべきであって、かかる事実をもって被告Dの予見可能性を否定する事情とは解されない。」
「被告Dが、倉庫3に入った原告Aに対し、倉庫に入ってはいけないことや倉庫3から出ることを原告Aに確実に伝わるよう説明して、原告Aを倉庫3から出すことは十分可能であったと認められる。」
「以上によれば、被告Dには本件事故につき不法行為上の過失が認められる。」
【素因減額ないし過失相殺】
担任DはA君が自閉症児であることを理由に損害賠償額について大幅な素因減額ないし過失相殺がなされるべきであるという不当な主張をしました(32-33頁)。これについて判決は、次のように判示して担任Dの主張を相手にしませんでした(86-7頁)。
「被告市は、原告Aが自閉症児であることを前提に、原告Aを本件学校のさくら学級(注;心身障害児学級)に入学させて受け入れており、本件学校に原告Aが入学して以降、自閉症の特質や原告Aの特徴等を十分把握する機会があった以上、本件において、原告Aが自閉症児であることを理由に素因減額ないし過失相殺することは、損害の公平な分担という素因減額ないし過失相殺の制度趣旨に反することが明らかである。したがって、本件では素因減額ないし過失相殺は認められない。」
判決は当然であり担任Dがこのような主張をすること自体反省を欠くことを示すもので、その見識が疑われます。
【この判決の知的障害のある児童に関する判例史上の意義】
原告らは担任Dが虚偽の事実を述べたこと、校長EがDをかばう言動に終始し、事故の態様についての調査・報告が客観性・公平性を欠いていたことについて主張しましたが、この点は判決は認めるまでに至りませんでした。原告らの請求額についても一部が認められていません。これらについて控訴をするか否かについてA君の両親B氏、C氏と検討中ですが、全体としてこの判決を評価すれば、この判決は知的障害のある児童の安全を確保するため、担任、校長、地方公共団体に高度の注意義務を求めたものであり、また児童一人一人の障害特性に応じた十分な指導、配慮を求めています。その意味でこの判決は知的障害のある児童の学校における安全を確保する上で画期的な判決であり知的障害のある児童に関する判例史上意義ある判決に位置づけられると思います。